第14節:運び屋の男
数日後、正午を過ぎた頃。
司法局本局の駐車場に、一台の黒い大型バイクが乗り付けた。
そのバイクは、両サイドとリアシートに計三つのバイクケースを付けている。
駐車場に降り立った男性は、フルフェイスメットを脇に抱えて、気負った様子もなく入口に立つ警備担当局員に話し掛けた。
「すまないが、窓口に取り次いで貰えないだろうか」
「許可証明があるならそのまま中に入って頂いて構いませんが……」
訝しげな警備員に、携帯端末のホロスクリーンで正式な許可を示しながら、男性は親指でバイクを指差した。
「少し大事な荷物なので、目を離したくない」
警備局員は少し不審そうな顔をしながらホロスクリーンに表示された詳しい情報を読んで、背筋を正した。
そこに示されていたのは、司法局長のサインであり、最優先取次の表示だったからだ。
「すぐにお伝えします」
男性はうなずくと、敷地内の自販機で飲み物を買って、バイクの側に戻った。
この炎天下で汗一つ掻いた様子もなければ、日差しを気にする様子もない。
しばらくして司法局内から現れたのは、司法局長自身と装殻整備課の職員二名。
男性はもたれていたバイクから体を起こし、手を挙げた。
「すみません。ご足労をお掛けしまして……」
常とは違う丁寧な態度で頭を下げる司法局長に、見掛けた者たちは一様に驚いていた。
「別に構わない。暇だからな」
「ご冗談を」
男性が言うと、局長は少し微笑んだ。
彼はバイクケースを軽く手で叩いて言う。
「要望の品は、全て揃えてきた」
「ありがとうございます。三日、と聞いてはいましたが、正直なところ、もう少し時間が掛かるかと思っていました」
彼が、フラスコルシティ刑事部長を務める女性……空井シノが花立に伝えていた〝運び屋〟だった。
「しかしこれだけの数を、よく、この短期間で揃えられましたね」
「仲間に、準備の良い男がいる。半分程度はその男が製造させて保管していたものだ。状態も良い」
局長が振り向いてうなずくと、運び屋はバイクケースのキーを開けて、中に収められていたアタッシュケースを五つ取り出し、一つをバイクのシートに乗せて開けた。
中に収められているのは、銃弾。
襲来体組織融解弾と呼ばれる、対襲来体用の特殊弾頭を備えた弾丸だった。
「ケース一つで、千発。一発でも当てれば擬態は解除される。数発で体組織は破壊出来るだろう。大事に使ってくれ」
運び屋の言葉に局員達はうなずいて、それぞれにアタッシュケースを持ち上げると司法局内に戻った。
男性は、最後に取り出した少し小さめのキャッシュケースだけを自分の手で下げる。
「それは?」
「俺自身の分と、私物と、〝鍵〟だ」
「なるほど。全て滞りなく?」
「彼らだって馬鹿じゃない。国の危機に際しては動くさ。それに……動く以上は、手を出せない。そういう事だ」
「私には無能の集まりにしか見えませんが……まぁ、保身には敏感な連中ですしね」
「君は相変わらずだな」
運び屋が苦笑し、局長は晴れやかに笑う。
「当然です。あの死線を抜けてもまだ変わらなかったのですから、もう死んだところで変わりませんよ」
「かも、知れないな」
運び屋は、表情を引き締めて局長に聞いた。
「花立も居ると聞いているが」
「ええ。少し前に、組織再編を手伝って貰おうとこちらにお誘いしていたのですが……。今はこんな事になってしまったので、現場の方に詰めておられます」
「様子はどうだ?」
「かなり張り詰めておられます。状況は聞いていますか?」
「少し位は。後で取り次いで貰っても?」
「勿論です。では、部屋の方で詳しくお話し致しましょう」
「頼む」
そのまま、二人も連れ立って司法局の中に入って行った。




