no.14
三十一日、真琴は、着替えを持って、バイクで佐伯の家に行った。
玲菜と大輔も佐伯の家に来る予定になっていた。
約束していた午後三時になっても二人は来ない。
真琴はラインで連絡を入れると
『ごめん。ふたりで行くことになったから、そっち行けない~。佐伯と楽しんできて』
と返信が返ってきた。これはやられたなと真琴は思う。
「玲菜達、なんだって?」
聞いてきた佐伯にスマホを見せた。
「あいつら、企んだな」
「多分ね」
「仕方ない。その辺の神社ってわけにもいかないから、少し遠出するか」
佐伯と美織と真琴の三人で行くには、近くの神社というわけにはいかない。
人の目もある。気をつけるにこしたことはないだろう。
真琴は着替えを済ませると、三人で佐伯の車に乗り込んだ。
真琴と美織は後部座席だ。
後部座席のウィンドウはスモークになっている。
これで多少は違うだろうが、町を抜けるまでは、真琴も身を縮めて、やり過ごした。
「もう大丈夫だぞ、真琴」
バックミラーに笑っている佐伯の顔が映っていた。
大袈裟なほどの溜め息を漏らして、真琴が座り直す。
「すまないな」
「いや、センセが謝ることじゃないし」
真琴の隣で美織が不思議な顔をしている。
「いいか、美織。あたしが一緒に出掛けたっていうのは内緒だ」
「なんで?」
「なんでも。うーん、そうだな。美織の先生が一人だけクラスの子をどこかに連れて行ったら、他の子は気分悪いだろ?」
「美織が苛められてたみたいに?」
「そう。なんで一人ばっかりって思うよな」
「うん」
「そうならないように内緒にしなくちゃならないんだ。これからもあたしが一緒にいることは内緒だ。できるか?」
「できるよ。お姉ちゃんが苛められたら嫌だもん」
真琴は苦笑いして、美織の頭を撫でた。
矛盾してるよなと真琴は思う。
美織の担任には、特別扱いするなと言っておきながら、自分は佐伯の特別になっている。
それを美織に内緒にしろと話しているんだ。
「ごめんな、美織」
「ううん」
屈託なく笑顔を返してくる美織が愛おしく思えた。
「学校では、もう苛められてないか?」
「うん。トモ君ともね、仲良しになったの。幼稚園の時みたいに楽しいよ」
「そりゃ、よかった」
真琴が顔を上げるとちらちらとバックミラー越しに真琴を見る佐伯がいた。
真琴は心から微笑んで見せた。
苛められていた美織を自分と重ねて見ていた真琴にとって、美織の苛めがなくなったことは、心底、嬉しいことだった。
だからといって手放しに喜ぶわけでもない。
誰もいない家に帰って、佐伯の帰りを待つのは、変わりないことだ。
しかしそれはどうしようもないことでもある。
複雑な思いも真琴の中には残っていた。
三時間も走って、車は、ファミレスの駐車場に入った。
「飯でも食っていくか」
「随分遠くに来たね」
「ああ。この近くに俺の実家があったんだ」
「へー」
「しばらく来てなかったから、変わったな。まあ、この辺まで来れば、問題ないだろう」
三人はファミレスに入った。
親子連れで賑わっている。
席が開くまでしばらく待たされた。
ボックス席に通されて、メニューを開く。
「美織、お子様ランチがいい」
メニューを見る前に美織は言った。
「ああ、わかってるよ。こいつはいつもそれだ」
「そうなの?」
「うん。いろいろ乗ってて嬉しいの」
美織がまた小学一年なのを思い出した真琴だった。
いつも大人びているけれど、やはりまだ子供なんだなと思う。
佐伯と真琴もメニューを決めてオーダーする。
真琴は周りを見回した。
家族連れかカップルがほとんどだ。
自分達は他人にどう見えるのだろうか。
佐伯と二人だったら、気恥かしかっただろう。
けれどそこに美織がいることで、ほっとできる。美織の存在は大きかった。
そこで夕食を済ませ、まだ時間的に早いだろうということで、近くのデパートに寄った。
「美織にクリスマスプレゼントしてなかったな。なにか欲しいものあるか?」
真琴が美織に聞くと
「鉛筆箱」
美織は笑顔で答えた。
「そんなんでいいのか? もっと欲しいものないのか?」
「鉛筆箱がいいの。だって、それならずっと持っていられるもん。ガッコにも持っていけるもん。お姉ちゃんがいつも一緒にいるみたいでしょ」
真琴は、やっぱり美織はどこか大人びていると心で溜め息を漏らす。
「じゃ、おまえ達は文具コーナーに行って来い。俺は別行動。三十分後くらいにここでまた会おう」
「ああ、わかった」
真琴と美織は、文具コーナーに行って、美織が選んだものを買った。
美織は満面の笑みだ。
佐伯が先生でなければ、もっと会える時間を増やせるのだろう。
美織の傍にいてやりたいと思いながらも、それができないもどかしさが真琴の心に広がった。
三十分くらい経って、佐伯と別れた場所に戻った。
佐伯は既に戻っていた。
三人でデパートの中を見て回る。
今夜はデパートも遅くまで開いているようだった。
最初、美織を真ん中にして手を繋いで歩いていたが、美織が突然、手を離した。
「どした、美織?」
「パパがこっち。美織がこっち」
佐伯を真ん中にして、美織が移動した。
「これで手、つなぐの」
「なんで?」
「美織はこっちがいいの」
美織の視線がカップルにとまった。
どうもカップルが手をつないでいるのが気になったらしい。
「美織、おまえが真ん中でいいんだよ。そのほうがあたしも落ち着く」
「でも……」
「こら、余計な気を回すな。見てみろ。家族はみんな子供は真ん中だぞ」
一度俯いていた美織が顔をあげて周りを見る。
「……うん」
「よし、美織は真ん中な」
気を回した美織に真琴は正直焦った。
佐伯と手をつなぐのも気恥かしい。
美織が真ん中に収まってくれて、助かったと思った。
デパートを出て、しばらく走った後、田んぼの真ん中にこんもりした森が見えてきた。
明かりが灯されているせいか明るい。
普段なら真っ暗なのだろうが、大晦日とあって、人が歩いていたりする。
佐伯は少し手前の駐車場に車を入れた。
「少し歩くが、この辺で車入れとかないと混みそうだしな」
「ここはセンセが小さい頃とか来てたとこなの?」
「ああっ、そうだ。懐かしいな」
今は誰もいないが佐伯の故郷でもある。
懐かしさに穏やかな表情を見せる佐伯に、真琴は羨ましく思った。
こんな表情をするのは、そこにいい思い出があるからだ。
真琴は今、そんな風に家族を思ったりできない。
年末で帰ってきた父親はむっすりとしてしゃべりもしない。
母親は年末も忙しく、仕事に出ていた。
「パパ、お姉ちゃん。美織、あれ、欲しい」
真ん中にいた美織が、出店のおもちゃを見て言った。
真琴は、こんなところで家の事を思い出しているなんてつまらないと気持ちを切り替えた。
「どれがいいんだ、美織」
佐伯が美織を連れて、出店に向かう。
その後ろに着いて、真琴も出店を覗いた。
女の子用のアクセサリーなどが並んでいた。美織も女の子である。
「うーんとね、これとこれー」
美織はネックレスと指輪を選んだ。
「お嬢ちゃん、かわいいねー。似合うよ、それ」
出店の主人が笑顔で言った。
佐伯は、それらを美織に買ってやる。
美織はあまり自分でなにが欲しいと言わない。
だから、欲しいと言った時には、できるだけ買ってやるようにしていた。
甘やかしいているのではなく、美織の気持ちを考えてのことだった。
普段、美織が我慢していることに佐伯は気付いていた。
美織は買ってもらったそれらをポシェットにしまうと、また両手に真琴と佐伯の手を握った。
人波に押されて、いつの間にか境内に入っていた。
まだ少し年越しには早いか。
でも焚き火がされている周りには人だかりができている。
三人もその焚き火に近寄って寒さを凌いだ。
しばらくして、境内の一角にたむろしていた若者たちがカウントダウンを始めた。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ。おめでとー」
その掛け声とともに境内は賑やかになった。
「真琴、明けましておめでとう」
「おめでとう」
「今年もよろしくな」
「こちらこそ」
「お姉ちゃん、おめでとうー」
「おめでとう、美織」
賑やかな歓声の中、三人もその幸せに浸っていた。
神社にお参りをして、帰る頃には、美織が眠そうにしていて、結局、佐伯の背中にいた。
「美織、はしゃいで疲れたんだろうな」
「こんな時間まで起きてることもないしな」
人波をかき分けながら、車に戻る。
駐車場まで戻ると人もまばらだった。
後部座席に美織を寝かせる。
「おまえは前に乗れ」
美織が寝ているので後部座席には乗れない。必然的に助手席になった。
「気持ち良さそうに寝てるな」
後ろを振り向いて、真琴は美織がスヤスヤ眠っているのを見つめて、ほっとした。
その振り向きざまに佐伯の顔が重なった。
えっと思う間に唇に何かが触れる。
それは佐伯の唇だった。
心臓が爆発するかと思うほど、早鐘を打つ。
真琴が凍りついたように動けないでいると、ふっと佐伯が笑いを漏らした。
「おまえにもクリスマスプレゼントしてなかったから。これ」
包装紙がさっき寄ったデパートのものだった。
「あ、あけ、てもい?」
声が上ずる。
「ああ」
手も震える。
でも小さな箱のリボンを解いて、包装紙をとり、出てきた箱を開けると、ペンダントが入っていた。
Sのペンダントトップ。
「こっちのが俺の」
そう言って、Mのペンダントトップを翳して見せる。
俊平のSに真琴のMをそれぞれお互いが持つ。
「美織が買ったマグカップを真似てみた」
「うん」
「真琴、貸してみろ。後ろ向いて」
そう言って、佐伯はペンダントを真琴につけてくれた。
そして耳元で「好きだ」と囁くのだった。
こそばゆい……でも、この時間がなによりも愛おしいと思えるのだった。
その後帰路に着いた。
流れる暗い田園風景も、明かりの灯る街並みも、真琴には見えていなかった。
車窓を見ていると、運転席の佐伯の顔が映し出される。
それをずっと見つめていたのだった。




