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第13節:よく似た彼女

「何故邪魔をした?」


 こちらを射殺しそうな目で、少尉が言った。


 仮設司令部の天幕の中。

 その場に居るのは、少尉、室長、捜査課長の責任者三人にマサト、井塚を加えた五人だ。

 立っているマサトの横で、疲れた様子で椅子に座った井塚が、気だるげに口を開いた。


「その言い方は心外やなぁ。オメーらを助けたろうと思っただけやん」

「参式を、の間違いではないのか?」


 氷点下を確実に下回る温度の視線で言葉を斬りつける少尉に、井塚は野太い笑みで答える。

 座っていたパイプ椅子の背もたれを抱えるように座り直し、平然と言った。


「言いがかりにも程があるで。そらまぁ、ちっと銃の狙いが甘かったかもせーへんし、マサトがちっとでしゃばり過ぎたかもせーへんけどや。なぁ、マサト」


 こっちに話を振るな、とマサトは思った。

 睨みつけると、井塚はとぼけた顔で鼻毛を抜き始める。

 仲間だと思っていたらいきなり裏切った汚い大人に、マサトは口の端を引きつらせた。

 案の定、少尉はこちらに矛先を向けてくる。


「貴様達の余計な行動のせいで、参式を取り逃がした。どう責任を取るつもりだ?」


 あれは僕じゃなくて『マサト』がやった事だしなぁ。

 と、現実逃避がてら責任転嫁を試みるが、『マサト』は答えてくれない。

 薄情な奴め、と思いながら、マサトは口をへの字に曲げた。


「余計って言うけどさ。司法局(ぼくら)にも《黒の装殻》の捕獲命令は出てる訳で。特に手を出すなとも言われなかったし」


 と、井塚の助言通りに室長に責任をぶん投げてみる。

 室長は、相変わらず何を考えているのか分からない無表情のまま、少尉に言った。


「君達が遭遇した相手は、本物の参式だったのか?」


 室長は『マサト』と違ってきちんとパスを拾ってくれる。

 正直、感謝した。

 自分が尋問を受けたら、何をバラしてしまうか分かったものではない。


「奴は陽光を浴びても活動していた。まず間違いない」

「そうか」

「だが、逃した。花立。貴様は一体何をしていた?部下の行動を掌握するのが貴様の仕事だろうが」

「先程から何をそんなに猛っているのかは知らないが、私なら、緊急事態発令後に、殺されかけた捜査員の捜索をしていた」

「殺され『かけた』?」


 井塚が横から割り込んで引っかかった部分を指摘している。


「おい、花立。日和の野郎無事だったのか?」

「奴は今、病室のベッドの上だ。検査入院中でな。命に別状はない」


 室長は、野戦服のポケットから司法局装殻に備え付けの記録チップを取り出した。


「日和室員の記録チップだ。中に面白いものが映っている」

「ほう。言ってみろ」


 室長は、勿体振るように一呼吸開けてから告げた。


「中に写っていたのは、もう一人の参式(ザ・サード)だ」

「何だと?」

「君が遭遇したのが本物なら、こちらが偽者……襲来体の擬態だという事になるな」


 少尉の顔に、怒りよりも難問を前にした苦渋を浮かべる。


「それが本当ならば。下手をすれば我々は二体同時に《黒の装殻》を相手にする事になる」

「冗談でも笑えんなぁ、それは」


 黙って聞いていた捜査課長が、自嘲的な笑みを浮かべた。


「逆に、偽物がいるんだから本物に手を貸して欲しいくらいやね」

「何を馬鹿な事を……《黒の装殻》が手を貸すはずがないだろう」


 少尉の言葉に、反応したのは井塚だった。


「おい小僧。何でそう思うんや? 」

「こぞ……ッ!?」

「さっきから大人しい聞いとりゃ、分かったようにベラベラと。オメーに、あいつらの何が分かんねんな」


 井塚の目は、今まで見た事がない程に真剣で、陰惨な程に怒っていた。


「貴様、やはり逃したのはわざとか!」

「誰がそんな話をしとんねん。……でもな、正直言や、オメーよりも奴らの方が信用出来るんは確かやな。一緒に潜って来た死地の数がちゃうわ」

「犯罪者に肩入れするという事だな。井塚一般捜査員。貴様は今回の件から外す」

「横暴やなぁ。根拠がなんもないわ」

「《黒の装殻》と通じている可能性がある人間は、信用出来んからな。そこのマサト出向員も、花立室長も、同様に外れて貰おう」

「え、何で!?」

「そこの室長も、井塚一般捜査員同様に、かつての《黒の装殻》を知る者なのだろう? 一人が内通者の可能性がある以上、他も全員を疑って掛かるのは当然だ」

「捜査課長! それで良いの!?」


 マサトが対抗出来る権力を持つ人物に声を掛けるが。


「まぁ、井塚の態度はいただけんしなぁ……」


 と、全く頼りにならない。


「オメーみてーなアホタレに全部任せて引き下がれだぁ? 寝言かコラ」

「自分が役に立たない自覚もない年寄りに、邪魔される方が迷惑だ、と言わせて貰おう」


 少尉と井塚が睨み合うのに、間に入ったのは室長だった。


「あいにくと、君の主張は通らないな。海野少尉」

「どういう意味だ」

「私達の上司は君ではない。これが一点。そして……大阪区司法局の局長は、かなりの曲者だという事が二点目だ」


 捜査課長が、室長の言い方に顔色を変えた。


「おい、花立。もしかしてお前!」

「ラチが明かないだろうと思いまして。申し訳ありませんが、直接連絡を入れさせていただきました」


 そして、まるで計ったようなタイミングで入って来た人物に。

 マサトはぽかん、と口を開けた。


 長い黒髪に、日本美人と呼んで差し支えない顔立ち。

 身に纏っているのは制服で、上着を肩から掛けている。

 しかし、そこに浮かぶ表情はマサトがよく知る彼女には似つかわしくない、猛々しい笑みだった。


「シノ、さん?」

「誰がシノだ。来て早々不愉快な物言いをするな、メスガキが」

「……………え?」


 今まで聞いた事もないような暴言がシノ……によく似た女性から吐き出され、マサトは固まった。

 室長が、その様子に溜息を吐く。


「初対面で年下の子供を脅すのはやめたらどうです?」


 女性は鼻を鳴らした。


「あなたに敬語を使われると、背筋がむず痒くなりますね。……まぁ良い。忌々しいが、あのクソ女は五分と違わず同じ母親の腹から生まれてきたからな。顔が似てる事だけは認めてやる」


 カン、と彼女が手に持っていたものの先端を床に打ち付けた。

 どうやら、日本刀のようだ。

 それも、大刀(たち)と呼ばれる種類の太い長刀。


 物騒すぎる女性だった。


「大阪区司法局局長、空井カヤだ。そこの特殻隊長」


 傲岸不遜そのものの態度で、カヤが口を笑みに歪める。


「話は井塚の装殻を通して盗聴(きか)せて貰ったが、貴様如きがこの人らにそんな命令を下す権利はない。さっさと指揮下に入れ、無能」

「……いきなり入って来て、馬鹿な事を。何故軍属である特殻が、司法局の指揮下に入らなければならん」


 眉をひそめる少尉に、室長が言った。


「海野少尉。一つ忠告だが、口の利き方に気を付けた方が良い思うぞ」


 少尉が室長を見ると、室長は淡々と言う。


「大阪区は、エリア0を内包する特殊な地域だ。故に司法局長に任命されるのは、元来ならあり得ない軍属の人間だ。聞いた事はないか?」


 室長の言葉に、改めて制服を見ると確かに、司法局のものとは形が違う。

 少尉も気付いたのか、彼女を見て、無表情なままだがどこか顔色が悪くなっていた。


「少将……」

「そうだ。改めて名乗ってやろうか? 元【黒の兵士(シェルアシスト)】副長にして、現陸軍特務隊総括、兼、軍籍保持司法局特別出向員、空井カヤ少将サマだ。ちなみに、容姿は非公開だったな。誇れよ。特務隊で私の素顔を少将として認識したのは、貴様が初めてだ」


 少将。

 特務隊総括。

 マサトはそれらの言葉を理解して、少尉が少し可哀想になった。


 それが事実なら。

 彼女は、海野少尉にとって雲の上の存在で。

 かつ彼の上司に当たる、という事になる。


「自分の立場を理解出来たら、返事はどうした? 特殊任務装殻兵部隊隊長(・・・・・・・・・・・)海野ケイタ少尉?」

「……失礼いたしました、少将殿。ご命令に従います」


 微かに眉根を寄せた顔で、言葉だけは忠実な返事をする少尉に。

 マサトは、少しだけ笑ってしまった。


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