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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
47/50

no.47

 大晦日、夜になって、真琴は佐伯の家にやってきた。

 十時を過ぎたころ、玲菜と大輔、その後に一樹と茂がやってきた。


「今年はちゃんと来たな」

 昨年は、玲菜たちにすっぽかされて、遠い佐伯の故郷の神社まで初詣に行く羽目になった。

 今年は、そんな時間の余裕もないので、真琴は玲菜たちに何度も釘を刺していた。


「そりゃ、真琴に何度も言われたもん。ほんとは二人で行きたかったんだけどさぁ」

 などと言いながら、真琴にちらっと意味ありげな視線を送った。


「でもまあ、皆でわいわい、合格祈願もいいかもな」

 大輔は、両手を組んで頭の後ろに持っていくと笑顔を見せた。


 しばらく佐伯の家で皆で騒いでから、十一時を過ぎたころ、家を出て、町の神社へ向かった。

 もうかなりの人が来ていて混雑していた。


「美織ちゃん、おいで」

 佐伯の手を握っていた美織を大輔が呼ぶと、肩車をした。


「わーい、高い」

「このほうがよく見えるだろ?」


「うん!」 

 美織は大輔の頭にしっかり抱き着いて頷いた。


「大丈夫か、落とすなよ」

 真琴が心配顔を向けた。


「心配いらないって。真琴は、ほら、佐伯と手を繋ぎなよ」

 玲菜が真琴の手を取って、佐伯の横に引っ張った。


「誰かに見られたらヤバいよ」

「こんなに混雑してるんだからわからないって。ね、先生。真琴がはぐれないようにちゃんと手、繋いでてよ」

 佐伯は、黙って真琴の手を取った。


 人波に流されるようにして、皆はお参りを済ませ、合格祈願の絵馬を書くと、一杯絵馬が下がっているところに下げてくる。


「全員、無事に合格してくれないとな。あと少しだ。気を引き締めて頑張れよ」

 佐伯がみんなの顔を見回す。皆は頷いて見せた。


 皆で出店を少し見て歩く。

 玲菜と大輔は美織を連れて、先に歩いていた。


 一樹と茂もその後に続く。

 真琴と佐伯は最後に着いていった。


「真琴、これ」

「ん?」

 佐伯は、ポケットからお守りを出して、真琴に渡した。


「さっき、皆で絵馬書いてる間に買っといた。合格祈願のお守り。受かってくれよ」

「ありがと、センセ」


「受かって安心させてくれ。そして早く、俺の嫁さんになってくれ」

「ああ」


 真琴は佐伯の言葉を真摯に受け止めた。

 まずは大学に合格しなければ。

 二人のことはそれからなのだと思う。


「明日……いや、もう今日か。午後には、新年の挨拶に行くから。お父さん帰ってきてるんだろ?」

「ああ、うん。帰ってきてる」


「じゃ、美織連れて行くからな」

「うん」


 皆は、そこで別れた。

 真琴は、ポケットに入ったお守りを握りしめて家に帰った。


 翌日の午後には、言った通り、佐伯が美織を連れて新年の挨拶にやってきた。


 年末に忙しかった母親も今日は休みで家にいる。

 父親も年末に帰ってきていた。


 以前なら、うっとおしいと思えた父親との二人の時間も、真琴にとって違ったものになっていた。

 勉強はどうだと聞かれても、それは以前のように刺々しいものではなく、親として心配している言葉として受け取れた。


 同じことを言われているのに、今は違って聞こえるのだ。

 勉強の合間に食事を作って二人で食べたりもしていた。


 会話は少なかったが、二人の間の溝がすっかり埋められているのだと感じることができた。

 そんな二人の様子に母親もほっと胸をなでおろしていた。


 両親の前に佐伯、美織、真琴は座っている。

 美織は今日はニコニコ顔である。


 真琴の両親が二人のことを認めてくれたことは佐伯から聞いていた。

 自然に笑顔がこぼれる。

 

 そんな美織の姿に両親も穏やかになれた。

 その傍らで佐伯と真琴は少々緊張していた。


「今日は新年のご挨拶に伺ったんですが、ひとつ大事なお話もありまして」

 佐伯が切り出した。


「なにかね」

 佐伯と真琴は居住まいをただす。


「真琴さんに結婚を申し込みました。高校を卒業したら、結婚させていただきたいんです」

「まあ、それは随分話が早いこと」


 母親は、驚いていた。

 父親は、特に表情を変えない。


「大学生の間は、待とうかと思ったんですが、四年間は長く感じます」

「そうだな。美織ちゃんは、今、何年生だ?」


 父親は、真琴と佐伯の間で二人の緊張が伝わったのか、笑顔を引っ込めていた。

「二年生です」


「ほお、二年生か。四年経つと、六年生になるんだな。私らにしてみたら、四年はそれほどのものでもないが、成長の早い美織ちゃんにとっては、かなり早いな」


 真琴と佐伯もそう思っていた。

 美織にとっての四年間は、重要であった。


「真琴は、それでいいのか?」

 父親は、お茶を啜りながら真琴に尋ねた。


「ああ。四年待つより、今が大切だから。美織にとってもあたしたちにとっても」

「学生生活に支障がないように、私も今まで同様家のことや美織のことをしていくつもりです。真琴さんに負担にならないように」


「今まで二人でできていたことだから、あたしが一緒になったからって、負担にはならないよ」

「うん、そうだな。このまま四年待つよりは、いいかもしれんな」


 父親は煙草を出すと、それに火をつけるでもなく、弄んでいた。

「おじさん、パパとお姉ちゃんが結婚するの、許してくれるの?」


「ああ、反対はしないよ。でもまずは真琴が大学に受かってからだぞ」

「お姉ちゃん、頑張って!」 

 美織が真琴の腕をとった。


「わかってるよ、美織。大丈夫だ。受かってみせる」

 真琴は、美織の肩を抱いて、優しく答えた。


 佐伯を見つめると、佐伯も見つめ返して頷いた。

 そんな姿を見ていて、父親は、暖かい温もりが三人の間にはある。

 大丈夫だと思えた。


「結婚して大学に通うのもいいかもしれないわね。そのほうが頑張れるかも」

 母親はお茶を啜りながら言った。


「目標は決まってる。だから勉強も頑張るれるよ」

「目標か」


「小学校の教師になろうと思ってる。そんな風に思えるようになったのも、美織やセンセのお陰だよ」

「そうか」

 父親は、弄んでいた煙草に火をつけた。


「目標があるなら、大丈夫だろう。母さんも目標があったから、頑張れたんだしな」

「そうですね」

 その後、皆でお節を食べて、佐伯と美織は帰っていった。


 年が明けるとセンター試験はすぐにやってきた。

 真琴は全力を尽くせたと思えた。


「私、ぎりぎり。あー、もう、どうしよう」

 玲菜が試験後に頭を抱えていた。


「玲菜、こーゆーときは、開き直りが必要だよ。大丈夫。受かると思って試験受けろ。ダメかもなんて思ってるとほんとに落ちるぞ」


「真琴、シビアなんだよぉ。大輔と一緒に大学生活楽しみたいよ」

「だったら、本気だせ。玲菜なら大丈夫」


 真琴は、玲菜を励ますのに必死だった。

 ここで玲菜だけが大学に落ちたりしたら、悲惨だ。


 大輔も一樹も合格ラインにしっかり乗っている。

 真琴自身も一本勝負で掛けている。


「玲菜ってさ、軽音部でステージに立つ時、結構度胸座ってんじゃん。あの感覚でいけばいいんだよ」

「ステージは楽しいから」


「楽しい学生生活、思い浮かべて試験受ければいいの。変に緊張することないんだよ」

「そっかなぁ。うん、そうだよね。大輔と楽しく過ごすんだって思って、受ければいいんだよね」


「そうそう」

 やっと玲菜に笑顔が戻った。


 数日後、真琴は大学の前期日程に出願をして、気合を入れなおした。

 佐伯の家から通えるその大学一本で他は眼中にない。


 これに落ちたら、先が不安定になる。

 ここは落ちるわけにはいかなかった。


 試験日までにはひと月ある。

 ラストスパートだ。


 真琴はダイニングから林檎を一つ持ってくると、ベッドに座って、両手にある林檎を見つめた。

 大学に受かって、佐伯と結婚して、美織も入れて三人で楽しく暮らすんだと心に念じている。


 玲菜を励ましたが、正直、自分も怖かったのである。

 林檎に噛り付いた時だった。スマホがなった。


 佐伯からだった。

「ふぁい」

『真琴?』


「うん」

 シャリシャリ

『なに、お前、林檎食ってるのか?』


「そう」

 真琴はスマホでしゃべりながらも林檎に噛り付いて、シャリシャリと音を立てていた。


『うまいか?』

「うーん、なんとも微妙だな。まずいんだよなぁ、なんでか」

 そう言いながらも食べている。


『おいしいと思って食わないからだろ』

 スマホの向こうで佐伯が笑っている。


『ところで勉強のほうはどうだ? あまり無理するなよ。焦ってももうこの時期だ。変わらん』

「そりゃそうだけど」

 カプリっ、シャリシャリ。


『本当は怖いんだろ?』

「えっ?」


『心配するな。お前なら大丈夫だよ』

 優しい佐伯の声が、真琴を包んでいく。


『俺はお前を信じてるし、お前も自分を信じろ』

 佐伯は、真琴の中にある不安に気づいていた。

 

 強がっていても本当は真琴の中に弱さがある。

 佐伯は、それを知っていた。


「ありがと、センセ」

『いつか本当においしいと思える林檎が食えるといいな』

「あ、ああ」


 そのあと、美織とも少し話して、電話を切った。

 体から力が抜けた。


 知らず知らずのうちに妙な力が加わっていたのだと、その時初めて気付いたのだった。

 それを佐伯が取り去ってくれた。

 自然と体が柔らかくなって、心も穏やかになるのだった。

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