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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
30/50

no.30

 そして学校主催の強化合宿が始まった。

 一週間、学校の裏手にある合宿所に宿泊して、学校の視聴覚室を使い、朝から晩まで勉強だ。


 ゼミや塾に行っている者もいるので、これは希望者のみ。

 今回の参加者は、三十七名だった。

 

 朝、九時に集合で、各自割り当てられた部屋に荷物を置くと、視聴覚室に集まった。


「スケジュールは、手元にある表の通りだ。一週間、しっかり勉強して、それを身につけて帰ってほしい。頑張るように」


 学年主任の簡単な説明が終わった。

 スケジュールでは、朝七時に朝食。

 八時から十二時まで勉強。

 一時間昼食を挟んで、また勉強。

 六時に夕食。


 視聴覚室での勉強の間は、各教科の教論が二名ずつ、待機して、質問に応じる。

 六時から八時の間に各自、入浴を済ませ、あとは、宿泊所にある勉強室で夜中の二時まで勉強できる。

 夜食も必要な者はおにぎりを用意しておくとのことだった。


「すごいスケジュールだね。ほんとに勉強のみって感じ」

 四人掛けのテーブルに座った真琴、玲菜、大輔、一樹だった。


「まあ、そのための合宿だからな」

 周りはしんと静まり返って、それぞれが参考書や問題集と向き合っている。

 四人も勉強を始めた。


 冷房が入っているため、窓は閉め切られていたが、校庭で部活をやっている運動部の声が聞こえてくる。

 壁一枚を隔てたこちらとあちらの世界がどれほど違っているか、その静けさで感じ取れた。


 しばらく経つと、質問に前に出るものも出てきた。

 視聴覚室の教壇の前に教論達が座っている。


 そこにわからない問題などを質問に行くのである。

 教論の中には佐伯はもちろん高野もいた。

 既に質問に来た生徒の相手をしている。


 食事は宿泊所の食堂で取り、また視聴覚室に戻って勉強。

 四人は特に質問に出るわけでもなく、淡々と参考書と問題集に取り組んだ。


 夕食後、さっさと入浴を済ませて、四人は宿泊所の勉強室に入った。

 そこで玲菜は今日一日やった部分でわからなかったところを大輔に聞いている。

 真琴と一樹もわからなかった問題を教えあった。


「俺、腹減った。おにぎり、貰ってくるけど、一樹はいるか?」

「ああ、俺もいる」


「おまえらは?」

「あー、私、いらない。夜は食べると太るもの」


「あたしもいらないや」

 大輔は、食堂に行っておにぎりを持って戻ってきた。


「動いてねーのに、腹は減るよな」

「頭使ってるから、栄養は必要だろ」

「そっか」


 そんなことを言いながら、大輔と一樹はおにぎりを食べた。

 そして夜中の二時まで目一杯時間を使う。


 こんな風にして集中できることはなかなかない。

 無駄に過ごす手はないのである。


 そうして勉強漬けの五日が過ぎた。

 夕食の時間だった。


 貴重な息抜きの時間に、四人は、軽音部で文化祭にはまた新曲を作ろうなどと話していた。そこに顔色を変えた佐伯がやって来た。


「真琴、悪い、ちょっと」

 そう言って、廊下に連れ出された。表情からただ事ではないと思えた。


「どうした?」

「美織がいなくなった。友達の家に厄介になっていたんだが、昼過ぎに家を出て、それから戻って来ないらしい」


「携帯は?」

「いくら掛けても出ないんだ」


「ちょっと待って。あたしのスマホ確認してくるから」

 そう言って真琴は、部屋に戻って、スマホを操作しながら、戻ってくる。


「美織から、何度か電話入ってる。こっちから掛けてみるから」

「頼む」


 その頃、美織は町中を涙ぐみながら歩いていた。

 暑さがじりじりむき出しの腕を焼いている。


 事の始まりは、厄介になっていた家の真美ちゃんと人形遊びをしていた時だった。


「ねえ、真美ちゃん。美織ね、いつも来てくれてたお姉ちゃんが来なくなっちゃって、寂しいんだ。どうして来なくなっちゃったのかな?」

「えー、わかんない」


「パパと仲良しで、何度もうちに来て、美織とも遊んでくれたんだよ」

「パパとケンカしたんじゃない?」


「ケンカ?」

「うん。だから嫌いになっちゃったとか?」

 そう言われた美織はみるみるうちに涙が溢れだした。


「美織ちゃん、大丈夫?」

「お姉ちゃん、パパのこと嫌いになっちゃったのかな。美織のことも……」

「わかんないよー。でも来なくなっちゃったんでしょ。なにかあると思う」


 美織はそんな会話のあと、黙って真美ちゃんの家を出たのだった。

 その後、真琴がバイトしていると話していたCDショップに向かった。


 佐伯に以前、そこで真琴がバイトをしていると聞かされていたから、場所はわかっていた。

 それでも小学二年の美織が歩くとなるとかなりの距離である。


 なんとかそのCDショップに辿り着いたものの、真琴は既にバイトを辞めていて、いるわけもない。

 店の中を捜しまわったが、見つからず、美織は、涙ぐむ。


『お姉ちゃん、どこにいるの?』

 美織は、今度は真琴の家に向かうことにした。


 こちらも佐伯に買い物に連れて行ってもらった時に、近くを通った時、「この先が真琴の家だ」と教えられていた。

 大体の場所はわかる。


 また暑い日差しの中、歩き出す。

 くらくらするくらいの暑さだ。


 それでも美織は真琴に会いたい一心で歩いた。

 夕方近くなって、やっと真琴の家を見つけ出した。


 表札には真琴の名前も書かれてある。

 間違いない。


 背伸びをしてチャイムを押したが、中からの返答はない。

 何度も押すが誰もいないようだった。


『お姉ちゃん……』

 美織は、泣き出した。


 そして真琴のスマホに連絡を入れたのだが、それは空しく呼び出し音がなるだけだった。

 美織に思いつくのは、あとは真琴が通う高校しかない。

 

 でも道がわからなかった。

 「あっちのほう」というものすごい曖昧な方角しかわからない。


 でもとにかく行くしかなかった。

 夕方の買い物客で賑わう商店街に入る。


 人波をかき分けて、進む。

 商店街を抜けると、大きな通りに出た。


 ここはどっちに行ったらいいのだろう。

 美織は完全に道に迷ってしまっていた。


 立ち止まったまま、動けない。

 商店街の出口にあったお稲荷さんの低い塀に腰掛けて、俯いてしまった。


『どうしよう……』

 涙が流れ出す。


 視線を下げた美織の前を忙しなく何人もの足が通り過ぎていく。

 美織はそこで動けなくなってしまっていた。


「どうしたの?」

 知らないおばさんが声を掛けてきた。

 美織はただ首を振る。


「お母さんとはぐれちゃったのかな?」

 また美織は首を振る。

 何度もいやいやをするように首を振るだけだった。


「ここで待っているように言われたの?」

 美織は、知らないおばさんにそう言われて、微かに頷いた。

 自分が迷子になっていることはわかっていたが、その重大性もわかっていた。


「そう。じゃ、泣かないで待ってましょうね。大丈夫?」

「うん」


 美織は視線を下げて頷いた。

 知らないおばさんは、行ってしまった。


 迷子だと騒がれては大変だと美織なりに思ったのである。

 けれどこれからどうしていいのかわからない。

 途方に暮れていた。


 そこで携帯が鳴った。

 慌てて、美織は携帯を手にした。


『美織? どこにいるんだ!』

 真琴の声がした。見る見るうちに涙は溢れだし、声にならない。


『美織?』

「お、姉ちゃん……」


『美織、どこにいるのか教えて』

 久しぶりに聞く真琴の声に美織は震えた。


「わからなくなっちゃったの。おねえちゃんちまで行ったんだけど、いなくて、それで……」

『それで?』


「うんとね、うっく……えっと、お店が一杯あるところを通って、今、キツネさんがいるところにいるの」

『キツネさん? ああ、そこから上にあおぞら商店街って見えないか?』


「うんとね……ひっく……ある。あおぞらって書いてあるよ」

『わかったすぐ行くから、そこ、動かないで。美織はいい子だ。大丈夫だね?』

「うん」


 美織はしっかり頷くと、鼻を啜った。

 辺りがうっすらと暗くなり始めていた。


 一方、美織と連絡のついた真琴のほうは

「センセ、美織の居所わかった。うちの近くの青空商店街の入り口にあるお稲荷さんだ」


「なんでそんなとこ?」

「あたしんちに来たんだってさ。で、いなかったもんだから、ウロウロしてるうちに迷ったんだろう。早く迎えに行かなくちゃ」


「ああ。わかった。おまえは、勉強に戻れ。俺が迎えに行く」

「あたしが行った方がいいと思う。美織、またセンセの電話には出なかったんだろ?」


 佐伯が額に手を当てた。

「考えてる時間ないって。さっさと行くぞ」

「ちょっと待て」


 佐伯は、そこで真琴を待たせて、職員棟へ行く。

 学年主任に真琴が腹痛を訴えているので一応病院に連れて行くという嘘をついた。


 それをちょっと離れたところで高野が聞いていた。

 職員室を出ようとした佐伯に

「なにかありましたの?」


「ええ、ちょっとね」

「気をつけて」

 含みのある笑顔を見せた高野に、佐伯は小さく頷いて、走り出した。


 待たせておいた真琴を連れて

「おまえが腹痛で病院に行くと言ってきた。痛そうにしてろ」

 苦笑いしながら、真琴に言う。


「なんだよ、それ」

「二人でいなくなるのに理由がなかったら、後がまずいだろう」


 まあ、それはそうだと納得した真琴は、小走りになりながらもお腹に手を当ててみたりした。

 あまりに滑稽な自分の姿に噴き出しそうになるのを堪えるのが大変なくらいだ。

 

 職員棟の後ろにある佐伯の車まで来ると、真琴は溜め息をついて車に乗った。

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