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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
37/50

no.37

 夕食は、バーベキューにした。

 ウッドデッキに備え付けのバーベキューコンロがある。

 食材の準備もしてきたので、折角だからと。


「こーゆーのは、大勢でやったほうがいいな」

「ふたりバーベキューってのは、寂しいかもな」

 そんなことを言っていると、玲菜からラインが入った。


「玲菜たちもバーベキューしてるってさ」

「賑やかなんだろうな」

「美織が喜んでるって」


 佐伯は、頷きながら、ビールを一口飲んだ。

 真琴は玲菜に返信をして、焼けた肉を頬張った。


 どこからか賑やかな声が聞こえてくる。

 他の別荘でもバーベキューをしているのかもしれない。


 真琴と佐伯はゆっくり肉や野菜を焼きながら、のどかな自然の中、食事を楽しんだ。


 その後、片づけを済ませて、一息ついてから、風呂にお湯を張った。

「ここは、温泉がひいてあるらしいぞ」

「へー、温泉、入りに行かなくてもここで入れちゃうのか」


「ゆっくり入って来いよ」

 真琴は先に風呂に入った。


 透明なお湯だけれど、ほのかに硫黄の香がした。

 肌もつるりとする。


 温泉に入ったのなんて、小学校の修学旅行以来か、などと考えながら、ゆったりお湯に浸かった。


「いいお湯だったよ」

「そうか。それはよかった」


「センセも入ってきちゃったら」

「ああ、そうする」


 ソファから立ち上がった佐伯は、真琴の横を通り過ぎて、浴室へと向かった。

 真琴は、ソファに座り、今まで佐伯が観ていたテレビをなんとなく見る。


 けれどその内容が頭に入ってくることはない。

 バーベキューをして、なんとなく心はほぐれたが、ふっと気持ちは、佐伯と二人きりなのだということを思い出す。

 すると途端に落ち着かなくなった。


 しばらくして、風呂から上がった佐伯が、真琴の横にどかっと座って

「ああ、いいお湯だった」

 ふーっと息を吐きながら、言った。真琴のドキドキはさらに加速する。


「ところで、真琴は第一志望、S大になってたけど、それでいいのか?」

 いきなりのフリに真琴は、なんのことか一瞬戸惑ったが、大学受験の話だとすぐに理解した。


「ああ。教師になろうかなとか、思ったりして」

「教師か」


「……小学校の教師」

 真琴は照れくさそうにそう答えた。


「いいんじゃないか。似合いそうだ。だったら地元のS大なら有利かもな」

 真琴は、佐伯を見ていて、教師もいいかもしれないと思うようになっていた。


 けれど高校の教師ではなく、美織くらいの年の子供を教える教師になりたい。

 そんな風に思うようになっていたのだった。

 温泉でほっこり温まった体が引き締まる。


「子供なんて好きじゃなかった。煩いし、扱いにくいと思ってたけど、なんか美織と接するようになって、小さいのに色々考えてんだよなって思うようになって。それをストレートに表現できない部分とかもあって、そういう子供たちに接するのもいいかなとか思ったりしてさ」


「お前なら、できるだろう。頼れる教師になりそうだ」

「なんでセンセは教師になったの?」


 佐伯はその問いにすぐには答えなかった。

 つけっぱなしのテレビからは、なにやら笑いが沸き起こっている。


 真琴は佐伯に視線を送った。

 佐伯は、首にかけていたタオルで額の汗をぬぐった。


「話してもいいが、別段、面白くもないぞ」

「聞きたいから」


「早く落ち着いた家庭を持ちたかったからだ」

 そう言うと、佐伯は一つ溜息を洩らした。


「大学に入ったころは、何になりたいなんて考えてもいなかたけどな。美登里と付き合うようになって、結婚を考えるようになって……」


 佐伯は、また言葉を切った。

 ちらっと真琴の顔を窺う。

 そして続けた。


「卒業と同時に結婚したいと思ってたし、安定した職業についていたほうがいいだろうと思ってな。教職なら、安給料だが、安定はしているだろ。そんなとこだ」

「面白くはない。けど、わかるような気がする」


 高校生の時に両親を失い、早く家庭を持ちたいと思っていた佐伯が、安定した職業を選んだことに不思議はない。


「こんな話聞いて、嫌な思いしないか?」

 佐伯は、亡き妻の話を真琴の前ではできるだけしたくないと思っていた。

 けれど、真琴はもっと話を聞きたいと思っていた。


「いや、美登里さんとのこと、どんな風だったのか、色々聞きたい。多分、これって美登里さんが亡くなってるからだと思う。もし生きてる相手だったら、聞きたくなかったかもしれないけどね」


「そうか?」

「不思議と抵抗はないよ。どっちかっていうと、どんな風に過ごしてたんだろうって聞きたいくらいだし。だから少しずつ聞かせてよ」


「お前がそう言うなら」

 真琴の言葉に嘘はなかった。


 大学時代から佐伯と美登里は付き合い、卒業と同時に結婚をした。

 そんな二人に美織が生まれ、そして美登里は若くして亡くなった。


 佐伯が生きてきた中で特に大切な数ページがそこには存在するのだ。

 それを真琴は共有したかった。


 知らないままにしているのではなく、一緒に共有して、それもひっくるめて、佐伯という人を愛していきたいと思っていた。


「ねえ、出会いってどんなだったの?」

「ああ、それは、同じサークルだったから」


「どんなサークル?」

「映画研究会」


「ああ、それで映像研の顧問なんだ」

「まあ、そんなとこ」

 同じサークルか。なんともベタな出会いだなと思う。


「センセ、映画とか好きだったんだ」

「学生の頃は、よく観たよ。両親が高校の頃、亡くなっただろ。家に帰っても一人だったからな。その頃から観るようになったんだ」


「ふーん」

 ある意味で佐伯も真琴と同じ経験をしていることになるのか。


 家に帰っても一人だから、その寂しさまぎれになにかに走る。

 真琴の場合は、バイトでバイクだった。

 佐伯の場合は、映画だったのだろう。


「まあ、映画研究会とか言ったって、サークル自体は大したことなかったんだな。年に1本は映画作ったりはしてたけど。学祭用に。あとは、コンパだ飲み会だとかそんなのにしか出ない奴もいたしな」


「大学は楽しかった?」


「ああ。俺は親が残してくれた遺産があったから、大学にも行けたし。それにはほんと感謝してるよ。お前も大学生になったら、楽しめ。学生でなきゃできないことは一杯あるぞ」


 ああ、それは今日、玲菜の兄や彼女にも言われたなと真琴は思い返す。

 今しかできないこと、そのチャンスを逃してはいけない。


 人生を諦めきっていた真琴は、今はしたいことをしていると実感できた。

 佐伯とこうして一緒にいられることこそが、今、したいことなのだ。


「教師になりたいのなら、勉強も頑張って、その上で楽しめることは楽しまないとな。やれることはやって、悔いのないように」

「教師に戻ってるよ、センセ」

 真琴は噴き出した。佐伯は頭をかきながら苦笑する。


 大学生活かあ。

 真琴にとって、今やりたいことは、大学に受かることでもあるが、正直な気持ちを言えば、佐伯と結婚したいと思っていた。


 佐伯と美織と家族になりたいと思っていたのである。

 けれど大学に進学すれば四年はそれが先になるのか。

 それだけ待たなければならないのかと思うと、複雑な思いだった。


「遊べるのは、学生のうちだからなぁ」

 妙に感慨深げに佐伯が言った。


「学生じゃなくなったら、遊べないか」

「まあ、ある意味では自由なのは、学生までだろ。就職して社会人になれば、色んなしがらみがついてくる。遊ぼうと思っても学生のようなわけにはいかないだろ」


「そんなもんなのか?」

「ああ、そうだ」


 別に遊びたいわけではない。

 真琴にとって後悔しない人生とは、一体どんなものなのか。


 大学に入って、小学校の教師になりたいという思いもあるが、やはり佐伯と美織と家族になって、暖かで穏やかな日々を過ごすことのような気がする。


「さて、そろそろ寝るか。もう十二時過ぎだ。明日はどこか出かけよう」

「あっ、ああ」


 話をしていて、頭の中では、人生とはなんぞやなどという小難しいことを考えていたが、佐伯の言葉に現実に戻る。


「荷物も部屋に持っていこう」

 立ち上がって佐伯は、リビングの隅に置いてあった自分と真琴の荷物を持つ。


「あっ、自分で持つよ」

「いい。このくらい持ってやる。こういう時は甘えろ」

「えっ、あ、ああ」


 なんか気恥ずかしくなる。

 人に甘えるということに慣れていない真琴は、戸惑ってしまう。


「俺には甘えていいから。少なくともこの連休は誰の目も気にしなくていいんだから。ほら、行くぞ」

 そう言って、佐伯は階段を登り始めた。


 それに続いて真琴も足を進める。

 鼓動が階段の一段ごとに早くなっていくような気がする。

 登り切ったころには、息が苦しくなるほどだ。


「一緒に寝るか」

「えっ!」


「こんな機会はないしな」

「ば、馬鹿なこと、い、言ってんなよ!!」

 真琴は息苦しさに加えて、体温も一気に上昇した状態だ。


「つれないねぇ」

「な、なに、が、つれない、だよ。ま、まったく、ほんとに」

 体が震えて止まらない。


「冗談だよ。真琴はこっちの部屋で寝ろ。俺は折角だから、広いところで寝る。ほら。荷物」

 なにもなかったような顔をして、佐伯は真琴の荷物を差し出した。


 真琴は慌てて、自分の荷物を佐伯からひったくるようにして奪うと、目の前の部屋に飛び込んだ。

 ドアを勢いよく閉めるとへなへなと力が抜けて、床に座り込んでしまった。


 二人きりで五日間を過ごすと決まった時から、考えなかったわけではない。

 教師と生徒という立場でも、付き合っている恋人同士でもあるのだ。


 佐伯が求めて来たら、どうしようと頭の片隅でずっと考えてはいたのだ。

 真琴なりに覚悟を決めていたつもりだったが、いざとなると思ったようにはいかない。


 落ち着いて、成り行きに任せようと思っていたけれど、本当はまだ心の準備ができていなかったのだと改めて知らされた。

 

 しばらくそのまま床に座っていたが、震える足でなんとかベッドにたどり着くと、力尽きたようにどさりと倒れこむ。


 冗談なら、最初から言わないでくれと真琴は高鳴る鼓動を抑えつつ、ベッドにもぐりこんだのだった。

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