第12節:参式捕獲作戦(後編)
『間も無く夜明けだ……』
装殻通信越しに、マサトは少尉の呟きを拾った。
見ると、日の出の方角にある空が確かに白み始めている。
マサトはやがて、少尉と参式が向かい合う現場を視認した。
少し離れた瓦礫の上に立ち、戦場を見下ろす。
『貴様が、本物であれば素顔を、偽物であれば死骸を……』
参式が無言のまま、対峙する少尉に向けて装殻拳銃を撃った。
だが、ばしゅ、と液体を撃ち抜いたような音がしただけで、少尉は全く損傷した様子もない。
『日の光の元に晒してやろう、黒き鬼の王よ』
何事もなかったかのように、少尉はそう言葉を続け。
手にした槍ごと、溶け崩れるように粘液化すると。
渦を巻きながら参式の背後で再度形を成して、槍で、無防備な彼の後頭部を薙ぎ払う。
「ぐっ……!」
とっさに防御姿勢を取って転がった参式に、今度は包囲網を敷いた突殻からの猛烈な銃撃が襲った。
殺意の嵐を、頭を抱える様に体を丸めて耐える参式。
しかし緑に光るその目は、未だ輝きを鈍らす事なく冷静に周囲の様子を伺っている。
その様子に、マサトは歯を軋らせた。
今すぐにでも飛び込んで行きたい衝動を堪え、機を伺う。
「ッ。あの特務野郎、調子乗り過ぎやろ! あいつが本物やったらどないすんねん!」
追いついて来た井塚の、マサトの心の中を読んだような言葉に疑問を覚えた。
「あれ? 何で井塚さんも怒ってるの?」
「あぁ!? そりゃ本物の参式だったらツレだからに決まって……」
と、言い掛けた所で井塚は何かに気付いて、咳払いした。
「ちゃうちゃう。俺らは参式を捕まえに来たんや。別に助ける為とちゃうねんで」
「……えーと、井塚さん、もしかして参式と知り合いなの?」
「そりゃオメー、前の事件の時にどんだけ一緒に戦ったと……いや、だからちゃうて!」
「…………嘘、下手だね」
「やかましいわ!」
何だか、自分に似た駄目っぷりを見せてくれた井塚に、マサトは急速に親近感を覚えた。
「ま、だったら話は早いね。僕達は参式を助けに行くんじゃないんだ。特殻の手柄を横取りしようとして結局逃しちゃったんだ。そういう事にしとこう。うん」
「妥当やな。別にそれで司法局の評判が落ちようと、平の俺らにゃ関係あれへんしな」
「そーゆー事。……減給食らうと痛いけどね」
「言うな。……オカンに怒られるから、ならんように一緒に祈ろや」
いつの時代も、公務員はただでさえ薄給なのである。
マサトと井塚は、お互いに減給を死地に飛び込むよりも恐ろしいと感じていた。
まるで、嵐の予感に息を潜めるように緩やかに。
今、その場にいる全員が、何かを〝待って〟いた。
そして、夜が明けるーーー。
※※※
『おい、どうした! 応答しろ!』
切迫した様子で、全周波回線から、指令部の通信士の声が聞こえてきた。
『場所はどこだ!?』
『反応は東第二……地下通路です!!』
『第二!? 何でそんな所にいる!』
それらのやり取りは、司法局員や捜査課長のもの。
東第二区画は、エリア0の直近区域だ。
下手をすれば、襲来体の巣になっている可能性すらあるような場所。
最も危険な区域の―――日の当たらない地下。
最悪の想像しか出て来ない。
「事態の動き方が予想外だけど……」
「チャンスか?」
マサトと井塚の、やり取りの直後。
『し、《黒のーーー』
途中で、ぶつ、と途切れたその声は、不吉な単語を含んでいた。
一瞬の沈黙の後。
『《黒の装殻》やと!?』
『もう一人おるんか!?』
『いや、それも襲来体の擬態っちゅー可能性もーーー』
『確実な情報はないんかいな!?』
『そんなもん、ある訳ないやろが! 誰か向かわせぇ!』
『っ、襲来体の巣になっとるかもせーへん場所に、誰行かすんじゃ、ドアホ!』
回線を、混乱した声が埋め尽くす。
それを他所に、マサトは途切れた『声』に聞き覚えがあった事に、気を取られていた。
「今のは……日和さん?」
最初に室長に、『人相不明』の事を報告してきた室員だ。
「ぽかったけどや……今は目の前に集中せぇよ、マサトぉ! 先行くでぇ!」
井塚の言葉にはっと意識を戻すと、別の《黒の装殻》出現という未確定情報に、特殻が少し動きを鈍らせていた。
それを見逃さず動き出した井塚に、マサトは遅れてしまう。
『副権利者要請』
突然、マサトの補助頭脳が告げた。
「『マサト』?」
『アイリ。さっさと代われ!』
「う、うん! 承認!」
マサトが宣言した瞬間。
頭部を覆う装殻の下で彼女の目付きが変わり、ギラリと冷たく光る。
彼女の中に秘められた、生体融合型補助頭脳の人格……『相李マサト』が、正戸アイリの肉体操作権を得て、捌式を操った。
「限界機動』
宣言と同時に機能する装殻能力により、『マサト』は超速反応領域に突入。
井塚に瞬時に追い付いて限界機動を解除し、短距離通信で囁いた。
「やるよ、おっちゃん。俺がフロントやるから、牽制のフリしといて」
「おうよ! ……おっちゃん?」
井塚の疑問に答えず、マサトは銃弾の嵐を無理やり抜け出した参式に斬りかかった。
マサトの体で進路を邪魔された少尉が、苛立たしげに怒鳴る。
「どけ、マサト!」
「聞けないね」
無視して、マサトはスタッグバイトを軽く振るった。
参式が、だいぶ損傷した腕でそれを受け止めた瞬間。
「……領域型知覚加速」
ぼそっと囁いた一言が、参式と『マサト』の思考のみを加速する。
知覚加速は、限界機動能力の限定使用だ。
それに接触した装殻を巻き込むのは『マサト』がオリジナルで改変した能力であり、まずバレない。
/久しぶり
/……お前か
装殻で繋がり、高速言語を秘匿状態に変換して、『マサト』は参式とやり取りをする。
/派手にやられてるね。
/冷やかしか?
/助けに来たの。退路開くけど、逃げれる?
/問題はない。
/なら、軽く宜しく。後ろの司法局の装殻は味方だよ。
/……良く知っている。感謝しよう。
そこで、二人の接触が終わり、『マサト』は横に跳んだ。
「はっはぁ! くたばりやがれや、参式ぉ!」
参式に対する牽制射撃……実際は、十字砲火を遮断する為の妨害射撃……が無造作にばら撒かれ、特殻の連携が決定的に乱れた。
逃げた『マサト』を追って、ぴったりと張り付くように移動する参式に、『マサト』が邪魔で特殻は手が出せない。
十分に包囲を撹乱した所で、『マサト』は参式の蹴りを受けて、派手に吹き飛ばされた。
少尉の体に、真正面からぶつかるように。
「この、馬鹿どもがぁ!」
律儀に『マサト』を受け止めながら、少尉は激高した。
「自分達が何をしたのか、分かっているのか!」
「分かってるよ。でも、あいつが偽物なら、もう終わりだろ?」
「何!?」
『マサト』は、少尉に抱き着いたような姿勢のまま、装殻の下でにやりと笑った。
「日の出だよ。ーーーさぁ、どっちだろうね」
※※※
少尉は、見た。
参式は特殻の包囲を抜けて。
廃ビルの屋上へと、壁を蹴って駆け上がっていく。
その、崩落しかけているビルの屋上で。
装殻狙撃銃を構えていた特殻の隊員が、逃げようと腰を浮かした姿勢になり……。
そのまま参式に拳で顔を貫かれて、ビルに開いた大穴へと落ちていく。
入れ替わりに着地して。
参式は、夜明けの光の中に立った。
装殻弾を受けてボロボロになった外殻が。
陽光に照り返して、紅黒色のシルエットとして浮き上がる。
緑の双眼が、眼下で見上げる自分達を傲然と睥睨した後。
そのまま、何を言うでもなく視線を逸らし。
参式は、再び、彼らの前から姿を消した。




