no.13
真琴が家に帰りついてしばらくして、スマホが鳴った。
玲菜からの電話だ。
『ね、ねー。佐伯となんかあったんでしょ?』
「あ?」
『だからぁ、ライブの後、スマホで話してたのって佐伯でしょ?』
「いや、センセの娘のほう。迷子になってて救出した」
正確に言えば、その後、佐伯とも話してはいるが……その辺は省略した。
『で、佐伯のとこ行ったの? 大輔ってば抜け駆けでライブのこと話したんだって。佐伯、見に来てたんじゃないの?』
「娘ほったらかして、見に来てたってさ」
『やっぱー。ねねっ、大輔、来てたって』
どうも傍に大輔がいるらしい。そちらに話しかけている。
『ね、それで娘ちゃん連れて佐伯のとこ、行ったんでしょ?』
「ああ」
『で、どーしたの?』
「どうしたって、べつに」
『別にじゃないでしょー』
「まあ、細かいことはあとで。大輔と一緒なんでしょ。楽しみなよ。じゃね」
真琴は電話を切った。
どうにも気恥かしくて、今は話せそうにない。
握手した手がまだ火照っている。
それから三日、電話が続いた。
真琴も開き直って、バーガーショップで会うことになった。
玲菜と大輔は先に来て待っていた。
「ねね、ねー。ちゃんと話してよ」
早速、せっついてくる玲菜に真琴はタジタジである。
「いい方に転んだか、悪い方に転んだかだよな」
「……いちお、いい方」
「えっ?」
「マジ?」
真琴が二人の反応に身を引いた。
二人の声に反応してか、周りの人達の視線が痛い。
「ね、あの人、ほら、この間の……」
「ああ、ほんとだ」
「かっこよかったよねー」
「秋篠高校って言ってたよね」
「そうそう」
「なんか高校生には見えないよねー」
と、背中からぼそぼそと聞こえてくる。
「なんか背中からの視線が痛いんですけど」
真琴は玲菜達にテーブル越しに体を近づけるとぼそりと言った。
「今頃、気付いたの? お店、入って来た時から、皆、見てたよ」
しれっとして玲菜が言った。
「校外にもファンが出来たみたいだな」
「落ち着かねー」
真琴はテーブルに突っ伏した。
「ほら、そんな恰好してると、見られてるんだからね。しゃんとして」
「母親みたいなこと言うなよ」
「でも見られてるのは確かだぞ」
真琴は深い溜め息を漏らした。
「でさ、話し戻して。いい方向ってことは、付き合っちゃうってこと?」
「いきなり、そりゃないだろ」
「……」
二人に詰め寄られて、真琴は言葉を失った。
そしてコクンと頷いた。
「えっ?」
「マジ?」
またさっきと同じ反応に、「しーっ」と真琴が人差し指を唇に当てた。
「あっ、ごめん」
「わりぃ。でもマジで? 付き合うの?」
真琴はまたコクンと頷いた。
「あーん、真琴、良かったね」
「良かったのか、この展開?」
「良かったに決まってんじゃん、ね、真琴」
「そうか? 教師と生徒だぞ」
「そーゆーこと言わないの」
「でも事実だろう」
真琴はコクンコクンと頷いた。
確かに教師と生徒なのだ。
反論のしようがない。
「とうとう真琴にも彼氏ができたのね。嬉しいわ、私」
「難しい問題だなぁ」
「大輔は、なんでそーゆー言い方するかなぁ。素直に祝福してあげようよ」
「でもさ、まだ卒業まで一年ちょっとあるんだぜ」
「なんとかなるわよ、私達も協力するから」
「おい、勝手に決めんなよ」
「大輔は協力してくれないの?」
「いや、協力は惜しまないが……」
真琴の目の前で二人はなんだかんだと言いあっている。
こうしている二人を見て、佐伯の顔が浮かぶ。
玲菜や大輔のような付き合い方は出来ないと佐伯は言った。
確かにこんな風に堂々とバーガーショップに入ったり、どこかにデートに行ったりはできないだろう。
それでも真琴はよかった。
大切なものを失わずに済んだのだ。
「失えないものだから、大切にするよ」
真琴は穏やかな表情を見せた。
そんな真琴を見つめる玲菜も嬉しさがこみ上げる。
「そうだよね。大切だもの。大事に大事にしなくちゃ」
その夜のことだった。
真琴の母親がいつもより早く帰ってきた。
クリスマスシーズンから、年末年始はいつも忙しいのに、珍しいことだった。
「あのね、橘さんがたまにはゆっくり家で真琴と過ごしてって」
橘とは母親のフラワーショップの副店長のことだ。
フラワーコーディネーターとして働く母親は、外回りが多い。
そんな中でほとんど店を切り盛りしているのは、橘だと言える。
小さな頃から、たまに会っていたので、真琴もよく知っている。
「クリスマスも遅かったじゃない? だから改めてクリスマスしてって、ケーキとシャンパンも貰っちゃったの」
妙に明るい母親の声に不振に思う真琴だった。
「真琴ももう二年の冬だし、そろそろ進路も決めなくちゃね。どこか行きたいところとかあるの?」
食事の用意をしている母親の姿を見て、珍しいものを見るように真琴はリビングからそれを眺めていた。
「真琴、聞いてる? 大学、希望とかあるの?」
「いや、別に」
正直、まだ考えていなかった。
「早めに決めて、勉強頑張った方がいいわよ。後から慌てても遅いんだから。将来のことは早め早めに決めないと」
「あー、わかってるよ」
「あっ、ごめんなさい。お説教するつもりじゃなかったのよ。さぁ、できたわ。食べましょ。折角、橘さんが用意してくれたんだから」
ホールのケーキは二人分にしては大きかった。
「シャンパンも飲んじゃいましょ」
母親は真琴の分もグラスに分けると差し出した。
真琴は気持ち悪いほどの母親の態度に不気味ささえ感じていた。
「軽音部ってそんなに楽しいの?」
「まあね」
「真琴の歌ってるとこ、私も見たかったわ」
「辞めてよ、そーゆーの」
「いいじゃない」
いつになくよくしゃべる母親に真琴は鬱陶しいとさえ思った。
母親は母親で、妙だと思われていることに気付きながらも、こうするしかなかった。
実は、イブの翌日だった。
夜中に帰ってきた母親は静かに玄関ドアを開けて、家に入った。
もう真琴は寝ていると思っていたのだ。
部屋に明かりもついていなかったから。
けれど、ぼそぼそと話声が聞こえる。
そっと二階に上がると、真琴が電話をしているようだった。
「センセさぁ、それ、美織に直接聞けよ」
「何言ってんだか」
他はぼそぼそとしか聞こえなかったが、母親はそこで硬直するほどの衝撃を受けた。
「センセ」とは佐伯のことだろう。
慌てて、リビングに戻った。
今度はわざとドアの音を立てて「ただいま」を言った。
真琴が佐伯とこんな風に話しているなんて思いもしなかった。
軽音部とバイトで日々忙しくしている様子で、佐伯とのことはもう終わったのだと思っていた。
けれど、どう考えても佐伯と話している。
しかも真琴の声がいつもと違う。
母親の前ではあんな風に明るい声を出さない。
母親の勘だろうか。
真琴の二言三言で佐伯への真琴の思いは伝わってきた。
母親は、橘にそれを相談した。
とにかくまずは親子関係を回復したほうがいいと橘に言われ、ケーキとシャンパンを買ってきたのだった。
母親が黙ってしまうと、会話が途切れてしまう。
「私は、あなたくらいの時から、もう花に関われる仕事につこうと思っていたのよ」
「へー」
「大学は文学部だったけど、バイトで花屋さん探して」
「そう」
どうも母親が話をしても真琴はそれに返事を返すだけで、話が繋がらない。
この状態じゃ、佐伯の話をしても真琴は聞く耳を持たないだろう。
もう少し母親として真琴に近づいてからのほうがいいのだろうと思えた。
「もうお腹いっぱいだから、ごちそうさま。橘さんにお礼言っといてね」
「ええ、わかったわ」
真琴はリビングを出て行った。
リビングに残された母親は、佐伯に電話をすることも考えた。
けれど、もうそれでどうなるものでもなさそうな気もしてならなかった。
真琴は気付いていなかったが、母親は母親で真琴を見ていたのだった。
真琴は部屋に入ると佐伯に電話をした。
玲菜と大輔に、付き合うことになったことを話したと伝えておこうと思ったのだ。
『あいつらなら、知ってても問題ないだろう』
「ああ、信頼できるから大丈夫」
『年末はおまえ、どうしてる?』
「家でゴロゴロしてる」
『若いもんがなに言ってる。初詣に行かないか? 美織も行きたいって言ってるし、31日の夜に。大輔と玲菜も誘って、みんなで行こう』
「うん、それいいね。私から玲菜達には伝えるよ」
電話を切ってから、玲菜にラインで連絡を入れた。
すぐにOKの返信がきた。
これで佐伯と美織と一緒に年越しができる。
真琴は、膝を抱えて、ひとり微笑んでしまう自分が可笑しく思えた。
一方、電話を切った佐伯は、和室で仏壇に向かって座っていた。
「なぁ、美登里。おまえをまだ愛しているとは思う。けど、真琴を愛しているのも事実だ。一度、大切なものを失ってるからな。大切なものを作るのに臆病になっていたのかもしれない。でもいつの間にかあいつの存在が大きなってて、失くせないものになってた。おまえにも見せたことのない情けない姿をあいつになら見せられる。もういいだろう? 美登里、許してくれるよな?」
佐伯は、いつまで経っても年をとらない亡き妻の写真に向かって話しかけていた。
「パパぁー」
「どうした美織?」
うさぎのぬいぐるみを抱いたパジャマ姿の美織が入ってきた。
「うーん」
目が覚めてしまったのか、美織は半分寝ぼけた様子だった。
「よし。いい子だ。パパが一緒にいてやるから寝ような」
「うん」
美織を抱いて部屋に行き、ベッドに寝かせて、美織の小さな手を握った。
暖かい温もりがお互いの心を温める。
『ここにもう一人の手があったら、もっとあったかいよな、美織』
佐伯は、心の中でそう呟いていた。




