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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
22/50

no.22

 一樹の明るさが空元気なのには気付いていたが、それでも真琴は一樹に合わせていた。

 玲菜と大輔も余計なことは言わなかった。


 茂だけが何があったのか知らなかったが、微妙な空気を感じつつも、敢えてそれを聞こうとはしなかった。


 何事もなかったかのように日々は過ぎ、新入生の部活見学が始まった。

 軽音部も新入部員獲得に必死になった。

 

 存続の危機なのだから、気を抜いてはいられない。

 真琴がバイトでいない日は、昨年の文化祭やクリスマスライブの映像を流したりもした。

 

 四月中に新入部員が五名入った。

 しかしボーカルが出来るメンバーがいない。

 悩むところではあったが、真琴達が引退するまでに、誰か探すしかない。


「まぁ、最終的にボーカル抜きでも、皆歌いながら演奏するって方法もあるしな。取りあえず五人いれば部として認められるわけだし」


「そうよね。引退までにはまだ時間もあるしね」

「焦ることないっしょ」


 結局、新入部員はドラムが既にできるもの一人と、ベースが三人、一人は既にできる。

 この四人が男子。

 あと、シンセサイザーに一人、女子が入った。


 賑やかになった軽音部の練習にも熱が入っていた。

 五月の連休にはまた映像研との合同合宿を計画した。


 総勢二十五名の合宿だ。

 春休みに合宿を行った山小屋が幸いにも空きがあったので、またそこでやることになった。


「真琴は、行き帰り、佐伯と一緒だね」

 電車やバスに酔う真琴は、顧問の高野の許可も出て、機材を運ぶ佐伯のトラックに乗ることになっていた。


「公に一緒にいられる時間だよな。楽しめよ」

 その頃には一樹も気持ちが吹っ切れていたのか、そんなことを言ってきた。


「一樹、もういいの?」

 玲菜が思い切って尋ねてみた。


「なにが?」

「何がじゃなくて、真琴のこと」


「いつまでも女々しく引きずっちゃいねーよ」

「そっか。よかった」


 真琴はなにも言えなかった。

 やはり罪悪感が残る。

 それでも一樹の気持ちが変わったのなら、それは何よりだと思えた。


 合宿が始まった。

 山の春は早い。

 春休みにはまだ冬の気配さえ残っていたのに、既に木々は緑に萌え、空気も随分暖かくなっていた。


 そんな中、軽音部は一階のホールのステージを貸し切り、練習をする。

 映像研は、そんな練習をしている彼らを撮ってみたり、外に出て、風景を撮ってみたりしていた。

 

 引率をしている佐伯と高野は、特になにをすると言うこともない。

「青春してますね、あの子達」

「そうですね」


「若いって羨ましいですわ」

「あはは。高野先生もまだお若いでしょう」


「まあ、嬉しいこと言ってくださるわね。佐伯先生はお子さん、まだ小さいんでしたわよね。お一人で大変じゃありません?」

「いやぁ、なんとかやってますが、ひとりは大変ですよ」


 佐伯は頭をかきながら答えた。

 確かに大変ではある。

 

 男手一人で小さな美織の面倒を見つつ、仕事もしなければならない。

 無認可の保育園を利用していたこともある。


 小学校に入った時は学童保育にも入れた。

 けれど夏休みが終わったころから、美織自身がそれを嫌がったので、いくつかのルールを決めて、美織はカギっ子になった。


 しっかりして見えるが、それでもまだ小学二年生なのだ。

 誰もいない家に帰って一人で父親の帰りを待つのは寂しいだろう。


 できるだけ佐伯も仕事を早めに切り上げて家に帰る。

 家で出来る仕事は家でするようにしていた。


「誰かいい方はいませんの?」

 高野の問いに佐伯はドキリとした。

 けれどそれを表情には出さない。


「そうですね。子持ちの親父ですからね。なかなか簡単にはいきませんよ」

「佐伯先生でしたら、モテますでしょうに」

「いやいや、そんなことはないですよ」


 こんな会話をきっかけに高野が佐伯に急接近してきたのである。

 なにかと世話を焼こうとする。

 合宿の間、二人が一緒にいることが多くなった。


「なんかさぁ、高野、少し変わった?」

 オープンテラスにいる佐伯と高野を見て、玲菜が言った。


「うん。佐伯にべったりな感じだよな」

「仕方ないんじゃない。顧問二人だけで引率だし」


 真琴はサバサバしていた。

 夜になれば山小屋の裏手にある東屋で佐伯とは会っている。


 確かに春休みに行った合宿の時よりは高野が佐伯にくっついてはいるが、それほど気にはしていなかった。


「えー、私だったら嫌だなぁ。大輔に他の女子がベタベタしてたりしたら」

「俺だってヤだよ。玲菜がいるのに誰かくっついてきたら」


「しかも高野ってば、女ーってフェロモンぷんぷんさせてるじゃん」

「だよなー」


 二人に言われるまでは、それほど気にならなかったことが、二人の会話を聞いているうちに、気になりだす。


 真琴は頭を振って、なんでもないことだと思うことにしたが、その夜は東屋で佐伯と会ってもなんだか心にしこりが出来ているようで、落ち着かない。


 それでも二人でいられる時間は貴重で大切にしたかったので、余計なことは言わなかった。


 最終日前夜、佐伯からラインが入った。

『今夜は会えない。すまない』


 真琴は黙って、それを玲菜に見せた。

 今回は、一年の女子も一緒の部屋なのだ。

 やたらなことは言えない。

 玲菜はラインを使って、真琴に伝える。


『それって高野が関わってるんじゃないの?』

『わかんない』

 真琴もラインで返事をした。


 二人は不安を隠せずにいたが、どうすることもできない。

 玲菜は大輔に会ってくると言って部屋を出ていった。


 真琴は、玲菜が羨ましく思えた。

 同じ高校生同士だから、こうして会うこともできる。

 それが自分と佐伯には許されないのだと思うともどかしくもあった。


 翌日は、午前中軽く練習をして、午後は帰り仕度である。

 機材をトラックに積み込む。


 電車で帰る皆を見送ったあと、トラックで帰る真琴と佐伯が、一行を山道で追い越していく。

 トラックに乗った二人だったが、無言だった。


 なにか気まずい雰囲気が流れていた。

 その空気を先に破ったのは、佐伯だった。


「黙ってて、あとでバレるのも嫌だから、話しておく」

「なに?」


「昨日、高野先生に告白された」

 真琴は運転する佐伯を見やった。

 

 佐伯は正面を向いたまま、視線をちらりと真琴に向けただけだった。

 真琴は言葉を失って俯いた。

 なにかあるだろうなとは思っていたが、やはりそういうことなのかと思う。


「でもな、ちゃんと断ったぞ」

「えっ?」

 真琴は再び、佐伯を見た。


「俺には好きな人がいる。だから付き合えないとね。おまえだってことは伏せておいたけど、美織が助けてもらったことなんかも話した。失いたくない大切な人だからと話したら、高野先生はわかってくれたよ」


「大人だね、やっぱり」


「どうかな。傷つくのに大人も子供もないだろう。大切なものを守るために誰かを傷つけてしまっていることもあるんだ。その重さもちゃんと受け止めていかなくちゃいけないと思うな」


「うん」


 佐伯の言葉に真琴はしっかりと頷いた。

 一樹を傷つけた。

 今度は高野を傷つけた。


 それでも真琴は佐伯を、佐伯は真琴を失えないと思うから、傷つけてしまった相手がいることも忘れずに、お互いを大切にしていかないといけないのだと改めて思った。


 佐伯の左手が真琴の頭の上に乗せられた。

 その大きさに真琴は、優しい気持ちになれたのだった。


 学校に着くと、皆のほうが先に着いていた。

 ゴールデンウィークだったため、トラックは渋滞にはまり、かなり遅れて学校に辿り着いたのだった。


「やっぱり混みましたか?」

「さすがに連休最終日ですからね」

「電車の方も混みましたわよ」


 佐伯と高野に変わった様子はなかった。

 機材をトラックから降ろすと、部室に入れ、そこで解散になった。


「真琴、今日はちょっと付き合って」

 玲菜が真琴を引っ張った。


 いつも一樹と帰っていたが、一樹には先に帰ってもらった。

 いつものバーガーショップに真琴を引っ張りこんだ玲菜と大輔は、真琴を見つめている。


「トラックで数時間、二人っきりだったんでしょ。何、話したの? 夕べ、何があったか話したんでしょ」

 玲菜が詰め寄ってきた。


「ああ、うん」

 真琴は少々、迷った。佐伯と高野のことは、個人的なことである。

 それを二人に話していいものかどうか、考えあぐねていたのだった。


「佐伯とのことで内緒事はなしにしようぜ。俺ら、一応、色々協力してるわけだしさ。色んな情報持ってないと動けないわけよ」

 大輔は腕を組んで言った。

 真琴は、そう言われればそうであると納得した。


「あのさ、これも内密に頼むよ」

「わかってるわよ」


「高野が佐伯にコクった」

「やっぱり!」


「だと思ったよ」

 二人は二人でそれらの結論を導き出していたのだった。


「そうだろうと思ってたのよ。高野の様子じゃ、絶対迫るはずだって」

「そうそう。あんだけ見せつけてくれたんだから、何もなしってことはあり得ない」


「二人して決めつけてたわけ?」

 真琴は呆れていた。


「でも当たったでしょ」

「まあね」

 真琴は深い溜め息をついた。


「で、どーすんだよ」

「えっ?」


「えっじゃないでしょ。高野がコクったのなら、なんとかしなくちゃ」

 玲菜が身を乗り出してきた。


「ああ、それならもう心配ない。センセ、ちゃんと断ったから」

「えっ?」

「へっ?」


 玲菜と大輔が同時に声をあげた。

 余りの早い展開に着いて来れなくなっていた。


「ちゃんと好きな人がいるって話して。もちろんあたしだってことは言わなかったけど、色々話して納得してもらったらしい」


「だから、あんなにサバサバしてたわけ?」

「そういうことだね」


 事の成り行きにホッとする二人を前に、真琴も笑顔を見せるのだった。

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