no.33
強化合宿から帰ると、真琴は佐伯の家に入り浸っていた。
お盆前のかき入れ時で、母親は不在だし、一人でいるより、佐伯の家にいるほうが勉強がはかどった。
美織と一緒にダイニングテーブルで勉強する。
わからないところは佐伯に教えてもらえた。
食事も佐伯が作るので食べるだけである。
そんな中、お盆休みで父親が帰ってきた。
母親は仕事は休めず、父親と二人では息詰まるので、やはり佐伯の家に行っていた。
「おまえは受験生じゃないのか? 毎日、ウロウロして何をやっている!」
夜、帰ってきた真琴をつかまえて、父親は怒鳴った。
「勉強しに行ってんだよ。遊んでるわけじゃない」
「勉強なら家でできるだろう」
こんな落ち着かない家でできるものかと真琴は、何も言わずに部屋に入ってしまった。
夜、遅くなって帰ってきた母親と父親が喧嘩を始めた。
「おまえがちゃんと見ていないから、あいつはあんななんだ」
「なんですか、それ?」
「受験生なのに朝から晩までウロウロして」
「友達と勉強しているんでしょ」
「それだってどうかわからないじゃないか。変な友達だったら、どうするんだ」
「変なってなんですか? 真琴のこと信じられないんですか!」
「おまえがもっとちゃんと見ていれば、あいつも普通に育ったんだ」
「なに言ってるの。年に何度も帰って来ない人が、勝手なこと言わないで!」
真琴の部屋にも筒抜けの喧嘩。
さすがに真琴も我慢できなくなって、部屋を出た。
「真琴!」
「こんな家、全然落ちつかねー。勝手なこと言って、人のことダシにして喧嘩してんじゃねーよ」
「真琴!!」
母親が呼びとめたが、真琴はそれも聞かず、家を飛び出した。
バイクに跨り、走る。
涙がこみ上げてくるのを我慢して走った。
いつもそうだ。
父親が帰ってきても、母親は仕事で家にいない。
ちょっとでも一緒にいる時間があるとああして喧嘩になる。
真琴が幼稚園の頃から、父親は単身赴任でいなかった。
それでも真琴が小さい頃は、まだちょくちょく休みには帰って来ていたように思う。
母親もそれに合わせて、仕事を休んだりしていた。
いつ頃からか、母親も仕事が忙しくなり、父親も盆暮れだけしか帰らなくなった。
一人でいることに慣れてしまうと、今度は、父親、母親がいるということがうっとおしく感じられるようになる。
しかもそこで喧嘩をされているのだ。
真琴にとっては堪らない。
夜中の道路は空いていた。
随分遠くまで来てしまっていた。
行くあてもない。
見つけたコンビニに入って、飲み物を買うと、店の前で一休みして、飲み物を飲んだ。
ヒップバックの中でスマホが鳴っている。取り出してみると佐伯からだった。
「なに?」
『どこにいるんだ、真琴。お母さんから電話あったぞ』
「ここ、どこだろうな。結構遠くまで来てるし、わかんないな」
『すぐ帰れ』
「嫌だ。あんな家に帰りたくないね」
『バカなこと言ってるんじゃない。帰らないでどうするつもりだ』
真琴は、言葉に詰まった。
帰りたくはない。が、しかし行くあてもない。
『真琴、家に帰るのがいやなら、うちに来い』
「えっ?」
『家が嫌なら、うちに来い。起きて待っててやるから』
それまで我慢していた涙がつーっと頬を伝った。静かな優しさが心に染みた。
「行ってもいいのか?」
『ああ。待ってるから、おいで』
「センセ、ありがと」
真琴は、涙を拭いて、バイクを走らせた。
今まで逃げ場所もなかった。
だから我慢していた。
でも今は違う。
逃げ出しても助けてくれる場所がある。
逃げてきた道をまた戻る。
今度は助けてくれるその場所に向かって。
一時間半かかって、佐伯の家に辿り着いた。
玄関の明かりも着いていて、真琴がバイクを駐車場に入れてくると、玄関のドアが内側から開けられた。
「おかえり。疲れただろう。入りなさい」
佐伯は、そう言って、真琴を家に入れた。
何も聞かずにコーヒーを入れたマグカップを持ってリビングに来る。
それを黙って、真琴に手渡した。そして頭をくしゃくしゃと撫でまわすと
「美織とおんなじだな」
そう言ってから、スマホを手にした。
「連絡だけ入れるぞ……もしもし、佐伯です。真琴さん、こちらで保護しましたから。とりあえず今夜はこちらで預かります。はい……はい……わかりました、それじゃ」
スマホを置くと、佐伯も隣に座った。
真琴はライダースーツで暑くて、上半身だけを脱ぎ、Tシャツ姿になっていた。
「夏場は暑そうだな、それ」
「夏用には出来てるけど、結構暑い」
「風呂、入るか? さすがに下着の着替えはないが、俺のパジャマで良ければ新しいのあるし。汗流してさっぱりしたほうがいいだろう」
そう言いながら、佐伯は和室から袋を持ってくると
「ほれ。こないだ、買ったばかりの新品だ。使え」
言われるままに、真琴は風呂を借りた。
正直汗だくで確かに、風呂は気持ちよかった。
さっぱりして出てくると、和室に布団が敷いてあった。
「こんなとこで悪いけど……」
と視線を仏壇にちらっと移しながら
「とにかく寝ろ」
「なにも聞かないんだな」
「いるのが嫌な状況だったから、飛び出したんだろ?」
「ああ」
「今度からはそういう時は、うちに逃げて来い。ここにおまえの居場所があるんだから」
真琴はまた涙がこみ上げてくるのを止められなくなった。
そんな真琴を佐伯は抱きしめて、頭をポンポンとする。
「さぁて、寝るか。もう遅いしな。ゆっくり休めよ」
真琴はしっかり頷いた。
佐伯はリビングの電気を消して、二階に上がって行ってしまった。
真琴は、今は閉められている仏壇に手を合わせて
「お世話になります、すみません」
そう言ってから、布団に横になった。
なかなか寝付けなかったが、それでも結構な距離をバイクで走ったせいか、なんとか眠りに落ちた。
翌日は朝早く、美織の騒ぎで目を覚ました。
「きゃーっ、お姉ちゃん! お泊りしてくれたのー。美織、嬉しいー」
まだもう少し寝ていたい真琴だったが、上体を起こすと美織が飛びついてきた。
「もう少し寝かせてくれ、美織」
やっぱり頭がくらくらする。
「じゃ、美織も一緒に寝るぅ」
結局二人で一つのタオルケットに包まって横になる。
「こら、いい加減起きろよ。もう十時だぞ」
佐伯に起こされるまで、二人は、人肌の心地よさにすっかり寝入ってしまっていたのだった。
「もうそんな時間?」
「そうだ。のんびり寝すぎだぞ」
「だってお姉ちゃんと寝るの気持ちいいんだもん」
「気持ちいいよなー」
「ねー」
佐伯は額に手を当てて、深い溜め息を漏らした。
「美織は子供でいいな」
「なんで?」
「なんでもない……さっ、朝飯にするぞ」
美織には意味不明なことを言って、佐伯はキッチンに入ってしまった。
真琴は、今更だが、自分が佐伯の家に泊まっているのだと再確認させられた。
簡単な朝食を済ませた後、美織を部屋に行かせると佐伯は、真琴に向かった。
「一度、家に帰れ。俺も着いていくから」
「嫌だ」
「ずっと帰らないわけにいかないだろう」
あんな家に二度と帰りたくなんかない。
このまま、ここにいたい。
でもそんな我儘が通らないことくらい真琴にもわかっていた。
「折角、いる家族だろ? 話しあって、仲好く暮らしていけたら、そのほうがいいんじゃないのか?」
「仲好くなんて、今更……」
「諦めるなよ。家族がいるだけ、俺は、おまえが羨ましいと思うぞ。俺は、高校の時に両親を一度に失くしたからな」
「センセ……」
佐伯は、両親を失った時のことを話した。
それは交通事故だった。
両親の乗った車にトラックが突っ込んで、両親一度に失ってしまった。
親類もいなかった。
たった一人になってしまったのだった。
それを助けてくれたのは、父親が勤めていた会社の同僚だったと言う。
「彼がいなかったら、俺は途方に暮れて、何もできなかっただろうな。それまで両親のありがたみなんて、特に感じていたわけでもなく過ごしてた。けど失ってみて、それがどれほど大切だったかわかったんだ。いて当り前だったから、気付かなかっただけなんだよ」
「うちは、いないのと同じだけど」
「そんなこと言うな。確かに仕事だなんだという理由でいないことが多いかもしれないが、その辺は、どこかでカバーしてもらうしかないんだ。そういうことをちゃんと話して、理解してもらわなかったら、いつまで経っても変われないだろう?」
「変わる必要なんてない」
「いや、俺は変わって欲しいと思う。真琴には、両親とうまくやってもらいたいと思うよ。その為なら、俺も力を貸すから。とにかく一度戻って、話をしよう」
腰を上げた佐伯に、真琴は黙って従うしかなかった。
真琴はバイクがあったので、先に出て、そのあとを佐伯は車で着いていくことになった。
「大丈夫だから。俺もついてるから」
バイクに跨った真琴の肩を抱いて、佐伯が言った。
「わかったよ」
真琴も開き直って、バイクを発進させた。




