僕の名はーー
第一探索隊は緑園の森へ戻って来ていた。手練れた先輩方は樹木の裏に身を潜ませ、隊長のジュディアス、そして同じ新人プレイヤー達は草が群がり生えている草叢に身を潜め匍匐前進で徐々にガルザルド帝国兵士との距離を縮めていた。
キリシマの作戦は至ってシンプルだった。
『作戦はこうだ。諸君等がガルザルド帝国の戦い慣れた兵士達に勝つには奇襲が最も高い』
奇襲作戦。
最初の一撃で敵の数が一気に減れば、こちらの士気が上がり敵の統率を一瞬殺ぐ事ができる。
『この作戦は一時間の休憩が終わった直後。つまり敵が油断している時に取り掛からねば成らない!』
増援がまだ為されていない今だからこそ、新人プレイヤーが大い第一探索隊の勝機が上がる。
先輩方が前で指示をだす。
ーー奇襲まで10秒
みんなの緊張が高まる。
ここで音を立ててしまえば全てが台無しとなる。
ーー7秒
瞬きすら忘れたジュディアスの額に汗が流れる。それを拭う事は出来ない。
ーー3秒
ガルザルド兵がこちら一帯を訝しげに睨む。しかし僕達はまだ出ない。
ーー0秒
先輩方の合図を元に草叢から突如出現する第一探索隊を見たガルザルド兵が焦りを見せる。
一番最初に一本取られたのは第一探索隊に気付き始めていたガルザルド兵だった。
その次には近くに水を飲もうと水筒を開けていたもう一人のガルザルド兵が背中から一本取られた。
そこまで来てこちらにガルザルド帝国兵士達は気付いてしまう。
現在の戦力は先輩方二人、ジュディアスと新人プレイヤー三人でガルザルド帝国兵士が六人の5vs6だ。
経験の差でこちらが不利に見える。実際に新人プレイヤーの一人が突撃行動を取りガルザルド兵に一本取られていた。
しかしキリシマの作戦はまだ終わっていない。
『この奇襲作戦は勝機を格段に上げるが勝利するにはまだ程遠い。そこでだ、この作戦で最も重要になってくるのはそこの魔法使い。サラマンダーくんだ』
僕は第一探索隊とは別の方向にある草叢から様子を伺っていた。
第一探索隊が奇襲をかける時もまだ匍匐前進に続ける。
このLARPGのルールでは兵士達は自分が使いたい武器を与えられる。
全てスポンジで出来ており相手を傷付けること無く戦闘が行える。
戦闘ルールも簡単で相手に武器を当てる事により相手の自己申告で負けを認める。いざこざが行われないように黒い服を着た運営の方々が各エリアを見回りしている。この戦闘も今まさに見られている。
そして魔法使いの戦い方。それはその魔法使いが所持するソフトなお手玉を相手に当てる事だが、お手玉が切れた時用に短剣も持ち合わせている。
しかしこちらはかなりシビアでお手玉を投げる時に決められた魔法名を唱えなければ無効となる。僕の場合は事前に【ファイアーボール】と選択している。そして魔法使いには資格がありその資格相応のお手玉が渡される。僕が所持できる最大数は五個。現在の戦況で見つからずに五個当てれば大活躍だ。
すると絶好のチャンスがやって来た。
第一探索隊と僕でガルザルド兵士達を挟む形になった所で僕は立ち上がる。
「ファイアーボールッ!!」
そう叫びお手玉を一人のガルザルド兵に当てる。まず一本!
「ファイアーボールッ!」
今度はこちらを振り向こうとしていたガルザルド兵に当てる。あと四人!
「ファイアーボールッ!」
こちらに振り向いていたガルザルド兵にお手玉を投げる。しかしそれは彼の持っていた剣によって弾き返される。
慌ててそれを避ける。戦闘ルールにはフレンドリーファイア、つまり仲間討ちも含まれており、弾き返された自分のお手玉に当たってもアウトだ。
しかしこれで戦況は大きく変わった。こちらの残り人数は僕を合わせて五人、相手は四人。お手玉の数は二個。
こちらが優勢に見える。
「先程の試合でオークに真っ向に立ち向かって瞬殺された魔法使いか……なるほど、キリシマの作戦だな」
全身を鎧で固めているガルザルド兵の一人がそう言った。
LARPGのこのルールでは鎧は戦闘判定に意味をなさない。つまり完全なロールプレイヤーだ。その鎧も自作したのか全身赤くまるで戦場にで燃え盛る松明の様に仲間を奮い立たせ、敵を恐怖させるようなビジュアルをしている。
しかしその鎧の主は見た目に反し可愛らしい声をしている。明らかに女性だ。
先輩方の方を盗み見ると顔を強張らせており額には豆ほどの大きさをした汗が浮き出ている。
明らかに緊張している。そう感じ取ると何気なしに場の空気が重くなったように感じた。
硬直状態。第一探索隊は動けずにいた。ガルザルド兵士達は逆で落ち着きを取り戻し、少しずつ挟み討ち状態から距離を取っていた。
このまま行かせたら負ける。そう考えた僕は行動を決めた。
握りしめていたお手玉をガルザルド兵に向かって投げる。
「ファイアーボールッ!!」
魔法名を唱え手からお手玉が離れていくのを感じる。それを合図に慌てて第一探索隊も動き始める。
ジュディアスが一人のガルザルド兵に斬りかかり。先輩の一人は僕がお手玉を投げた相手に攻撃を仕掛けた。
僕と同じ新人プレイヤーはもう一人の先輩と赤鎧のガルザルド兵に斬りかかる。
手持ち無沙汰になったガルザルド兵の一人が向かって来る。
戦況が一気に動いた。向かって来るガルザルド兵を引きつけた後に前に踏み込み腰にぶら下がってあった短剣を抜いた。咄嗟に目を瞑り相手の一撃が入るのを待つ。しかしその瞬間は来なかった。
目を開けてみると、偶然にも短剣はガルザルド兵の振りかぶった大物が直撃する前にその胸に当たっていた。
ガルザルド兵は盛大にその場で倒れる。彼の顔はそこはかとなく笑顔であった。
僕がガルザルド兵から顔を外し、戦況を見る。
第一探索隊はジュディアス以外倒れており、それに赤鎧の女性が対面していた。
いつの間に取り出したのかその両手には短剣と長剣が握られている。
ジュディアスが僕にアイコンタクトをしてくる。
ーー仕掛けるぞ
ジュディアスが赤鎧に向かって剣を振るう。それと同時に僕も短剣で突撃を掛ける。
赤鎧はまずジュディアスの方へ一歩踏み込み、短剣でジュディアスの剣の軌道を逸らしそのまま首に短剣を当てた。
次に赤鎧は僕の方に振り向き長剣で突きを繰り出す。僕はあまりの恐怖に後ろに跳びのきバランスを崩して尻餅を着きそうになる。
咄嗟に短剣とは逆の手に握りしめていたそれを赤鎧に投げようとした。
「ファ!ファイアーボール!!」
そう叫んだ瞬間にバランスを崩し尻餅を着いた。衝撃で一瞬目を閉じてまた開けると眼前に長剣の切っ先があった。
「ガルザルド帝国、我々の負けだ」
彼女が長剣を下ろし、そう宣言した。
どうやら僕のお手玉が当たった様だか頭がついて行かず惚けていた。
「立て魔法使い。貴様の名を聞かせろ」
彼女は先程のとは打って変わって優しい声音で僕に手を差し出した。
その手を取り立ち上がるとアナウンスが流れた。
『緑園の森にて先程再戦を無事果たしてエリアを確保したのはシュラード国!!これよりまたしても緑園の森は一時間休憩所とします。別国の友人とお話しを楽しんだり、シュラード国を称えたり等自由に場所をお使い下さい。では良きLARPGを。以上Another運営でした』
アナウンスが流れ終わると勝利の実感が湧いた。
「シュラード国の大魔法使いになる予定の見習い魔法使い。僕の名はーーサラマンダー!」
僕は赤鎧に名を告げた。
久々の更新