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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
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39/50

no.39

 翌朝、目覚めて、真琴はぎょっとする。

 胸元がはだけているのを慌てて直し、隣で寝息を立てている佐伯を起こさないように静かに寝返りを打った。


 こちらを向いている佐伯の顔をまじまじと見つめる。

 意外とまつ毛長いんだな、などと観察してしまう。


 規則正しく繰り返されて聞こえてくる佐伯の呼吸になぜか自分の呼吸も合っていく。

 外では小鳥の囀りが聞こえている。


 こんな穏やかな朝は、生まれて初めてだろう。 

 そっと佐伯の額にキスをした。とても自然に。


 ふっと佐伯が目を覚ます。

「ああ、おはよう、真琴。もう起きてたのか?」


「うん」

「いい朝だな」

 そう言いながら、佐伯は伸びをした。


「腕枕して、腕、しびれたんじゃない?」

「いや。そうでもない。お前の重みを感じて気持ち良かった」


「重みって……」

「重いってことじゃなくて、気持ちのほうの重みだぞ」

 佐伯は、真琴の鼻をつまんでクイクイっとした。


「うーん、なかなかいい夜だった」

 真琴は佐伯に抱きしめられて、びくっとしたが、妙な力は入らず、自然と佐伯の体に腕を回していた。


 こんな風に自然体でいられるのは、佐伯が真琴の気持ちをちゃんと理解して、それに合わせてくれているからなのだと真琴は思った。


「さーて、さっさと片づけて、あと、見られそうなとこ見て、帰るか」

「うん」


 朝食を簡単に取って、荷物を片づけ、佐伯が荷物を車に運んでいる間に忘れ物がないか、真琴が各部屋をチェック。


「忘れ物ないな?」

「大丈夫」

「じゃ、行くか」


 そうして、早めに別荘を出た。

 別荘地から那須街道に出て、山を下らずに登る。


「どこ行くの?」

「うん、ちょっと行きたいところあるから」


 佐伯はそう言っただけで、あとはなにも言わない。

 真琴は、まあ任せるかと思って、車窓を眺める。


 しばらくして温泉街に入り、道は山道に入る。

 カーブが続き、どこまで行くんだと思ったころ、急なカーブのちょうどその横、小さな駐車場に車を入れた。


「早い時間だから、なんとか空いてたな」

「うん。ここどこさ?」


「殺生石。聞いたことないか、九尾きつねの」

 聞いたことがあるようなないようなと真琴が思って歩いているうちに、周りからは硫黄の匂いが漂い始め、岩がごつごつした景色が目に入ってきた。


「なんかすごいとこだな」

「まあ、目的地はここじゃないんだけど、折角だから」


 佐伯が手を出して、真琴も自然とその手を握る。

 二人は、お地蔵さまがいたりする遊歩道を歩いた。


 遊歩道を歩いた先には、岩がごつごつした山肌が見えた。

 それをしばらく見つめて、戻る。


 今度は遊歩道から、山道を歩く。

 緑が清々しいほどに輝いていた。


「こうして歩くこともなかなかできないから、楽しんでおかなくちゃな」

 確かにそうだ。


 これから帰ればまたこんな風にして歩くことはできなくなる。

 黙ってただ歩くだけだが、その時間かなんとも貴重に思えた。


 そのうち、小さな駐車場が見えて、そこは満車になっていた。

 『恋人の聖地』と書かれた石碑が立っていて、その階段を登る。


 するとなんとも言えないパノラマビューだ。

 温泉街、雄大な山々が囲んでいる。


「すごい……」

 思わず、言葉が出てしまう。


「なんか夜景がいいらしいが、昼間も晴れてると景色がいいっていうしな。ネーミングも」

「なんでここが恋人の聖地なんだ?」


 確かに景色は最高だった。

 けれどそのネーミングの意味が真琴にはわからない。


「夜景がハート形に見えるとか、ピエロに見えて、その鼻が見えたら幸せになれるとか、そんないわれがあるらしい。まあ、スマホで探してたら、そんな風に出てた」


 見てみると、そんなことが書いてある看板もあった。

「夜じゃなくて、悪かったな」

「いや、この景色だけでも十分だよ」


 周りにいる人たちもカップルらしい。

 作られた穴から景色を覗いているカップルもあれば、写真を撮っているカップルもいる。

 佐伯と真琴ももれなく写真を撮った。


 そしてまた車を止めてある駐車場まで手を繋いでゆっくりと歩いた。

 来たときはまだ空いていた駐車場も一杯になっている。


「じゃ、帰るか」

「うん」


 車は那須街道を下った。

 連休最終日だがまだ山に登る車線は混んでいる。

 下るほうが空いていた。


 夏の緑が秋になったら、綺麗に色づくのだろうなと流れゆく景色を眺める。

 随分、山を下りてきたあたりで『手作りアクセサリー』といういかにも手作り感のある看板が見えて


「ここにちょっと寄るか。まだ時間ありそうだしな」

 思いのほか、混まずに山を下りてこられたので、佐伯はそこに車を入れた。


 砂利が敷かれた駐車場には何台か車が止まっていた。

 小さな木造のお店。


 入ってみると、所狭しと色んな石が置いてある。

 先に石の効能などを書いた紙をもらった。


 手作りでブレスレットが作れるらしい。

 真琴は早速、石を選んで作り始めた。


 佐伯は、あたりを見回している。

 その間に真琴は二つのブレスレットを完成させていた。

 それぞれを袋に入れてもらう。


「終わったのか?」

「うん。ありがと、センセ」


「いや、こういうところもあるんだなと思って入ったけど、よかったな」

「これ、ひとつはセンセの分」


 真琴は、袋を一つ佐伯に渡した。

 佐伯は、それを開けてみる。

 黒い石でできたブレスレットだった。


「ブレスレットなんてしないと思うけど、その石、お守りになるから、持っててよ」

「そっか。ありがとう。大事にする」


 その店を後にしてから、少し早いがこじんまりとしたレストランに入る。

 地元に帰ってからでは、のんびり外で食事もできないので、ここで済ますことにした。


 なかなかいい感じの落ち着いた雰囲気で、パスタのお店だった。

 佐伯は和風たらこパスタと生ハムサラダとコーヒー、真琴は絶品ベーコンとほうれん草のパスタと海藻サラダとコーヒーをそれぞれ頼んだ。


「おいしいぞ、これ。真琴も食べてみるか?」

「あっ、じゃ、交換しよう」


 途中で料理を交換して食べる。

 通りがかりに入った店ではあったけれど、いい店に当たったらしく、おいしいパスタが味わえた。

 食後にのんびりコーヒーを飲む。


「結局、美織もなんの問題もなく過ごしたようだな」

 毎日、玲菜からラインが入ってきていた。

 遊園地に行ったり、那須動物王国や他いろんなところに行ったようだった。

 写真付きで連絡が来ていた。


「大輔と玲菜には感謝しなくちゃな」

「あたしたちがこんな風にしていられるのも二人のお陰だよな」


「お前はいい友達を持ったよ。これまでも色々二人には、世話になってるしな。いつかちゃんとお礼をしたいな」

「うん」


 佐伯は、コーヒーを一口飲んだ。

 真琴は、外の白樺が風に揺れるのを眺めていた。


「真琴?」

「うん?」

「嫁に来ないか?」

 いきなりの言葉に真琴は固まった。


「もちろん、高校卒業してからだ。大学に受かったら、うちから大学通えばいいだろう。嫌か?」

「えっ、ああ、そっか、その手があったか」


「ん?」

「いや、別に」


 真琴は、大学に受かったら、卒業するまでの四年間、佐伯との結婚は待たなくてはならないと思っていた。

 結婚して学生もやるという方法もあるのだと今まで考えもしなかった。


「重荷になるかな、大学生で結婚してるのは……」

「いや、いい。それ、いい」


「真琴……」

「あっ、いや、えっと、あたし、大丈夫だよ、それで。大学通いながらでもいいんなら……」


 成り行きに真琴は驚きつつも、なぜ今までそれに気づかなかったのかと思ってしまう。


「俺も今までのように家のことはするし、美織のこともする。お前が負担にならないようにする。お前は大学の勉強を優先していい」

「うん」


「大学卒業まで待とうとは思ってたんだけどな。この連休、一緒にいて、やっぱり四年待つのは長いかなって思えてさ。焦らないとか言いつつ、やっぱり早く真琴のいる生活がしたいと思って」


 真琴は静かに頷いた。


「まあ、難攻不落の君の父上がいるからな。卒業すぐに結婚できるかどうかはわからないが、俺は、誠意を持って、真琴に結婚を申し込む。俺と結婚してくれるか?」

「……はい」


 ふーっ、と佐伯は大きく息を吐いた。

 何気ない表情をしていつつ、本心はかなり緊張していたらしい。

 力が抜けたようで、椅子の背もたれに寄り掛かった佐伯を見て、真琴は微笑んだ。


「センセ、ありがとう」

「いや、こっちのほうがありがとうだよ」


 佐伯が微笑みを返した。

 二人は、コーヒーのお代わりをもらって飲んだ。


 時がゆっくり流れて、凝縮されたような感じである。

 改めて、こういう形でプロポーズされて、真琴は高揚した気持ちを抑えきれずにいた。

 四年待たなくていいのだと胸のつかえがとれ、微笑んでしまえる自分がいた。


 店を出て、高速に乗って、佐伯の自宅に帰った。

 丁度、佐伯の家について、一息ついているところに、玲菜からラインが入って、夕食を済ませて帰るということだった。


「俺たちももう少しゆっくりして来ればよかったかな」

「うん。でもここでのんびりするのもいい。一番落ち着くよ」

「そうだな」


 二人は夕食を一緒に作る。

 並んでキッチンに立っていると


「こういうのが来年の今頃には普通のことになってるといいな、真琴」

「うん」


 一番落ち着ける場所、佐伯と美織がいて、その中に自分もいる。

 そんな暖かく穏やかな光景が早く来ないかと思う。


 ありあわせのもので作った夕食を二人で食べた。

 そのあとは、またマグカップを持って、リビングのクッションに座る。


 二人で、いつか来る幸せな家族像なんかを話したり、学生生活の楽しさなんかも話した。

 そうこうしているうちに、七時を過ぎ、美織が帰ってきた。


「ただいま~」

 玄関から元気な声が聞こえてくる。

 出迎えに出ていくと、玲菜と大輔に手を引かれて美織が立っていた。


「世話になったな」

 そう言ってから、佐伯は外に出て、兄たちにも挨拶してくる。


「美織、楽しめたか?」

「うん! すっごく楽しかったよ!!」


「それはよかった。玲菜、大輔、本当にありがとう」

「ううん。私たちも楽しませてもらったから、ねっ」


 玲菜が美織にウィンクしてみせると、美織はそれを真似てみせる。

 なんだか美織が少し大人びたように思えた。


 その後、美織の荷物を降ろして、真琴の荷物を車に積むと、真琴は名残惜しそうに、車に乗り込んだ。


 佐伯と美織が外で手を振っていた。

 それに手を振り返しながら、帰路についた。

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