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第15節:政府の判断

「一体、どういう事!?」


 アイリが人相不明捜索の為の日中巡回を終えて仮設本部に戻って来るなり、室長に詰め寄ってきた。

丁度、本部に詰めているのは室長一人だ。

 マサトは、珍しく怒気を込めた目でこちらを睨みつけている。


「何の話だ」


 言いながらアイリの背後に目を向けると、井塚がひどく微妙そうな顔で室長を見ていた。


 アイリは表情はころころ変わりうるさく絡んでも来るが、実は他人に怒る事は稀だ。

 元々の気質が穏やかなのもあるだろうが、彼女の怒りが薄いのは、人体実験の結果に起因していると室長は見ていた。


 彼女はかつて、黒の一号率いる【黒殻】を裏切った研究者達の実験体だった。

 そこで施された処置により、体内に意思のある補助頭脳……生体移植型補助頭脳(インナーベイル)『相李マサト』を宿している。


 彼女の脳と密接に融合した彼は、非常に有能な人格であり、同時にアイリをとても大切に思っていた。

 故に、彼女が怒りを感じるような残酷な現実の気配を感じれば、彼女を保護し、自ら肩代わりする。

 室長自身もかつて『マサト』と話し合った結果、後味の悪い事態が予測出来る場合は最初から『マサト』の方に話を通す事が多かった。


 幼さが残り、一度信頼した相手には無条件で心を許してしまうような無邪気さを持つアイリと違い、『マサト』は冷徹で合理的だ。

 速やかに事態を処理し、アイリには気付かせない事もよくある。

 しかし、今回は違ったようだ。


「何でLタウンの人達が、襲来体の事を知らないの!? 避難勧告は!?」

「……その事か」


 室長は内心、厄介な、と苦々しく思ったが、顔には出さない。


「襲来体に関する事柄は秘匿されているだろう。忘れたのか? 今回の封鎖措置は、あくまで参式(ザ・サード)を逃さない為のものだという建前だ」

「だからって、直接脅威に晒されている人達に何も知らせずに放っておいて良い理由にはならないでしょ!?」

「別に放ってはいない。危険なテロリストが潜伏している事もアナウンスし、避難勧告は出している。出ていく、出ていかないは本人の意思だ」

「本当にそう思ってるの!? Lタウンの大半の人は、大半は元々大阪に住んでいた人達じゃない!《黒の装殻(シェルベイル)》を知ってる人達だっていっぱいいるけど、大半は『襲来体事件』を知ってる人達なんだよ!?」


 アイリが突いてきた部分は、痛い所だった。

 そう、スラムの住人達の年長者の多くは、襲来体の事件を知っている。

 それは、《黒の装殻》が自分達を助けるために戦ったという事実を肌身に感じて知っている、という事だ。


 ならば、彼らの内の一人が現れてLタウンに潜伏しているから、と、政府が避難を呼び掛けて応じるか、と言われれば、それは、否、と言わざるを得ない。

 むしろ、頼まれれば匿う可能性すら考えられた。

 襲来体が再び現れた事を知らないなら、尚更だ。


 そしてLタウンに住む者達は、基本的に政府に依存していない人々なのである。

 義務を果たさない代わりに権利を行使せず、Lタウンの中で独自に生活基盤を作っている者もいる。

 そこまで考えて、室長はその事実を逆手に取った。


「彼らは厳密には国民ではない。戸籍はあるかもしれないが、納税もせず働かず、住居を定めて申請する事すらなしに、法で定められた立ち入り禁止区域に住んでいるんだ。日本新法において、そうした住民を助ける義務は、本来ない」


 L(ライン)タウンとは、通称だ。

 本来の名称は、敵性存在封印点緩衝区域(イミテイトシーリング・エネミーライン)


 特例的に、国外に相当する扱いの区域になる。


 日本新法において、政府は義務の縮小を選択した。


 現在の政府は、小さな政府、と呼ばれる最小限の機能を持つ公共機関形態を、さらに進めた政府形態だ。


 そこに定められた法の大枠の一つに『政府の認める国民義務条件及び控除条件を満たさない状態において一定期間を過ぎた者に対しては、基本的人権の保護を行わない』とするものがある。


 つまり、政府との間で相互扶助を行わない者は国民とは認めない、と定めているに等しい。


 そこには当然、理由がある。


 『飛来鉱石研究所(フラグメント・ラボラトリイ)』や『襲来体(イミテイト)』を含む世界規模で対処するべき内乱や災害が、たった三十年の間に、偶発的に幾つも、日本国内で発生した。


 《|黒の装殻》やそれに協力する人々、政府や国民の尽力で事件は解決したが、首都東京が壊滅し、大阪、兵庫、京都を含む関西圏も被害甚大。

 それぞれの事件は、解決時点で寄生殻(パラベラム)問題やイミテイトコアの破壊失敗など幾つかの遺恨が残り。

 全ての事件が解決した段階で、人口は事件の発端時から七割へと減少。

 最終的に、復興へ向けての資金が枯渇し始めた。


 相次ぐ増税に、沖縄や北海道が独立を宣言してさらに国が傾き、北海道は独立自治を認めて和解。

 沖縄は水資源や米軍問題の解決を独力で行えず、中国や台湾、米国の介入と紛争の末に台湾と合併して、琉圏台湾連合国となった。

 四国は、別の事件によって地力を失い、そもそも独立へ向けての動きを見せる事が出来なかった。


 こうして、本島と四国圏のみとなった日本国がそれでも国としての体裁を保てたのは、ひとえに黒の一号がもたらした装殻(ベイルド)のおかげと言える。


 装殻に関する基礎技術の特許を独占した上で、国家事業として抱え込む事で資金のみは確保出来た政府は、フラスコル・シティを新首都として宣言。

 そこを基盤に政府の再編と新法の制定、国土復興を進め、日本新国として再スタートを切った。


「だからって、襲われるのを分かってて、真実を知らせずに見捨てるのが正しい選択なの!?」


 アイリは室長の物言いに、より怒りを滾らせたようだった。

 室長は思わず舌打ちする。


「俺達は慈善事業者なのか? 職分を逸脱した事を……例えば襲来体の事をLタウン内に広めたとして、国民でない者達が脱出してそれを広めたら、恐慌が起こるんだ」


 室長の口調が変わった事に気付いたのだろう。

 アイリは怯んだ顔をしたが、それでも言い募った。


「目の前に、危険に晒されている人がいるのに……」

「目の前の人間に真実を告げて助けたら、本来守るべき国民に害が及ぶ。もし脱出する人々に一匹でも襲来体が混じってみろ。また、戦死者が出る。襲来体が数を増やして以前のような状況になれば……五千人が死ぬんだ」


 室長は圧するように、アイリの反論を許さない速さで言う。


「そして、以前政府に協力して俺達を助けてくれた《黒の装殻》は、もう、いない」

「あの人達は僕らを見捨てたりしない!」


 ほとんど反射的に、だろう。

 アイリは叫んでいた。


「黒の一号は僕を助けてくれた! 別にあの時に見捨てたって問題なかった僕を! 目の前の人を助けるっていうのはそんなに悪い事なの!?」


 アイリは、傷ついた顔をしていた。

 室長は内心で、歯を噛みしめる。


「僕を助けてくれた事を悪い事だって、室長はそう言うの!?」


 室長は。

 自分が心に受けた衝撃の、想像以上の苦さに呻きかけた。


「……誰もそんな事は言っていない」

「Lタウンの人達を見捨てるっていうのはそういう事じゃないか!」


 大を守るために、小を切り捨てる選択。

 組織の論理とはそうしたものだ。

 だから皆、出来る範囲で、出来るだけの事を、出来る限りやっているのだ。

 それを。


「ならお前は、俺にどうしろと言う」


 低く、棘が立つのを抑えきれない口調で、室長は言った。


「一度裏切った《黒の装殻》に、自分達が危機に陥ったからと、恥知らずにも再び助けを求めるか。助けてくれるだろうよ、特に、本条はな。そしてまた利用して、用済みになったら何事もなかったように切り捨てるのか」

「僕は、彼らを裏切ったりなんか……」

「お前が所属している司法局は、その《黒の装殻》を裏切った政府の機関だろうがッ!」


 アイリは、ぐ、と唇を噛んだ。


「自分が違うから、自分だけは裏切らないから、自分に罪はないと。お前はそういうのか? ならば根本的に問題を解決してみせろ。【黒殻(アンチボディ)】の者達が追われないよう法令を撤回して、指名手配を撤回させたらどうなんだ!?」

「僕……僕は」

「自分で出来もしない事を、理想だけで口にするな。Lタウンの住人に関してだって、俺達は出来る限りの手を打っている。何の力もないガキが……」

「花立。言い過ぎや。弱い者イジメはあかん」


 静かな口調で言われて、室長は瞬時に冷静さを取り戻した。

 猛烈な後悔に襲われるが、口にした言葉は戻らない。


「……済まなかった」


 謝るが、アイリは顔をうつむけたまま答えずに飛び出して行った。

 室長は深く、息を吐く。


「井塚。……悪いが、頼む」

「おう。相変わらず、無駄に熱い男やで。オメーはよ」


 呆れたような、それも含めて受け入れたような顔で、井塚は口の端を上げた。


「あの嬢ちゃんは、オメーの事情を知らんのやろ。やったらしゃーないやろ。ちょっと噛み付かれた位で大人気ないで」

「……返す言葉もない」


 室長は目で顔を覆い、天を仰ぐ。


「本条やアイリを、馬鹿に出来んな。このザマでは」

「今更やろ。ちゅーか、オメーの親父さんが今のオメーを見たら、笑うで。『ガキが、一丁前に気取ってやがる』てな」


 言い残して、井塚も出て行った。

 それと、入れ替わるように、天幕に入って来た人物が一人。


「……取り込み中だったか?」


 現れたのは、運び屋の男だった。



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