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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
19/50

no.19

 そんなある日、海に行っていると佐伯からラインが入った。

『今日来れるか?』


「今海にいるから、帰りに寄るよ」

 そう返事を返して、海を出た。


 佐伯の家に着いたころにはすっかり暗くなっていた。

 体も冷えている。


 急いで家に上がって、温まる。

 佐伯がコーヒーを入れてくれた。

 マグカップを両手で包み込むように息を吹きかけながら、それを飲む。


「あったかー」

「この寒さの中、海はないだろう、海は」


「いや、結構いいもんだよ。この時期の海も」

 海で風に吹かれていると気持ちがいい。

 冷たく肌を刺すような風だったが、それが今の真琴にとっては、心地よかったのだった。


「一樹は相変わらずか?」

「うん。何度も付き合うとか考えられないって言ってるんだけど、待つって一点張りでさ」


「そうか。参ったな。なにか考えた方がいいかもしれないな」

「うーん」

 気のない返事を返して、真琴はコーヒーを飲んだ。


「お姉ちゃん、ゲームしよう」

 美織が自分がわからない話をしていることに、飽きたのか、真琴の袖を引っ張った。


「あ、ああ、そうだな」

 美織の相手でゲームをする。


「美織、腕あげたか?」

「うん。トモ君と対戦してるんだもん。トモ君も上手いんだよ」


「そうなのか」

 苛めのきっかけになっていたトモ君とも今は仲好くやっているようで、真琴はほっとした。

 ワンゲームだけやって、美織は風呂に入った。


「真琴、手、出してみろ」

「なに?」

 真琴が右手を出すと、その腕に銀色のブレスレットを佐伯は着けてくれた。


「バレンタインのお返しな」

「えっ、あ、ありがと」

 そう言いながら、真琴は自分の首にかかるペンダントを引っ張り出した。


「これもしてるよ。バイク乗るときは必ずしてるんだ。お守りみたいなもんだよ。こっちもこれからはつけて乗る」


 真琴は手頸につけられた銀色のブレスレットを翳してみた。

 明かりに照らされてキラキラしている。


「ぷっ、交通安全のお守りか」

「いいじゃん。身を守ってくれる大切なお守りだよ」


「そうだな」

 佐伯の顔が近づいて、キスをされた。

 体温が一気に上昇する。


 そこにリビングのドアが開いて、美織が入ってきた。

 二人は慌てて離れた。


「パパ、もう少し、お姉ちゃんとゲームしてもいい?」

「じゃ、あとワンゲームだけだぞ」


「やったー。お姉ちゃん、やろー」

「どうせ、あたしの負けなんだからさぁ」


「お姉ちゃんも結構いけてるよ」

 美織にはタジタジである。


 結局、ワンゲーム相手をして、しっかり負けた真琴だった。

 美織はトモ君とは互角に戦うらしい。

 けれど兄の宏樹君とやると負ける。

 それが結構悔しいのだと言う。


「宏樹くんのほうがお兄ちゃんなんだから、そりゃ、仕方ないだろ」

「でもお姉ちゃんには勝つよ」

「いや、あたしはこーゆーの、あんま、しないしな。美織とやるだけだ」


 最初、美織のゲームの相手をした時など、なにがなんだかわからなかった記憶がある。

 それでもあの時は佐伯が帰ってくるまで、必死に美織の対戦相手をしていた。

 懐かしく思う。


「ほら、美織。そろそろ寝る時間だぞ」

「はーい。お休みなさい、パパ。お姉ちゃん」

 美織は、名残惜しそうにリビングを出て行った。


「もう苛めも全然ないみたいだな。トモ君たちとも仲良くやってるようで安心した」

「真琴のお陰だよな。今じゃ、時々、トモ君ちに行って、遊んでくるらしいしな。トモ君とはゲーム好きってことで他の子より仲好くなったくらいだ」


「今時の子はゲームばっかやってるのか?」

 ぷぷっと佐伯が笑った。


「なんだよ」

「おまえが今時の子とか言うか? まあ、トモ君たちと遊んだときは、ゲームの話だな。でも女の子の友達もいるから、そういうときは人形の話とかしてるな」


「美織も女の子だもんな」

 美織の部屋には人形や、確か人形の家まであったなと思うのだった。


 春休みも目前になったころ、大輔が言い出した。

「映像研と合宿しようぜ」


「なになに、それ」

「実はさ、映像研、春休みに合宿するんだと。で、それに俺らも一緒に行けないかと思ってさ」


 大輔がちらりと真琴を見る。

「合同合宿か、いいね」

 一樹も身を乗り出してきた。


 話が決まると大輔の動きは早い。

 その日のうちに顧問の許可も出て、春休みに三泊四日の合同合宿が決まった。


 もちろん顧問も一緒だ。

 軽音部の顧問は英語教諭の高野冴子で、映像研の顧問は佐伯である。

 大輔はそれを知っていて、この話を持ち出したのだった。


 数日後、真琴は軽音部に少しだけ出て、家に帰り、佐伯の家に行った。

 電話では話しているものの、美織は真琴が来ることを心底喜んでくれた。


 美織と二人で夕食の準備をして、佐伯の帰りを待った。

 佐伯は、七時前には帰ってきた。


「合同合宿だな」

「うん。それで話に来たんだ」


「山ん中の山荘だぞ。大したものもないしな。高野先生とも話したんだが、今回は搬入する機材も多いから、俺がトラックをレンタルすることになった」

「そっか」


「皆は電車で。高野先生が一緒に行くから」

「美織はどうするの、合宿の間」


「美織はねー、お泊まり会するの。真美ちゃんちに」

「真美ちゃん?」


「幼稚園の頃から仲良しだった友達だよ。合宿だの修学旅行だのってあるだろ。そういうときは、友達のうちにお泊まり会って言って、預かってもらってるんだ」


 なるほどなと真琴は思う。

 佐伯に頼れる親類はいない。


 話を聞くと、小さい頃は、お泊り保育などでなんとかしていたそうだ。

 幼稚園に入ってからは、仲良くなった真美ちゃんのうちに厄介になっている。

 両親は子供好きで、兄もいて二人と遊んでくれるらしい。


「お泊まり会は楽しいか、美織」

「うん」

 くったくなく微笑む美織に真琴はほっとした。


 春休みに入って、すぐに合宿が行われた。

 行きの電車では、ボックス席に座る。


 この時ばかりは、玲菜と大輔は隣同士になり、必然的に真琴と一樹が隣同士になった。

 真琴は窓側に座る。

 おしゃべりに花が咲くが、真琴は車窓を眺めていた。


「真琴、これ、食べる?」

 スナック菓子を差し出して、玲菜が言った。


「あっ、ごめん、いいや」

「真琴、ずっと外ばっかり見てるな」

 一樹が隣でぼそりと言う。


「ごめん。あたし、電車は酔うんだ。外見てないといられない」

「なんだ。そうなのか」


「そう言えば真琴、修学旅行の時、真っ青な顔してたもんね。電車じゃなく、佐伯、車なんだから、そっち乗せてもらえばよかったのに」

「車なら酔わないのか?」


「なぜか車とバイクは酔わない」

「変な奴」

 一樹が笑った。


 一樹からの休日の誘いはなくなった。

 けれどこうして距離が近づくと、ぎこちなくなる。


「えっ、真琴先輩、バイク乗るんですか?」

 通路を挟んで反対側のボックス席にいた映像研の男子が聞いてきた。


「真琴ってばね、凄いの乗ってるんだよ」

「へー、そういう姿も見てみたいですね」


「かっこいいよー」

「僕、文化祭の時から真琴先輩の大ファンなんです」


「ファンは大歓迎よね、真琴」

 窓の外を見たまま、真琴は頷いた。


 大歓迎とはいかないが、ファンならまだ問題ないか。

 でも正直なところ、あまり目立ちたくはなかった。


 ファンが出来たことで、佐伯の家に行く時、どれだけ神経を使うことか。

 迷惑といえば迷惑だが、目立ってしまったのだから仕方ない。


 二時間余り電車で揺られて着いたのは、小さな町の駅舎だった。

 そこからバスに乗る。


「真琴さん、大丈夫? 顔色悪いわよ」

 顧問の高野が心配していた。


 真琴はバスも弱い。

 できるだけ窓の外を見るようにしていたけれど、それでも気分が悪かった。


「真琴、やっぱり帰りは佐伯の車に乗せてもらって帰った方がいいんじゃない?」

「無理しないで、そうしたほうがいいわね」

 高野がそう言って席に戻った。


 バスで一時間あまり。

 真琴は、気分の悪さと戦いながら、なんとかバス停に降り、深い溜め息を漏らした。


「俺が荷物持ってやるよ」

 一樹がすかさず、真琴の荷物を持つ。

 心配はいらないと言っても一樹は譲らなかった。


 足元も覚束ない真琴にとって、今はごちゃごちゃ考えている余裕もなく、一樹に荷物を任せるしかなかった。


 バス停から歩いて十分ほどで山小屋に着いた。

 佐伯が乗ってきたのであろうトラックが既に着いていた。

 それぞれ割り振られた部屋に荷物を置いてくると機材の搬入に取り掛かった。


「真琴さんは、休んでいて。まだ顔色悪いから」

 高野が言うのを聞いて、佐伯がどうしたんだという顔をする。


 高野が電車やバスで真琴が酔ったので帰りは真琴をトラックの方に乗せて帰るほうがいいと佐伯に話した。


「わかりました。そうしましょう。真琴、休んでろ。無理するな。玲菜も付き添ってやれ」

「はーい。真琴部屋に行こう」


「ああ」

 ふらつきながら、二階の部屋に戻った。

 ベッドに横になると、玲菜がタオルを濡らしてきてくれて、額に乗せた。


「気持ちいい」

「よかった。それに帰りは佐伯とだから、ラッキーだね」

 真琴は答えず、目を閉じていた。


「合宿だから、教師と生徒だけどさぁ。大輔と私で協力するから、少し佐伯との時間作ろうよ。ファンクラブまでできちゃって、前みたいに佐伯のとこ、行けなくなったじゃん。ボーカルに引っ張り出したの、私達だしさ」


「そんなこと気にしなくていいよ」

「気になるよ。真琴、我慢してるでしょ。ほんとはもっと佐伯と一緒にいたいのに」


「仕方ないじゃんか。バレたら困るし」

「ほら、そうやって我慢してるじゃん。だからね、少しでも佐伯との時間、作ってあげたいの」

「わかった、玲菜、ありがと」


 山小屋の一階ホールには、小さいがステージがあった。

 親父さんの趣味でジャズなんかを披露したりするらしい。


 そこを軽音部が借りたのだ。

 そこで午後には少し練習できた。

 映像研もその練習風景を撮影したりしていた。


 夕食後はそれぞれの部で食堂で話し合いなどをした。

「一樹の新作、ここんとこ、ちょっとフラット入れてみたらどうかな」

「ああ、それいいかもな」


 軽音部は、新しい曲の修正などをした。

 一樹が作った数曲がある。

 それを今練習中だったのだ。

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