表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
49/50

no.49

 真琴の合格発表の翌日は、登校日になっていた。

 卒業式の予行練習をやる。


「こうして学校で会えるのも今日と卒業式だけになっちゃったね」

 玲菜が寂しそうに呟いた。


「でも、まあ、みんな自宅から大学通うんだし、会おうと思えばいつでも会えるからさ」

 大輔が玲菜の肩を抱いて言った。


 四人が一つの机を囲んで、こうしてしゃべることももうなくなるのだと真琴も寂しく思う。

 四人がしんみりしているところ、教室に佐伯が入ってきた。


「さて、予行練習始めるぞ。全員、名前の順に廊下に並べ」

 教室から、皆がぞろぞろと出る。

 他の教室からも生徒たちが続々と出てきていた。


「しゃべってないで、今日一回で練習終わりにしろよ」

 佐伯が並び始めた生徒たちの横を歩く。

 そして前の教室の生徒が動き出したのに続いて、皆もついていく。


 当日さながらに練習が行われた。

 練習だけだったので、この日は午前中だけで終了だった。

 けれど四人は、茂を呼んで、軽音部の部室に来ていた。


「こうして集まるのも最後になるからさ」

 大輔の発案だった。茂だけが地元を離れて関西の大学に行く。

 軽音部のメンバーで集まれるのも最後になるだろうからと、言い出したのだ。


「僕だけですね。離れるの」

 茂が頭をかきながら言う。


「でも希望校にみんな合格したんだし、嬉しいことじゃないか」

「そーだな。玲菜も合格したしな」


「あー、なにその言い方」

 大輔に言われて玲菜がプクリと頬を膨らませた。


「まあまあ、大輔も心配してたんだよ。一緒に大学行って、楽しむんだって、ずっと玲菜が言ってたから。それが叶って、ほっとしてんだよ、な、大輔」


「まあな」

 大輔が照れたように頬をポリポリとやりながら答えた。


「それにしても俺ら、高校生活、充実してたよな。軽音のお陰で。大輔が誘ってくれたからだよな。感謝してるよ」


「僕も誘ってもらって嬉しかった。高校生活いい思い出できたよ」

 一樹と茂が大輔に礼を言った。


「いやいやー、俺らこそ、二人には礼を言わなくちゃ。二人がいてくれたから、廃部にならなかったし、続けられたんだもんな。それから真琴には一番に礼を言いたいよ」


 大輔がそういうと、真琴に全員の視線が集まった。


「真琴がいてくれたから、こんなに楽しくできたんだよね。私、真琴と一緒にいられた高校生活、絶対に忘れない」


 真琴にとって、軽音部は最初、暇つぶしでしかなかった。

 けれどいつの間にか、高校生活の中で欠かせない思い出になっている。

 そんな軽音部に引っ張り出してくれた玲菜や大輔には、どんなに感謝しているか。


「あたしも感謝してるよ。軽音部のお陰で賑やかに高校生活できたし」

 一樹がドラムを叩き始めた。


「やるか、久々に」

 大輔がベースを抱えながら言った。


「やろう、私もこれ、弾かせててもらうの最後だから」

 玲菜もシンセサイザーに手を置いた。

 茂もベースに手を伸ばした。


 皆、それぞれが思い入れのある楽器だ。

 真琴にとっては、マイクがそうだ。

 真琴がマイクスタンドを置くと、大輔がアンプの調整をした。


 一樹がドラムでリズムを刻む。

 それにベースとシンセサイザーが音を重ねていく。

 

 そして真琴が歌い始めた。

 けして広くはない部室に音が溢れる。


 真琴は歌いながら、高校生活のいろんな場面を思い出していた。

 軽音部での活動もそうだったけれど、佐伯とのことが真琴の心を占める。


 何にも興味が持てずに、バイトとバイクだけが真琴を支えていた。

 そんな真琴に美織との出会いがあり、佐伯との関わりが多くなって、いつの間にか恋をしていた。


 失えないものなのに、一度は手放してしまった。

 その辛さは何にも比べられるものではない。

 そしてその失えない思いを取り戻して、今は、前を向くだけだ。


 軽快な曲も切ない曲も、それぞれの思いの詰まったものだった。

 文化祭、クリスマスイベント、夏のイベントと、思い切って全力を尽くして楽しんだ。

 

 思い出されるステージの熱気に皆、夢中になっていた。

 夕方近くまで、時を忘れて、過ごした。


「あー、気持ちいいー」

 持ち歌の全曲を演奏しきった大輔が額の汗を拭った。


「俺ら、ほんと、思いっきり楽しんだな」

「思い残すことないな」


「またいつか皆で集まろうね」

 そんなことを言っている皆を眩しく見つめる真琴だった。


「真琴、卒業式の後、私たちに付き合ってね」

 玲菜が言い出した。


「なに?」

「うん、ちょっとね。卒業式だし、楽しもうかなって」


「いいよ、別に」

 うふふふっと玲菜が妙な笑いを見せる。


 大輔もニヤリとする。

 変な二人だと真琴は思った。


 その日、真琴は家に帰ってから、佐伯の家に行った。

 佐伯はまだ帰っていなかったが、美織は既に学校から帰っていた。


 久しぶりにゲームの相手をせがまれた。

「そういえば、やってないな」


「ね、お姉ちゃん、やろうよー」

「わかった、わかった」

 真琴は、美織に引っ張られて、リビングに座った。


「お姉ちゃんの卒業式って明後日だよね」

 ゲームの用意をしながら、美織が言う。


「そうだよ」

「へへー、楽しみだね」


「ああ、そうだよ。美織も楽しみか?」

「うん! すっごく楽しみ!!」


 美織までもが、そんなに楽しみにしていてくれるのかと真琴は、思った。

 美織のゲームの相手をして、あっさり負けた真琴は


「パパ帰ってくるまでにご飯の用意しとこう、美織」

「うん」


 二人はキッチンに入って、料理を始めた。

 こうして二人で料理をするのも久しぶりである。


「美織、早くお姉ちゃんと毎日こんな風にご飯作りしたい」

 野菜を洗っていた美織が真琴の顔を見上げて言った。


「そうだな。早くそうなるといいな」

「一杯お手伝いするからね。お姉ちゃん、お勉強もしなくちゃならないんだもんね」


「ああ、ありがと、美織」

 屈託なく笑顔を向けてくる美織に真琴は、心から安堵した。


 いろんなことがあった。

 けれど、今、この幸せを掴んでいる。

 もう絶対に離したりはしない。

 美織の笑顔は真琴を穏やかに、そして強くさせてくれるものだった。


 七時を過ぎたころ、佐伯が帰ってきた。

「お、来てたのか」

「うん」


「いい匂いがするな」

「お姉ちゃんと二人で作ったんだよ」


「美織は偉いな。これからもちゃんと手伝うんだぞ」

「わかってるもーん」


 佐伯が着替えを済ませてくると、食卓を三人で囲んだ。

 これが近い将来、毎日できるようになるのかと思うと真琴は、自然に微笑んでしまっていた。


「真琴は、卒業式の後、用事はないんだろう?」

「あっ、なんか玲菜が付き合ってって言ってたから、玲菜たちと一緒する」


「ああ、それな。うん」

 佐伯は、一人で言って納得しているような様子である。


「なにか聞いてるの?」

「いや、まあ……それより、うちのほうはどうだ。問題ないか?」

 何気に話題を変えられた。不思議に思った真琴だったが、追及はしなかった。


「うん、何の問題もないよ」

「ねえ、パパ、パパ」


 美織が佐伯に内緒話をしている。

 ちらりと真琴のほうに視線を送った佐伯だったが


「ダメ」

「うーん、はい」

「なに?」


 しゅんとしてしまっている美織を見てから、佐伯に尋ねた。

「なんでもない。今日の料理もおいしいな。真琴は料理もうまいし、家事もできる。だけど、うちにきたら、皆で協力しあってやっていこうな。お前だけが負担にならないようにしないとな」


「美織もちゃんとお手伝いするよー」

 真琴はまた何かはぐらかされて気になっていたが、笑顔の二人を前にまあいいかと思えた。


 美織が寝た後、二人でコーヒーを飲んだ。

「お前もとうとう卒業か」

 感慨深げに佐伯が言った。


「長いような短いような。でも楽しかったよ。今日は軽音部で集まって歌ったりしたし」

「そうか。俺は待ち遠しかったけどな。色々あったけど、やっとここまできたかって感じだな」

「うん」


 教師と生徒という関係は、もう終わる。

 これからはそういうものに縛られずに佐伯と付き合えるのだと思うと真琴も心の枷が外れたようでほっとする。


 ほっとする一方で、なんだか寂しさにも似た気持ちもある。

 不思議なもので、今まで隠さなければと思っていた緊張がなくなることが、ある意味で寂しく思えるのだった。


 卒業式、当日。

 晴天に恵まれ、式は滞りなく行われた。


 式の最中に散々泣いた玲菜は教室に戻ってきても、涙が止まらない。

「玲菜ってば、泣き過ぎだよ」


「ほんと玲菜は涙もろいからな」

「だって、今日で終わりなんだよ。三年間、色んな思い出があって……」


 言葉が続かなくなって、大輔に抱き着く玲菜。

 はいはいと大輔が玲菜の背中をさする。

 微笑ましい光景だ。


 教室のあちこちでも涙を見せている女子がいる。

 仲の良かった友達同士がここで別れていくのだ。


 感慨にふけるのもわからなくもない。

 真琴も三年間で色々あったことを思い出す。


「ほら、玲菜。いつまでも泣いてないで、これから大事なことがあるんだから」

 大輔が泣いている玲菜の体を離すと


「そーよね。泣いてなんていられない」

 玲菜は、涙を拭いて、くしゃくしゃになった顔を真琴に向けた。


「真琴は、佐伯と一緒に来て。私たち、準備があるから」

「えっ、どーゆーこと?」


「いいから。佐伯と来ればわかるから」

 大輔がそう言ったところに佐伯がやってきた。


「いいタイミングに来たな」

「先生、真琴のこと、よろしくお願い。私たち、後から行くから」


「わかってる。真琴、行くぞ」

「なんなんだよ。わけわかんない」


「いいから、ここは私たちに免じて、佐伯のいうこと聞いて」

 玲菜が真琴の手を取って力強く言う。


「わ、わかったよ」

 真琴は、何事かと思いつつも、荷物を持つと佐伯に従った。

 

 車で待っているからという佐伯に、真琴は、昇降口から出て、職員棟の裏手にある駐車場に行く。


「あら、真琴さん、来たのね。よかったわね。おめでとう」

 佐伯となにか話していた高野が振り返って言った。


「あ、高野先生。真琴はまだ……」

「あら、そうなの。それはそれは」


 ふふっと高野が含み笑いをする。

 やっぱりなにか変だ。

 数日前から佐伯も玲菜や大輔もなにか様子が変だった。


「それじゃ、また後で」

「よろしくお願いします」

 高野は、手を振って行ってしまった。


「センセ、なに隠してんだよ。なんかおかしいよ」

「まあ、大輔と玲菜も一生懸命なんだし、わかってやってくれ。俺からはまだ言えないから。とにかく乗れ」


 そう言われるともう聞けなくなってしまった真琴だった。

 玲菜と大輔がなにか企てているのだとはわかったが、いったい何をしようとしているんだ。

 訳が分からないまま、佐伯の車に乗った真琴だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ