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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
20/50

no.20

 九時を過ぎて、そろそろ各自部屋に入ることになった。

 真琴と玲菜は唯一の女子である。

 二人でツインの部屋を割り当てられていた。


 部屋に戻ると早速、大輔から玲菜にラインが入った。

 何度かやり取りをしてから、真琴に声を掛ける。


「裏庭に東屋があるんだって。そこで佐伯と会えって。大輔が佐伯には伝えるって」

「でもバレないかな」


「大丈夫。木で隠れてて、建物からは見えないらしい」

「大輔もよくそこまで調べてるね」


「ううん、佐伯からの情報らしいよ」

「センセかよ」

「佐伯も会いたいんだよ。ね、真琴行っておいでよ」


 真琴は頷いて部屋を出た。

 こっそり山小屋を出て、裏庭に行く。


 月明かりしかなく、どこに東屋があるのかわからなかった。

 とりあえず林の方に向かって歩いていくと、丸太でできた東屋があった。

 ベンチに掛ける。


 しんと静まり返った山の中の空気は、ツンと張り詰めて気持ちが良かった。

 真琴がお気に入りでよく海に行くが、それとどこか似ているような気がした。


「真琴、寒くないか」

 佐伯の声が聞こえてきた。


「大丈夫、着こんできた」

 春とはいえ、山の中でやはり冷える。

 佐伯が真琴の隣に座り、真琴を引き寄せた。


「あいつらのお陰だな。感謝しないと」

「うん」

「センセ、これ、してきたんだ」


 真琴は、その首にかかるペンダントを引っ張り出して、佐伯に見せた。

 それからブレスレットも。

 初詣に行った時に佐伯が買ってくれたペンダントとホワイトデーの時のブレスレットだった。


「学校にはしていけないけど、こういう時ならしててもいいかなと思って」

 佐伯が可笑しそうに顔をほころばせた。


「おかしいか?」

「いや、俺も実は今日してきてる」


「考えること同じだな」

「まったくだ」


 その後、二人は大したことも話さず、二人でいられるわずかな時間を味わった。

 部屋に戻ると玲菜はいなかった。しばらくして戻ってきた玲菜は


「私も大輔と一緒にいたの」

「そっか」


「真琴、楽しめた?」

「うん。ありがと、玲菜」


「ううん。真琴が少しでも佐伯と楽しい時間過ごせたのなら、それで嬉しい。じゃ、そろそろお風呂行こう。外でちょっと冷えちゃった」

「あたしも」


 二人は頬笑みあって、大浴場に向かった。

 そこには高野が先に来ていた。


「うわぁ、先生。大人の色気ー」

 玲菜が下着姿の高野を見て言った。


「あなたたちみたいにガキじゃないのよ」

 笑いながら、高野は答えて、先に浴室に入っていった。


「私達、色気ないかな。でもあんなレースぴらぴらのって着るの、勇気いるよね」

「ああ、たしかに」


 真琴達もそんなことを言いながら浴室に入っていった。

 折角だからと露天風呂に入ると、板一枚挟んだ男性用の露天風呂では、大騒ぎだった。


「男の子たちは元気ね」

「騒ぎ過ぎだよ」


「いいんじゃない。こーゆー時くらい」

 隣からは相変わらず、パシャパシャ、ワイワイと騒ぎが伝わってくる。


「玲菜さんは、付き合ってるのよね」

「はい。大輔ともう1年半くらいかな」


「長いわね、高校生にしては」

 高野は洗った髪をかき上げながら、呟いた。


「私達、卒業しても付き合っていきますよ。そんな簡単に別れたりするような仲じゃないですもん」


「高校生らしい付き合いなんでしょ?」

 意味ありげに高野は玲菜を見た。


「もちろんですよ。大輔は私のこと大切に思ってくれてるって」

「それならいいけど。その時の気持ちに流されて、後で困ることになるのは当人だから」


 真琴は、三学期が始まったころにあった隣のクラスの女子と吉田の話を思い出していた。

 あれからどうなったのだろう。

 そんな関係のないことを考えていた。


「真琴さんは、誰か付き合っている人とかいないの?」

「えっ?」

 いきなり問いかけられて、真琴はどぎまぎした。


「その顔は好きな人はいるって顔ね。まぁ、若いうちは沢山恋愛して、楽しんだ方がいいわ。私くらいになると、付き合うってことがイコール結婚に繋がっちゃうから、なかなか思うようにならないものなのよ」


「そうなんですか?」

 ふふっと高野は笑うと


「先に出るわね」

 そう言って出て行ってしまった。


「なんか、重いよね、結婚とか。でも真琴はどうするの? 卒業したら、センセと結婚するの?」

「えっ?」


「それとも進学?」

「うーん、まだよくわかんないかな」


「そっかぁ。私達は、東京の大学受けることにしてるんだ。私、ちょっと頑張らないとだけどさ」


 真琴は、玲菜達がそんな先のことを考えているのかと思ったが、考えたら、もう三年になるのだ。

 進路のことも考えないといけない時期になっている。


「まぁ、真琴ならいくらでも選べるもんね。そろそろ出よっか」

「ああ、そうだな。のぼせる」


 二人が露天風呂を出た頃には、男子達の騒ぎも収まっていた。

 部屋に戻った二人は、それぞれのベッドに潜り込んで、話を続けた。

「真琴ってセンセといる時、どんな話してるの?」


「どんなって言われてもな。大抵、美織もいるし。美織の相手してるほうが長いかもな。あたしはそれでいいんだ。なんだか家庭がそこにあるようで、あったかいんだよな。あたしんちは父親単身赴任だし、母親は仕事忙しいしさ。そーゆーのに飢えてたのかもしれない」


「真琴……」

「センセと美織と三人でいると楽しいんだ。なんだか落ち着くし。あたしの居場所があるんだなって感じでさ」


「うん。わかる。私も大輔の隣にいると落ち着くよ。最初はなんかきゃあきゃあやってたけど、今は大輔の隣が私の席みたいな感覚」


 二人はそれからしばらくおしゃべりをしていた。

 電気を消して、ベッドに入って話しているから、こんな気恥かしい話もできるんだと真琴は思った。


 翌朝、夜中までしゃべっていた割には、早く起きた真琴と玲菜は一階のホールに降りてきた。

 ホールの横には食堂がある。その外にオープンテラスがあった。


「昨日、あそこで大輔と見張りしてたの。今夜もセンセと会っておいでよ。あたし達が見張りしてるから、安心して」


 昼食を挟んでそれぞれが練習を行った。

 真琴達は一樹が作った新曲を演奏している。


 茂が時々、遅れるので、何度も同じ曲を練習する羽目になった。

 けれど誰も茂を責めない。

 逆に、茂を励ますのだった。


 大切なメンバーである。

 茂も精いっぱい頑張っていた。


 夕食後、また玲菜に言われて、真琴は、こっそりと山小屋を抜け出して、裏の東屋に行く。

 今日は佐伯のほうが先に来ていた。


 月が木々の間からぽっかりと顔を出している。

 澄んだ空気が柔らかかった。


 二人は特にしゃべるでもなく、肩を寄せ合って、座っている。

 それだけでも幸せなのだ。


「美織はどうしてるかな」

「今頃、ぐっすり眠ってるさ。昼間、きっと騒いでいるんだろうな。普段、一人で待つことが多いから、お泊まり会は楽しいんだそうだし」


「うん。そうだな。ワイワイ楽しくやってるんだろうな」

 二人はまた口をつぐんだ。


 繋がれた手から佐伯のぬくもりが伝わってくる。

 佐伯の顔が近づいてキスをされる。


 心臓の鼓動が一気に加速する。

 佐伯の顔が離れた時だった。


 後ろでガサッと音がした。

 佐伯が慌てて手を離した。


 真琴も佐伯の視線を追って後ろを振り向く。

 そこには一樹が立っていた。


 一樹は黙って東屋に入ってくると、真琴の腕をとった。

「行こう」

 一樹がそう言って真琴の腕を引っ張ると、佐伯が一樹の腕を掴んで、真琴の腕からそれを引き離す。


「なにすんだよ」

 真琴は気付かれたと思い、震えが止まらない。

 佐伯はまっすぐ一樹を見つめていた。


「なんなんだよ、これ」

「見ていたんだろう」

 静かに佐伯が一樹を見つめたまま言った。


「ああ、見てたよ。大輔はいないし、茂は練習してるし、暇潰しにウロウロしてたら、裏口に出て、そしたら……」

「俺達がいたってわけか」


「ふざけんなよ! 俺だけ茶番かよ。どうせ大輔らは知ってんだろ」

「知ってる」


 佐伯はもう隠すようなことはしなかった。

 真琴は震えが止まらない。

 そんな真琴の目の前で一樹は両手を拳にしてそれを震わせている。


「いつからだよ、いつからだよ!」

「おまえがコクる前からだ」


「へっ、なんだよ、それ。完全に俺だけ浮いてたってことかよ」

「……ごめん」

 真琴は消え入りそうな声で一言だけ言った。


「バカにしやがって! こんなのありかよ!」

「辞めろ、一樹。真琴は言えなかっただけだ。俺が相手だから」


「ふざけんな!」

 一樹は山小屋の方に駆けだして行ってしまった。


 二人に言葉はなかったが、佐伯は震えている真琴を抱きしめた。

 ただ黙って抱きしめていてくれた。


 真琴は佐伯の大きな胸の中で温もりを感じていた。

 しばらく経つと真琴の震えも収まった。


「センセ、ごめん」

「なんでおまえが謝るんだ」


「だってさ……」

「心配するな。俺がなんとかする。大輔や玲菜にもあまり動くなと言っとけ。余計なことして、これ以上一樹を怒らせてもまずいだろう」


「うん」

 佐伯はまたしっかりと真琴を抱きしめた。


 真琴が先に戻り、オープンテラスにいた大輔と玲菜を見つけた。

 二人は仲好く腕を組んで話していた。


「ごめん。あのさ、見つかっちゃった」

 真琴が二人にそっと告げる。


「えっ?」

「一樹に見られた」


「どうして? 一樹、出てきてないよ」

「裏口があったらしいよ」


「裏口って……」

 大輔と玲菜も言葉を失った。

 真琴は、俯いたまま、「ごめん」とまた謝った。


「真琴が謝ることないよ。私達が裏口に気付かなかっただけだもん。謝るのは私達のほうだよ」

「そうだよな。裏口まで考えなかった俺達のミスだ」


「それで……一樹は?」

「怒って走って行っちゃったから、部屋に戻ってるかも。センセがなんとかするから、大輔や玲菜もあまり動くなって」


「なんとかするって言っても……」

「一樹、かなり怒ってたから。これ以上、刺激しない方がいい」


 真琴は俯いたまま、そう言った。

 三人はしばらくオープンテラスで時間を潰した。

 

 大輔も部屋には戻りにくい。

 大輔と一樹と茂で一つの部屋だった。


「こうしてても仕方ないから戻るか」

「大輔、一樹に何も言わないでね」


「ああ。わかってるよ」

 大輔が部屋に戻ると一樹は既にベッドに潜り込んでいた。

 すっぽりと頭まで布団を被って二段ベッドの下段で寝ている。


『ダイジョブかよ、佐伯……』

 大輔は、不安を隠しきれなかった。

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