第10節:参式捕獲作戦(前編)
参式は、危なげなく三体の襲来体を相手にしていた。
追加装殻は、三種類が視認出来る。
一つは手に握った突撃装殻銃。
もう一つは腰の右側に保持した装殻拳銃。
最後の一つは、腰の後ろの斬殻短剣だ。
「状況開始」
参式の動きは実直だった。
敵の襲来体が持つ装殻銃の攻撃を障害物を盾にして防ぎ、突撃装殻銃のセミオート射撃で近くの一体を牽制しつつ、距離を詰める。
「遅い」
参式は装殻弾が命中して倒れた一体を、胸郭部を砕く程の力で踏みつけた後。
腰の装殻短剣を左手で引き抜いて、頭部に突き立てた。
襲来体が動きを止めると、その体を蹴り上げる。
「一体、破壊」
別の襲来体の射撃を受けて、殺した襲来体が爆散する間に、参式は次の獲物に迫る為に再び廃屋の陰に隠れた。
明らかに市街戦の戦闘訓練を受けた人間の動きだ。
装備内容からもそれが伺える。
対して、襲来体の動きはあからさまに鈍い。
恐らく戦闘に関しては、素人に近い人間をベースに擬態した個体なのだろう。
攻撃は散漫。加えて襲来体は元来恐怖心など持ち合わせていない為、一度本性を現せば、死ぬまで愚直に突撃するだけだ。
数が多ければ強力な死兵だが、既に人に擬態済みの少数個体は警戒さえしていれば参式にとっては大した脅威ではなかった。
「出力解放、Lv2」
『実行。限界機動』
簡潔な補助頭脳とのやり取りの後。
出力供給線を輝かせて超速反応領域に入った参式は、一気に飛び出した。
宙にある殻弾を見て躱し、間をすり抜けるように二体固まっていた襲来体に迫る。
「〈紅の乱撃〉」
突撃装殻銃を投げ捨て、四肢を赤熱させた参式が四連撃を放った。
左フックからの右ストレートで一体の頭部を破壊し。
左膝上蹴からの右上段回し蹴りでもう一体の足と首をへし折る。
「finish」
参式の宣告に応えて、襲来体の体に流し込まれたエネルギーが炸裂する。
同時に。
『限界機動解除』
補助頭脳の言葉と共に、爆音が響き渡り。
超速反応領域を脱した参式が、黒い爆煙を薙ぎ払いながら宙に跳ねた。
※※※
「ちっ、避けたか」
頭部に装着していた視覚強化兵装を解除して、装殻者となった少尉は立ち上がった。
狙撃を宙に跳んで回避した参式が、こちらに顔を向けている。
少尉は、手にした装殻長距離狙撃銃が上げる一筋の白煙を払った。
そして狙撃銃を流動形状記憶媒体化して収納する。
執行者・伍式PADT。
本来海上政府軍に支給される水中戦特化型の装殻だ。
色は、陸上特務隊員である事を示す、白色。
海野少尉は海上政府軍特務隊の出身者であり、彼が特殻隊長に抜擢されたのには理由がある。
水中特化型は、電磁流体外殻という特殊装殻を基本としている。
水中での摩擦軽減を目的として開発されたものだが、少尉はこれを応用的に、しかも優位に利用する事が出来る唯一の人物だった。
「装備変更、電磁突殻槍」
『承認。装殻状態:電磁加速形態』
少尉の周囲に三本の平坦な形の長槍が出現し、一本を手にすると残りの二本が両肩の上辺りに磁力固定される。
「加速」
『電磁加速機構、起動―――射出』
両肩の槍が帯びた磁力で、少尉が一瞬で加速すると、槍を構えたまま宙に打ち出された。
直後、座標固定装置が起動し、宙に固定された二槍も引力を受けて追従する。
「出力解放!」
『承認』
参式は、遮蔽物を利用して姿を眩まそうとしていたが、少尉は逃がす気はなかった。
「軌道修正! 十一時時方向!」
『承認。方位変更、十一時』
宙の槍が体の動きに合わせて移動。
空気抵抗を装殻が軽減し、慣性による動きを補助頭脳が瞬時に計算してレールガンシステムを起動する。
空中で軌道を変更した少尉は、参式の姿を捉えると再度軌道変更。
凄まじいGをその身に受けながらも、少尉は手にした槍の穂先を一切揺らがす事なく、ついに参式を捕捉した。
「出力解放、Lv4」
『実行。領域設定』
逃げるのを諦め、こちらを迎え撃つ体勢を取る参式。
「無駄だ―――」
限界機動に近い速度で参式に迫る少尉は、参式の出力解放が間に合わない事を確信していた。
そして待機状態だった一撃を宣言する。
「―――〈対潜迫撃殻弾杭〉」
瞬間的に灼熱した突殻槍の穂先が、参式を貫く―――直前で。
不可視の障壁が、少尉の一撃と拮抗した。
「何っ―――!」
しかし驚愕に沈む暇もなく。
自身の出力解放の威力と速度が、少尉に対して牙を剥いた。
突殻槍はたわんで砕け、障壁に激突した少尉自身は斜め上方に弾かれる。
弾かれた先が、地面でなかったのは少尉にとって幸いだった。
地面に叩き付けられれば、自らの一撃の威力によってそのまま死んでいただろう。
「限界機動……!」
『承認』
装殻に多大な負荷が掛かる事を承知で、少尉は超速反応領域に入り。
そのまま、全ての時間を勢いを殺す事に使用して。
弾かれた先にあった、ビルの壁に轟音と共に埋まった。
突殻槍を一本犠牲にして、衝撃を殺してなお、尋常ではない損傷を負う。
「ぐっ……」
少尉は全身の痛みを感じながら、 無傷の参式を見下ろした。
「何だ、今のは……」
参式のデータに、あんな防御機能はない筈だ。
『限界機動装置使用不可。電磁加速機構使用不可。装殻損傷度危険域。離脱推奨。離脱推奨』
補助頭脳が五月蝿く騒ぐのを無視して、少尉は一本だけ残った突殻槍を手に立ち上がった。
飛び降りて、律儀に待っていたらしい参式に対峙する。
「気概だけは認めるが」
参式が、初めて少尉に話し掛けた。
どこか歪んだ声音は、変声機でも使用しているのかもしれない。
「引き際を弁えなければ、死ぬだけだぞ」
参式の物言いに、少尉は歯を軋らせた。
「引き際だと?」
沸き上がる戦意を全身にたぎらせて、少尉は突殻槍を構える。
「貴様ら相手に引く位ならば、刺し違えてでも殺す。我らが、どれ程貴様らを恨んでいるか、貴様は知るまい」
少尉の言葉に、参式は答えなかった。
苛立ちを募らせながら、彼は続けた。
「理由を訊ねもしないのか!」
「恨みなど、腐るほど買っている。今更一つずつ理由を訊ねる必要など、ない」
「そうした貴様らの傲慢さが! 我らが貴様らを恨む理由だと何故理解しない!」
少尉の突撃を軽くかわすと、参式は拳を握った。
「これ以上は手を抜けん。去らぬなら、こちらが去ろう」
「させると思うか? こちらも、無意味に貴様に突っかかった訳ではない」
言うのと同時に、参式が身を翻した。
十字放火と共に姿を見せたのは、特殻の装殻者達。
そして、捌式と陸式。
少尉は、時間稼ぎが功を奏した事にほくそ笑みながら、彼唯一の機能を使用する。
「装殻液化」
『承認。装殻状態:液状殻形態』
少尉の姿が溶けて崩れ、瞬時に復帰する。
『装殻状態復帰。追加装殻:再展開』
「何……?」
突殻槍すらも復活し再び完全な状態に戻った少尉を見て、参式が訝しげな声を上げる。
これが、彼のみが使用可能な電磁流体外殻の能力。
外殻だけでなく。
装殻融合状態の人体細胞まで含めた、心核と補助頭脳以外の全ての細胞を融解し。
全ての損傷を回復する、奥の手。
一歩間違えればそのまま溶け去り、死亡する危険を孕んだ極めて危険な装殻利用法。
この神業のような技能を以て、彼は特殻の隊長に抜擢されたのだ。
「今度こそ逃がさんぞ、参式!」
少尉の宣告に合わせて。
包囲を完成させた特殻達が、動き始めた。




