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おいしい林檎  作者: 湖森姫綺
17/50

no.17

 一月も下旬に入ると風も冷たさを増した。

 それでも真琴はバイトに勤しんだ。


 軽音部にも顔を出すようにしている。

 教室では相変わらず、四人でつるんでいた。


 その日は、玲菜と大輔が後から行くからと、一樹と二人で軽音部の部室に来ていた。

 茂はまだ来ていない。


「真琴様ーとか、すごいよな。ファンクラブ」

「女にモテても嬉しくないっしょ」


「じゃ、男にモテるなら嬉しいか?」

「さあね」

 真琴は、気のない返事をして、何をするでもなく、部室の窓から外を見ていた。


「あのさ、真琴。おまえ、付き合ってるやつとかいないよな」

「……いないよ」

 いきなり聞かれて、真琴はそう答えていた。


「じゃさ、俺と付き合ってくんない」

「えっ?」


「だからさ、付き合わないかって言ってるの」

「あ、いや、あのさ、それは……」


「俺のこと嫌い?」

「そーゆーことじゃないけど」


 気まずい。嫌いなわけじゃないが、付き合う以前の問題だ。

 佐伯と付き合っていることは、玲菜と大輔しか知らない。


 教室や部室でつるんでいても、佐伯とのことは、話題にしない。

 一樹が仲間になったことで、暗黙の了解になっていた。


「だったらいいじゃん。俺、真琴が好きだから、他の男と付き合ったりして欲しくない」


 真琴は、どう答えていいのかわからなかった。

 変に断れば、今後の部活に支障が出る。

 かといって、受け入れるわけにもいかない。


「あのさ、あたし、誰かと付き合うとか、あんま、考えないし」

「今までより少し一緒にいられればいいよ。最初から玲菜や大輔みたいにベタベタするってのもおかしいし」


 なにをどう言ったら、いいのだろうと真琴は思う。

 部室の外から玲菜の声が聞こえた。助かったと真琴は思った。


「返事は後でいいから」

 一樹はそう言ってドラムを鳴らし始めた。


 何事もなかったかのように練習をして、帰り道。

 玲菜と大輔は一緒に帰る。

 真琴と一樹は途中まで一緒だ。

 今までもそうだったが、今日は息が詰まりそうだった。


「よく考えてから返事してくれていいよ。急がないから。でも他の奴と付き合うことになったからとか、なしにしてほしいってのは正直あるかな。俺の気持ちだけは知ってて欲しいんだ」


 一樹はそう言って、分かれ道で手を振って駆けて行ってしまった。

 真琴は深い溜め息を漏らした。


 その後も、一樹がほとんど一緒にいるため、玲菜達に相談出来ずにいた。

 一樹も真琴を急かすようなことはしなかった。


 二月に入る頃には、巷はバレンタインで賑やかになっていた。

 一樹の事を誰にも相談できずに鬱々としていた真琴だったが、バレンタインも気になった。


 佐伯になにかプレゼントをしたいと思うが、チョコはなしだろうと思う。

「真琴は佐伯になにプレゼントするの?」

 大輔と一樹がいない間に玲菜が聞いてきた。


「なにがいいのかわからん。今までこんな騒ぎは関係なかったんでね」

「じゃさ、今日は二人でなにかプレゼント買いに行こうよ」


 結局、玲菜に押し切られて、その日の放課後は買い物に行くことになった。

 チョコはあまり好きじゃないという大輔のために、玲菜はあれこれと雑貨屋などを見て回る。


「悩むよね。こーゆーのって。真琴もちゃんとなにか考えるんだよ」

「うん。なにがいいかな」


 玲菜は、真琴がなににしようか見ている間に決めたらしく、既に会計に行っていた。

 真琴は、棚に並ぶバレンタイン用の品々を眺めた。


 その中に財布があった。

 そういえば、佐伯が家に帰ってきて、出していた財布が結構年季の入ったものだったことを思い出す。


 これでいいか。

 真琴は、その財布に決めて、会計に向かう。


「真琴も決まった?」

「ああ」


「あっ、それいいね。佐伯にぴったりかも」

 玲菜は真琴の手にある財布を見てにっこり笑うと


「私は、キーホルダー。ペアにしたの。バッグにつけられるように」

 玲菜と大輔ならそういうことができるんだと少し羨ましく思った。


 この日、玲菜と二人っきりになれたので、一樹のことを玲菜に話そうかとも思ったが、バレンタインのことでワクワクしている玲菜に言いそびれてしまった真琴だった。


 バレンタイン当日、真琴はバイトが入っていた。

 既にペアのマスコットをバッグにつけている玲菜と大輔は、また佐伯を指導室に呼び出そうかと言い出したが、今日は辞めておいた方がいいと真琴は答えた。


「そうだよね。今日はちょっと危ないよね」

「なにげに佐伯って人気あるからな」

「バイトの帰りにでも寄るから」


 真琴はバイトの帰りに佐伯の家に寄ろうと決めていた。

 そのくらいの時間帯になれば、そんなに気を遣わなくても危険度は少なくなる。

 

 なんだか世の中に踊らされていると冷やかに見ていたけれど、実際、自分がプレゼントをするとなると、こんなにも落ち着かないものなのかと思う。

 バレンタインで告白する女子って勇気いるんだろうな。


 なんとなくそわそわしてバイトが終わり、佐伯の家に向かう。

 すっかり暗くなって、閑静な住宅街にバイクの音が響いた。


 できるだけ静かに佐伯の家の駐車場にバイクを入れた。

 既に佐伯の車は入っている。美織が明るい笑顔で出迎えてくれた。


「どうした、こんな時間に」

 食事の片づけをしていた佐伯が、キッチンから叫ぶ。


「いや、ちょっとね」

 そう言いながら、ダイニングに入って、テーブルの上にあるチョコの山を見つけた。


「なに、これ?」

「机の上やら、下駄箱やらにあった。いらないからおまえ、食え」


「いらないよー。そんなの口にしたら、罰が当りそうだ。毎年、こんなに貰うの?」

「そうだな。まあ、大抵は美織のおやつになる。俺は甘いものはあまり好きじゃない」


 やっぱり好きじゃなかったか。

 チョコにしなくて良かったと思った。

 片づけものが終わった佐伯がコーヒーを入れて、ダイニングテーブルに置いた。


「寒かっただろう。バイトの帰りか?」

「うん。これさ、いちお、あたしから」


「うわー、パパ。お姉ちゃんから貰えてよかったね。何かなぁ。美織にも見せてー」


 急かす美織に佐伯は包装紙を外して、箱を開けてみた。

 出てきたのは、焦げ茶色の革の財布だった。


「ありがとな、真琴」

「ううん。こんなんでいいかな」


「ああ。なかなか新しいの、買う機会がなくてな。なんとなく使ってたけど、助かった」


 早速、佐伯は古い財布から、新しい財布に中身を入れ替えていた。

 喜んでもらえてよかったと真琴は胸をなで下ろした。


 美織と二人でなんだかんだといいながら、笑顔の佐伯を前にして、真琴はやはり一樹のことは言えなかった。


 そのまま美織のゲームの相手をして、少し佐伯となんとなくのおしゃべりをして、帰って来てしまったのだった。


 家に帰ると母親が帰って来ていた。

「今日は遅かったのね」


「ちょっと、バイトの後、先輩と話してたから」

「そうなの。食事出来てるわよ。着替えてきなさい」


「ああ」

 食欲はなかった。

 

 部屋に入って着替えながら

「言えないよな。皆、幸せを感じてるんだ。参ったなあー」

 ひとりごちた。


 バレンタインが過ぎると、それまでの賑わいがパッと消える。

 真琴は不思議だと思った。


 世の中に踊らされて、騒いでいるだけなのは、わかっているが、人はそれだけ何かを求めているんだろうなとも思えた。


 穏やかな日が続いたが、真琴の気持ちはすっきりしないままだった。

 一樹は何も言ってこない。

 けれどその視線が答えを待っているのを伝えてくる。


 その日も、四人は教室で誰のどの曲が好きだとか話で盛り上がっていた。

「真琴は誰が好きなんだよ?」


 一樹が真琴の腕をとった。

 それにドキッとした真琴の肩に手が置かれた。振り向くと佐伯だった。


「真琴、ちょっと指導室来てくれるか」

 佐伯は、そう言いながらも視線は一樹に向いている。

 真琴は、佐伯に連れられて指導室に行ってしまう。


「真琴、なにかしでかしたのか?」

「いや、なにもしてないと思うけど。あいつ、バイク乗ってるし、たまに気をつけろって注意は受けてるみたいだよな」


「うん。またその話なんじゃないのぉ」

 玲菜と大輔は、気付いていた。

 

 一樹が真琴の腕をつかまえて話しているのを佐伯が見咎めたのだと。

 けれどそうは言えない。


 一方、指導室に呼ばれた真琴は、

「いきなり、なんだよ?」


「いや、少し慣れ慣れしすぎるんじゃないかと思ってね」

「え?」


「えっじゃない。一樹が……」

 ああっと真琴は、一樹が腕をとっていたことを思い出した。


「もしかしてセンセ、嫉妬してたりして?」

「ちゃかすな」


「ありがと。助かったよ。なんかさ、一樹、ちょっと最近、近づきすぎなんだよね。あたしも気をつけてはいたんだけどさ。コクられてるし」


「コクられた?」

 ここで成り行きでやっと佐伯に話ができた。


「そういうことはもっと早く話せ。バカだな。どうせおまえのことだ、一人で悩んでたんだろ」

「なんかさ、言いにくくて」


「そういう遠慮はなしだ」

「うん」


 時間もなかったので、話はそれだけになった。

 けれど時間がある時に家に来るようにと佐伯に言われた。


 真琴が教室に戻ると玲菜が

「いつもと同じバイクの話だったんでしょー。気をつけて乗れって」


「あ、ああ、そう」

「ほらな、やっぱり」

 

 大輔が頷く。

 一樹は、それで納得したようだった。

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