no.37
夕食は、バーベキューにした。
ウッドデッキに備え付けのバーベキューコンロがある。
食材の準備もしてきたので、折角だからと。
「こーゆーのは、大勢でやったほうがいいな」
「ふたりバーベキューってのは、寂しいかもな」
そんなことを言っていると、玲菜からラインが入った。
「玲菜たちもバーベキューしてるってさ」
「賑やかなんだろうな」
「美織が喜んでるって」
佐伯は、頷きながら、ビールを一口飲んだ。
真琴は玲菜に返信をして、焼けた肉を頬張った。
どこからか賑やかな声が聞こえてくる。
他の別荘でもバーベキューをしているのかもしれない。
真琴と佐伯はゆっくり肉や野菜を焼きながら、のどかな自然の中、食事を楽しんだ。
その後、片づけを済ませて、一息ついてから、風呂にお湯を張った。
「ここは、温泉がひいてあるらしいぞ」
「へー、温泉、入りに行かなくてもここで入れちゃうのか」
「ゆっくり入って来いよ」
真琴は先に風呂に入った。
透明なお湯だけれど、ほのかに硫黄の香がした。
肌もつるりとする。
温泉に入ったのなんて、小学校の修学旅行以来か、などと考えながら、ゆったりお湯に浸かった。
「いいお湯だったよ」
「そうか。それはよかった」
「センセも入ってきちゃったら」
「ああ、そうする」
ソファから立ち上がった佐伯は、真琴の横を通り過ぎて、浴室へと向かった。
真琴は、ソファに座り、今まで佐伯が観ていたテレビをなんとなく見る。
けれどその内容が頭に入ってくることはない。
バーベキューをして、なんとなく心はほぐれたが、ふっと気持ちは、佐伯と二人きりなのだということを思い出す。
すると途端に落ち着かなくなった。
しばらくして、風呂から上がった佐伯が、真琴の横にどかっと座って
「ああ、いいお湯だった」
ふーっと息を吐きながら、言った。真琴のドキドキはさらに加速する。
「ところで、真琴は第一志望、S大になってたけど、それでいいのか?」
いきなりのフリに真琴は、なんのことか一瞬戸惑ったが、大学受験の話だとすぐに理解した。
「ああ。教師になろうかなとか、思ったりして」
「教師か」
「……小学校の教師」
真琴は照れくさそうにそう答えた。
「いいんじゃないか。似合いそうだ。だったら地元のS大なら有利かもな」
真琴は、佐伯を見ていて、教師もいいかもしれないと思うようになっていた。
けれど高校の教師ではなく、美織くらいの年の子供を教える教師になりたい。
そんな風に思うようになっていたのだった。
温泉でほっこり温まった体が引き締まる。
「子供なんて好きじゃなかった。煩いし、扱いにくいと思ってたけど、なんか美織と接するようになって、小さいのに色々考えてんだよなって思うようになって。それをストレートに表現できない部分とかもあって、そういう子供たちに接するのもいいかなとか思ったりしてさ」
「お前なら、できるだろう。頼れる教師になりそうだ」
「なんでセンセは教師になったの?」
佐伯はその問いにすぐには答えなかった。
つけっぱなしのテレビからは、なにやら笑いが沸き起こっている。
真琴は佐伯に視線を送った。
佐伯は、首にかけていたタオルで額の汗をぬぐった。
「話してもいいが、別段、面白くもないぞ」
「聞きたいから」
「早く落ち着いた家庭を持ちたかったからだ」
そう言うと、佐伯は一つ溜息を洩らした。
「大学に入ったころは、何になりたいなんて考えてもいなかたけどな。美登里と付き合うようになって、結婚を考えるようになって……」
佐伯は、また言葉を切った。
ちらっと真琴の顔を窺う。
そして続けた。
「卒業と同時に結婚したいと思ってたし、安定した職業についていたほうがいいだろうと思ってな。教職なら、安給料だが、安定はしているだろ。そんなとこだ」
「面白くはない。けど、わかるような気がする」
高校生の時に両親を失い、早く家庭を持ちたいと思っていた佐伯が、安定した職業を選んだことに不思議はない。
「こんな話聞いて、嫌な思いしないか?」
佐伯は、亡き妻の話を真琴の前ではできるだけしたくないと思っていた。
けれど、真琴はもっと話を聞きたいと思っていた。
「いや、美登里さんとのこと、どんな風だったのか、色々聞きたい。多分、これって美登里さんが亡くなってるからだと思う。もし生きてる相手だったら、聞きたくなかったかもしれないけどね」
「そうか?」
「不思議と抵抗はないよ。どっちかっていうと、どんな風に過ごしてたんだろうって聞きたいくらいだし。だから少しずつ聞かせてよ」
「お前がそう言うなら」
真琴の言葉に嘘はなかった。
大学時代から佐伯と美登里は付き合い、卒業と同時に結婚をした。
そんな二人に美織が生まれ、そして美登里は若くして亡くなった。
佐伯が生きてきた中で特に大切な数ページがそこには存在するのだ。
それを真琴は共有したかった。
知らないままにしているのではなく、一緒に共有して、それもひっくるめて、佐伯という人を愛していきたいと思っていた。
「ねえ、出会いってどんなだったの?」
「ああ、それは、同じサークルだったから」
「どんなサークル?」
「映画研究会」
「ああ、それで映像研の顧問なんだ」
「まあ、そんなとこ」
同じサークルか。なんともベタな出会いだなと思う。
「センセ、映画とか好きだったんだ」
「学生の頃は、よく観たよ。両親が高校の頃、亡くなっただろ。家に帰っても一人だったからな。その頃から観るようになったんだ」
「ふーん」
ある意味で佐伯も真琴と同じ経験をしていることになるのか。
家に帰っても一人だから、その寂しさまぎれになにかに走る。
真琴の場合は、バイトでバイクだった。
佐伯の場合は、映画だったのだろう。
「まあ、映画研究会とか言ったって、サークル自体は大したことなかったんだな。年に1本は映画作ったりはしてたけど。学祭用に。あとは、コンパだ飲み会だとかそんなのにしか出ない奴もいたしな」
「大学は楽しかった?」
「ああ。俺は親が残してくれた遺産があったから、大学にも行けたし。それにはほんと感謝してるよ。お前も大学生になったら、楽しめ。学生でなきゃできないことは一杯あるぞ」
ああ、それは今日、玲菜の兄や彼女にも言われたなと真琴は思い返す。
今しかできないこと、そのチャンスを逃してはいけない。
人生を諦めきっていた真琴は、今はしたいことをしていると実感できた。
佐伯とこうして一緒にいられることこそが、今、したいことなのだ。
「教師になりたいのなら、勉強も頑張って、その上で楽しめることは楽しまないとな。やれることはやって、悔いのないように」
「教師に戻ってるよ、センセ」
真琴は噴き出した。佐伯は頭をかきながら苦笑する。
大学生活かあ。
真琴にとって、今やりたいことは、大学に受かることでもあるが、正直な気持ちを言えば、佐伯と結婚したいと思っていた。
佐伯と美織と家族になりたいと思っていたのである。
けれど大学に進学すれば四年はそれが先になるのか。
それだけ待たなければならないのかと思うと、複雑な思いだった。
「遊べるのは、学生のうちだからなぁ」
妙に感慨深げに佐伯が言った。
「学生じゃなくなったら、遊べないか」
「まあ、ある意味では自由なのは、学生までだろ。就職して社会人になれば、色んなしがらみがついてくる。遊ぼうと思っても学生のようなわけにはいかないだろ」
「そんなもんなのか?」
「ああ、そうだ」
別に遊びたいわけではない。
真琴にとって後悔しない人生とは、一体どんなものなのか。
大学に入って、小学校の教師になりたいという思いもあるが、やはり佐伯と美織と家族になって、暖かで穏やかな日々を過ごすことのような気がする。
「さて、そろそろ寝るか。もう十二時過ぎだ。明日はどこか出かけよう」
「あっ、ああ」
話をしていて、頭の中では、人生とはなんぞやなどという小難しいことを考えていたが、佐伯の言葉に現実に戻る。
「荷物も部屋に持っていこう」
立ち上がって佐伯は、リビングの隅に置いてあった自分と真琴の荷物を持つ。
「あっ、自分で持つよ」
「いい。このくらい持ってやる。こういう時は甘えろ」
「えっ、あ、ああ」
なんか気恥ずかしくなる。
人に甘えるということに慣れていない真琴は、戸惑ってしまう。
「俺には甘えていいから。少なくともこの連休は誰の目も気にしなくていいんだから。ほら、行くぞ」
そう言って、佐伯は階段を登り始めた。
それに続いて真琴も足を進める。
鼓動が階段の一段ごとに早くなっていくような気がする。
登り切ったころには、息が苦しくなるほどだ。
「一緒に寝るか」
「えっ!」
「こんな機会はないしな」
「ば、馬鹿なこと、い、言ってんなよ!!」
真琴は息苦しさに加えて、体温も一気に上昇した状態だ。
「つれないねぇ」
「な、なに、が、つれない、だよ。ま、まったく、ほんとに」
体が震えて止まらない。
「冗談だよ。真琴はこっちの部屋で寝ろ。俺は折角だから、広いところで寝る。ほら。荷物」
なにもなかったような顔をして、佐伯は真琴の荷物を差し出した。
真琴は慌てて、自分の荷物を佐伯からひったくるようにして奪うと、目の前の部屋に飛び込んだ。
ドアを勢いよく閉めるとへなへなと力が抜けて、床に座り込んでしまった。
二人きりで五日間を過ごすと決まった時から、考えなかったわけではない。
教師と生徒という立場でも、付き合っている恋人同士でもあるのだ。
佐伯が求めて来たら、どうしようと頭の片隅でずっと考えてはいたのだ。
真琴なりに覚悟を決めていたつもりだったが、いざとなると思ったようにはいかない。
落ち着いて、成り行きに任せようと思っていたけれど、本当はまだ心の準備ができていなかったのだと改めて知らされた。
しばらくそのまま床に座っていたが、震える足でなんとかベッドにたどり着くと、力尽きたようにどさりと倒れこむ。
冗談なら、最初から言わないでくれと真琴は高鳴る鼓動を抑えつつ、ベッドにもぐりこんだのだった。




