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君を忘れられなくて

作者: Youki

「アイスニードルッ」

「もうやめようよギル……こんなの無茶だよ……」

後ろで連れがぼやいているが、全攻撃魔法中最も低威力で最も詠唱時間の短い魔法は確実にミノタウロスの頭に吸い込まれていった。

「グアァァァァァ!」

こちらに気付いた敵が地響きを連れてやってくる。自分も手持ち最後のリジェネレーションポーションを飲むと、敵に向かって駆け出した。倒すためではない。殴られるために。



ワンライフ・オンライン。「擬似的にデスゲームの緊張感を」と銘打たれたVRMMOである。その最大の特徴はデスペナルティだ。

ほかの多くのVRMMOにおけるデスペナルティは経験値ロストやアイテムドロップである。だがこのゲームにおけるデスペナルティはそんな生半可なものじゃない。

アカウントの抹消。

何百何千と時間をかけて育てたデータが、たった一つのミスで無に帰す可能性を秘めている。それがワンライフ・オンラインだ。


そんな世界で俺は今、ひたすらミノタウロスに殴られ続けている。



ヴォンと音を立てて斧が頭上を通り過ぎる。すでに六割ほどHPの減った自分にとって斧の直撃は一撃死の可能性がある。さすがにそこまでのリスクは冒せない。今しがた飲んだリジェネレーションポーションは比較的安価なうえHPを五割も回復してくれる優れものだが、回復が完了するまでに三分を要するアイテムだ。まだ飲んでから三十秒ちょっとしか経っていない故、前戦でのダメージがほとんど残ったままなのである。代わりにではないが返しの打撃技はしっかりと受け止める。刃のついていない攻撃ではあるが、それでもHPを二割ほど持っていかれた。

「クイックヒーリング!」

 後方から萌葱色の光がふりかかる。幼馴染で回復役であるマリーゼが今もつ中では上位の回復魔法だ。赤く染まっていたHPゲージはみるみるうちに安全圏まで回復する。

「MP的に今のがラスト! 帰りのこともあるんだからこれ以上無茶しないでっ」

 マリーゼからの声に「了解」とだけ答えると、俺は敵に向かって駆け出した。

 斧を振りかぶるミノタウロスの股下を抜けると同時に足払いをかける。もちろん、それだけで倒れるような相手ではない。でもそこに追加でひざ裏に一撃加えればどうだろう。いかにミノタウロスの体格がよかろうと姿勢を崩さずにはいられない。姿勢を崩した敵に〈メテオフォール〉、続けざまに〈オーダーアッパー〉。

敵は直立したまま気絶(スタン)した。まだHPが一割ほど残ってはいるが。

「しぶといんだ、よっ!」

とどめとばかりに〈フルシュート〉を股間におみまいする。HPゲージを一ドットたりと残さず削り取られたミノタウロスは、光の粒となって消え去った。



「無茶しすぎ!」

街に帰るなりマリーゼは叫んだ。

「あんたの戦い方じゃいつ死んでもおかしくない! 連戦するにしても、しっかり回復を終えてから次の敵に手を出すべきよ」

「でも俺はこうして生きている」

「死んでないだけじゃないっ」

感情のままに叫ぶマリーゼの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「どうしてそこまでして強さを求めるの? 私は……私はただ、もう誰にも死んでほしくないだけなのに」


 ワンライフ・オンラインで強くなろうと思ったら戦闘を繰り返すしかない。この世界におけるプレイヤーのレベルは、そいつの強さとは直結しない。レベルが上がって得られるのはスキルポイントだけで、体力や攻撃力といったステータスには影響しないからだ。ステータスは、現実世界の午前零時に更新される。その際、敵にダメージを与えれば攻撃力が、敵のダメージをより多く受ければ防御力とHPが、魔法やスキルを多用すればMPが強化される。


「まだ……引きずってるんだ」

「当たり前だっ」

 忘れるものか。彼女…………と言える関係ではなかったが、大事な人を失った日のことを。



 二か月前


「みんな、次の部屋がラストだよ」

 その日、俺たちはアップデートで追加導入されたクエストでレッサーミノタウロスを屠っていた。敵は自分たちのステータスからした適正レベルよりもずっと下だったが、クエスト報酬が難易度の割によかったのだ。

 ダンジョンの最奥の部屋。その扉を開けると、今までの部屋には少なくとも二体、多いときは五体いたミノタウロスがたった一体鎮座していた。

事前のウィキ情報から、このダンジョンにボス部屋はないことが確認されている。

「変異種だ/……」

同種通常個体のおよそ三倍のレベルを持つ変異種は、俺たち四人パーティのラフマージン(安全に戦える敵の強さの目安)をわずかに上回っていた。それだけ確認した俺は一度部屋の扉を閉じた。

「一度みんなの意見を聞きたい。このまま戦ってもいい。敵のレベルは俺たちのマージンよりも上だけど、知っての通りマージンはそのレベルの敵と戦い続けることが前提の数値だ。一戦だけなら決してやれない相手じゃない。何よりドロップ品が魅力的だ。

 逆に引き返してクエストをやり直すのも手だ。ミノタウロスの変異種はまだ発見数が少ないし、情報が全然足りてないからな」

「そんなの決まってるじゃねえか。なあ」

 グラールがそういうとマリーゼとハガナは首を縦に振った。


戦闘は余裕、とまではいかないものの始終こちら有利に進んだ。ステータスが高かろうと所詮ミノはミノ。これまでの戦闘で見慣れた攻撃は、当たると痛かったが対応自体は容易だった。

変化があったのは敵の体力が残り一割を切ったあたりから。

敵は大きく息を吸い込んだ。

「敵ブレスモーション、回避準備!」

ミノの正面を避け、下半身に力を入れる。しかし、やつの口から出てきたのは炎でも霧氷でもなかった。

「グォォォォァァァァ!」

咆哮(ハウリング)!?)

 咆哮とは一部の大型モンスターがつかうスキルで、その多くはダメージよりも状態異常を引き起こすことに特化している。

「みんな、BS(バッドステータス)は?」

「ない。大丈夫だ!」

「こっちも」

「いけるわ!」

幸いにして誰も異常は無いようだ。

「よし、畳み掛けるぞ!」

 俺の声を合図に攻撃を再開した。


 二分後。ミノの渾身の大技を前衛二人が受け止めている間にハガナの呪文の詠唱が終わった。そして低威力だが回避不可の魔法を受け光の粒となって砕け散るミノを見た俺たちはダンジョンの床に座り込んでしまった。ここは掃討クエストのためのインスタントダンジョン。一度倒した敵は復活しない仕様のはずだった。

「よっしゃ! 町に戻ってドロップ品の分配だな。変異種に会えたんだ。相当期待していいぞ」

「その前に止血。あれだけの攻撃を受け止めたのよ、帰り道にモンスターが出ないとはいえ出血のダメージで死んじゃ笑えないよ」

「でも最後の二つだぜ」

「いいからいいから」

 だから俺たちは油断していた。クエストが終わると視界の端に出るはずのQuest Clearの文字列にも気づかなかった。通路の異変にも。ただ一人、通路のほうを向いて座っていたハガナを除いては。

「それにしても驚いたな。レッサーミノタウロスの変異種、俺たちが初発見者なんじゃないか? 帰ったらウィキに――――」

「危ない!」

だから俺も気づかなかった。ハガナの声にも反応できなかった。

「ダメっ」

彼女に突き飛ばされ、彼女の肩に手斧が刺さり流血エフェクトを発しているのを見るまで何が起こったのかわからなかった。

「おらぁ!」

 グラールの行動は俺よりずっと早かった。レッサーミノタウロスには多少オーバーキルとも思えるスキルをぶちかまし、やつを光の粒に昇華していた。

「どういうことだ、ギルバード! この部屋がラストなんだろう。モンスターはリポップしないんだろう」

「そのはず……だ」

 それを抜きにしてもおかしい。

 ふつうモンスターは自分の領域(テリトリー)からは出ないはずで、ダンジョンではそれは一つの部屋であるはずだった。こんな風にこの部屋に向かって集まってくること自体が異常なんだ。

「…………警報(アラーミング)

「え?」

 マリーゼが一つの可能性に思い当たったのかぽつりともらした。

「さっきの変異種の咆哮が警報だったとしたら――」

「馬鹿な、ミノが警報使うなんて聞いたことねえぞ」

 本来、警報とはゴブリンやコボルドが使うスキルの一つで、同種のモンスターを大量に呼び寄せる効果がある。

「けどそれが一番可能性が高い」

「馬鹿言え、本当に警報だったとしたら二十を超えるミノがこっちに向かってきてることになるぞ」

 事実、通路にはすでにミノがあふれかえっていた。こいつらを部屋に入れるわけにはいかない。その瞬間、ハガナや戦闘能力に乏しいマリーゼは危険にさらされることになる。必然的に男二人がミノを通路で食い止める防衛線になった。

「マリーゼ、ハガナに回復を」

「かけてる! でもだめ。パーセントリジェネ系の回復は出血相手に相性悪い」

「即時回復は?」

「回復量が少なすぎて使い物にならない!」

 ハガナのHPは毎秒80ずつ回復している。けどそれはマリーゼの魔法で毎秒2%回復しているからであり、50秒の回復が終われば毎秒400の減少を始めるはずだ。当然回復をかけなおすだろうがマリーゼのMPがいつまでもつか……前線が崩壊しないようにこちらにも回復をかけてもらわなければいけないというのに。

(頼むからもってくれよ)

 今の俺にできること、それは目の前の敵を一秒でも早く蹴散らすことだけだった。


「グギャァァァ……」

 最後の一帯を倒しQuest Clearの文字を確認すると、今度こそ俺たちはその場に倒れた。

(間に合わなかった…………)

 赤く染まった俺のHPバーの下、そこにハガナの名前はなかった。



 まだたった二か月しか経っていない。忘れられるはずなんてなかった。

 マリーゼが言いたいことがわからないわけじゃない。俺だって、もう誰も失いたくなんてない。そのために、ただただ力を欲しているというだけであって。

「ねえギル、悲しいのはわかる。けど私の気持ちも考えてよ。私じゃハガナの代わりにはなれないかもしれないけど、でも、私だってギルのことを――――」

「……ごめん」

 そういうと俺はメニューバーからログアウトのボタンを押した。


(ごめん茉莉姉……)

 リアルでは幼馴染のマリーゼが、自分に好意を寄せてくれていることは薄々気づいてはいた。けど、少なくとも今はまだハガナのことを忘れられずにいる。マリーゼのことを守りたいと思う気持ちは、単に自分がこれ以上傷つきたくないというエゴでしかないのだ。誰も失いたくない、そう思ったときに横にいたのがたまたまマリーゼだったのだ。多分、それがマリーゼじゃなかったとしても俺はこうしてステータスをあげるのに必死になっていただろう。



四日後

「今日は少し遅くまでやらない?」と誘われた俺は、いつも通りダンジョンに潜りミノタウロスに殴られ続けていた。

「あ、あのさ……」

「なんだよ」

「う、ううん…………何でもない」

 …………? なんだよ、変な奴。

「あ」

「なに?」

「いや……悪い、今のでポーション最後だ」

 遅くまで潜る予定だったので多めに持ってきたのだがついに底をついてしまった。

「時間も時間だしそろそろ街に戻ろうか。戻ったころにはテッペンまたいでるかもしれないし」

 そうだな、と返すと回復を終えた俺たちはダンジョンを引き返し始めた。


「あのさ、ギル。一つきいてもいいかな」

 もうすぐ街に着こうかという頃、ほぼ同時に俺とマリーゼは口を開いた。

「あのね」

「あの日」

 後ろでマリーゼが目を見開いているのを感じる。今から話すことは、今まではきかれても答えられなかった問いだ。

「あの日まで、俺は攻撃力を伸ばして一秒でも早く敵を殲滅することがパーティの被害を最小限に食い止める方法だと信じていた。実際、俺とグラールが前線を引き受けて、ハガナが後ろから高火力で焼く。マリーゼは二人分の回復に集中って形で今までやってこれた。今回みたいな奇襲、不意打ちは想定していなかったんだ」

 町に入った直後、遠くのほうからリーンゴーンと鐘の音がした。深夜零時を告げる合図だ。

「もしあの時俺がもっとカタかったら、あと一回のヒールをハガナに回すことができたら、そう思うと今でもやりきれなくなる。ひたすらHPと防御力を挙げているのはそれが理由だよ」

「嘘つき」

 速攻で断言された。

「本心だよ」

「今はそうかもしれない。でも本当は何かせずにはいられなかっただけなんでしょう。初めのころのギルは死んでも構わないくらいの顔をしてた」

 俺はまいったな、とばかりに両手を挙げた。

「だからギルにはお仕置き」

 そう言うとマリーゼはストレージからアイテムを取り出すと俺に向かって撃った。

「ッ!」

 パァン! という音の後に予想された衝撃はいつまでたってもやってこなかった。

「…………?」

 恐る恐る目を開けてみる。

「どう、驚いた?」

 マリーゼはけらけらと笑っている。その手には使用済みとなったクラッカーが握られていた。

「そんなアイテムがあるのかよ」

「対象に萎縮のBSを与える効果付き。意外と高いんだよ?」

 なら使うなよ、と言いかけたがはばかられた。さっき午前零時を回った。ということは――

「ハッピーバースデー、ギル。誰よりも早く言いたかったの。さ、宿に戻ろう。とってもサプライズなのがあるの」

 今ので十分驚いたよ、と言うと「絶対にもっと驚くから」と返された。せいぜい期待しておきますか。


「――っ」

宿の部屋の扉を開けた時、俺は絶句するほかなかった。

「どう、驚いたでしょ」

「ああ、驚いたよ。死ぬほど」

 椅子に腰かけて窓の外を眺めていたのはハガナだった。

「おかえり、ギル君」

「ああ……ハガナこそおかえり、この世界に。でもどうして」

「ギル君の事が好きだから。ここのことは先輩に聞いたの」

「あたしの通う高校に入学してきたのよ、この子。それとアビリティ見てみて」

そういわれて俺は更新されて新しく獲得したアビリティを確認した。

「システムまでギルのことを応援してると思わない?」

 そこには〈戦闘時回復(1%/5s)〉とあった。たしか、短期間に浴びるようにポーションを飲んだ時にごくまれに表れるアビリティだったはずだ。

「ギル君」

 ハガナがおずおずといった感じで口を開いた。

「私弱っちく、ううん、前も弱かったんだけどそれよりもっと弱くなっちゃったから、その…………また守ってくれるとうれしいな」

「ああ…………もちろんだとも!」

 二か月の間求め続けた笑顔がそこにあった。


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