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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
18/50

no.18

 その後、返事を待たずして、一樹が急接近してきた。

「明日の土曜、真琴、暇?」

「えっ?」


「暇だったら、一緒に出掛けないか?」

「いや、バイトあるから、悪い」


「じゃ、バイトの後は?」

「遅くなるから……悪いな」

「そっか」


 休みの前になると、誘ってくるようになった。

 真琴は、玲菜に今日は用事があると言って、部活には出ず、佐伯の家に行った。


 たまたま回覧板を持った隣の奥さんに出会った。

「あら、この間は林檎、ごちそうさまでした」


「いえ、あんなものですみません」

「これ、次、お宅だから」

 そう言われて回覧板を渡された。


「それじゃあね」

 妙ににこにこした隣の奥さんは、そそくさと家に戻っていった。


 なにか持ってくるんだったなと真琴は思いながら、辺りを見回した。

 隣の奥さんはなんとか丸めこんだ気がしたが、他の目がある。

 

 閑静な住宅街で人通りはなかった。

 急いでチャイムを鳴らす。


 久々に来た真琴に美織は満面の笑みで、ゲームの相手をせがむ。

 まだ佐伯は帰って来ていなかった。


 ゲームの相手をしてそこそこで

「センセが帰って来るまでにご飯作っとこうか」

「うん」


 美織と二人で、冷蔵庫を覗いて、料理を始めた。

 しばらくして、佐伯が帰ってきた。


「センセ、あたし来た時に隣の奥さんに会ってさ。それ、渡されたよ」

 真琴はダイニングテーブルの上に置いた回覧板を指して言った。


「ああ。そういやー、真琴、前になにかやったんだって? 礼を言われたんだが」

「うん。ばったり会っちゃって気まずいかなと思って、林檎あげといた」


「それがよかったんだろうな。なかなかいいお嬢さんとお付き合いされてますね、とか言われた」

「へー」


 林檎三つでなんとか上手くいったのかと真琴はほくそ笑んだ。

 美織と二人で料理をして、テーブルには数種の料理が並んだ。


「出来たよ、センセ。食べよう」

「ああ」


 いただきますをして、三人で食卓を囲む。

 やっぱりこういう雰囲気が心落ち着かせてくれる。


 真琴は相談しに来ていたことをすっかり忘れて、美織のおしゃべりに付き合っていた。

 片づけものは佐伯の番である。美織を寝かせた後、佐伯の方から言い出した。


「一樹のこと、話に来たんだろ?」

「そう」


「難しいよな。なんの関係もなければ、さっさと断ってそれでおしまいにできるけど、軽音部もあるしな」

「うん。返事は待つって言ってくれたけど、最近、休みとか誘われるし」


「そうか……」

 佐伯はどこか遠くを見ているように思えた。


「まさかセンセと付き合ってるなんて言えないし。最初に誰でもいいから、付き合ってるって言っとけばよかったんだけど」


「まぁ、仕方ないな。とにかく誘いは断れ。奴もそのうち諦めるかもしれない。長引くようだったら、俺がなにか考える」

「うん」


 なんとなく有耶無耶のまま、門限近くなってしまったので、真琴は家に帰った。

 家に帰って来て着替えを済ませ、ヒップバックからスマホを取り出すと、玲菜からラインが入っていた。


『なにかあったの?』

 どう答えていいのか考えあぐねた。

 玲菜達にも話しておきたい。


『明日の昼休み、一樹抜きで話がしたい』

『了解』

 すぐに返事が返ってきた。

 

 その夜、大輔は佐伯にファミレスへと呼び出されていた。

「なんだよ、こんなとこ呼び出して」


「真琴のことだけどな」

「なにかあったのか。今日、部活来なかったしよ」


「一樹が真琴にコクったらしい。で、最近じゃ、休みとかに誘ったりしてくるそうだ」

「ああ、やっぱりなぁ。そういうことか」


「見てて気付いてたか」

「一樹の様子が変わったのはわかってた。なんか真琴に馴れ馴れしくし過ぎだなって」


 そこでコーヒーが運ばれてきて会話が一度途切れた。

「悪いが、気をつけてやってもらえんか。俺に出来ることは限られてる」


「だよな。そうしょっちゅう指導室に連れてくわけに行かねーしよ」

「頼む」


「あんたでも嫉妬したりするんだな。おもしれー」

「教師に向かってあんたはないだろう。それにおもしろくもない」


「その教師が生徒相手に恋愛してんだからさ。まっ、とりあえず、俺らも気をつけて見てるからさ」


 佐伯は話すことだけ話して、レシートを掴むとさっさと帰ってしまった。

 駐車場から出て行く佐伯の車を窓から見送った。


『一樹の奴、本気かよ。まずいな』

 大輔は、頭を抱えてしまった。


 翌日の昼休み、玲菜が真琴を引っ張って、体育館裏に連れていった。

「大輔は後から来るから。先、お弁当食べてよ」


「ああ」

 二人が弁当を食べ終わる頃、大輔がやってきた。


「待たせたな。で、なに? 真琴、一樹にコクられたんだって?」

「えっ?」

 真琴は何で知っているんだという顔をしている。


「昨日、夜遅くに佐伯に呼び出されて、話は聞いた」

「私もそのあとラインで大輔から聞いてるの」


「なんだ、そっか」

 気が抜けた。真琴はどう切り出そうか、一晩悩んでいたのだった。


「一樹、本気だよな」

「でしょ。見ててなんとなくわかったし。仕方ないから、付き合ってる人いたんだってことにすれば? 校内じゃまずいから、大学生の彼氏とか」


「今更だろ」

「でもさぁ、一樹を傷つけないで、断るのって難しくない? 軽音部のこともあるし、あと気まずくなるのもなんだしさぁ」



「まぁな。とにかく休みはバイトがあるって断れよ。あとは、俺らがフォローするしかないだろ」

 真琴は頷いた。


「俺らがいつもくっついてるから、一樹と真琴が近くなるんだから、俺ら、二人の間にどっちかがいつも入るようにしようぜ」


「そうだね。そうすれば、真琴と一樹の間があくし」

「悪いな、迷惑掛けて」


「いや、あいつが諦めてくれるといいんだけどな。真琴は付き合う気はないってことは、話した方がいいぞ。このままじゃ、どうにもならないし」

「わかった。そうしてみるよ」


 大輔が先に教室に戻っていった。

 真琴はこんなことで二人に迷惑を掛けているのが堪らなく辛かった。


「気にすることないからね。仕方ないよ。一樹には悪いけど、真琴には佐伯がいるんだし」


 軽音部でボーカルをやるようになって、ファンレターの中には、男子からのラブレターのようなものも紛れ込んではいた。

 けれど、それらは無視していた。


 一時的に騒がれてのことだからと真琴は思っていたのだ。

 しかし、今回のことは違う。

 一樹を傷つけずに、ある一定の距離で付き合わなくてはならない。


 それからは、四人の位置関係が変わった。

 真琴の両隣りに玲菜と大輔、正面に一樹が座るようになっていた。

 

 そして帰りが一緒になってしまう一樹に

「やっぱ付き合うとか考えられないし」

 と、話した。


 バイト先の誰かとか大学生の誰かとか、好きな人がいるという嘘をつくのは簡単だった。

 でも真琴はそれが出来なかった。

 佐伯と付き合っている罪悪感もある上に、嘘はつきたくなかった。


「いいって。俺、真琴がその気になるまで待つし。俺の気持ちだけ知っててもらえれば」

 あっけらかんと一樹は言ってのけるのだった。


 一樹を傷つけたくない。

 けれど、このままでいいとは思っていなかった。

 真琴は、部活に出ることを避けるようになった。


「バイト先が忙しいから、しばらくバイトに精を出すからさ」

 そんな嘘で誤魔化せるのかとは思ったが、理由をつけて、部活には出なくなった。


 時間ができた真琴は、よく海に行くようになった。

 寒い時期ではあったけれど、その分、気持ちが少しでもすっきりするような気もする。

 帰りは夜になる。


 しばらくそんな日が続いた。

 一樹は気付く風でもなく、休み時間は四人でつるんでいた。

 玲菜と大輔は知っていたが、何も言わなかった。


「真琴ってそんなバイトして、なにか目的とかあるわけ?」

 一樹が聞いてきた。


「まあね。バイクにお金かかるし、そのためかな」

「へー」


「真琴はバイクがなにより大事だものね」

「まあね」

 真琴がバイク好きなのは一樹も知っていた。


「バイクってそんなお金かかるのか?」

「走らせるのに燃料いるだろうが」


「そりゃそうだけど」

「真琴は凝ってるからねー。ヘルメットとか、あと着るやつ、なんていうのああいうのって」


「ライダースーツだよ。バイクに合わせて、色とかも考える。万が一のために安全性なんかも考えて選ぶんだ。それに一着じゃなく、何着か持ってるしね」

 バイクの話になると口が滑らかになる真琴である。


「そういうのって高いんだろ?」

「安くはないね。だからバイトは必要なわけよ」


「なるほどな」

「真琴にとってはバイトはバイクのためだもんね。今は部のほうも忙しくない時期だし、バイト頑張ってね」


 玲菜がひと押ししてくれた。

 これでバイトをしていても不思議じゃない雰囲気にはなった。

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