それはもう、予想もつかないくらい衝撃の告白だったのです
結果でいうと、ぶっちゃけあんまりいいことはなかった。
――ひとつだけあったがな!
あとは散々だったぜ。
ちょっとだけ、過去を振り返ってみようか。
まず、俺は、彼女――神前さんに、どういうことか問い質したんだ。
いきなり、わけ分からないこと言われたら誰だってそうするだろう?
「世界を助けて……って? え? なに? どういうこと?」
我ながら、なんてしょうもない返答をしてしまったものだと思わなかったわけではない。
しかし、どれだけ彼女の台詞を反芻しても、何一つ理解できないんだから仕方ないじゃないか。
だって、世界だぞ、世界。
世界といえば、あれだ。主に、南アメリカとヨーロッパが激戦を繰り広げてて、こっちは何か蚊帳の外って感じがする。
あれはごく一部の限られた領域で、さらに限られた国だけの話だが。
そもそも、世界って何カ国あるんだろうなぁ。やばい、知らない。いくつあるの? 200……までは無さそうな気がするが。
そのとんでもない数を俺が救うのか? ……この俺が?
「えーと……ごめんなさい。いきなり言われても混乱するよね。たぶん……葉飼君が思ってる『世界』とは違うと思う。ここ、とは『違う世界』なの」
「なるほど…………違う世界、ね」
「えぇ」
やっと理解が追い着いてきた。
つまるところは、サッ○ーじゃなくて野○ということだ。
いや、そもそもスポーツという枠を飛び越えて、もしかしたら○棋とか、はたまた競技という種目を飛び越えて『ヲタク文化』にまで発展する可能性もある。
――ヲタク文化を助けるだって?
ハッ…………そんなの、何もしなくても永劫失われないような気はするが。ソースは俺だ。
「貴方でなくてはダメなの。私には……他に頼れる人がいないから」
「な、なんだって――」
そんなバカなっ――
度合いでいえば、俺なんて比類するのも失礼なくらいなライト層だぞ。
そもそも、とある友人の禁趣目録ですら、足元に這うのもおこがましいくらいの開きがあるのだ。
その『彼』でさえ、自分など『真のヲタク』と比べるのは失礼だ――なんて、珍しく礼譲を尊ぶくらいだ。
そんな諸々を差し置いて、彼女の中では、俺が一番だというのか。
「俺じゃ……ないとダメなのか? もっと頼れる人物を、俺は知ってる……いや! 少し探すだけで、この国――いや、この学校にだってどれだけでもいるはずなんだ!」
「――ダメなの! 貴方じゃないと、葉飼君じゃないとダメっ!」
なんてこった……。
俺はもはや、取り返しのつかないところまできていたらしい……。
駄目元で、もっと彼女の視野を広げて高次の存在を教えようとしたのだ――が、既に彼女の中では、俺はトップヲタキートで認定されていたのだ。
俺は……俺はただ、漫画やアニメやゲームやラノベが人並みに好きなだけで…………いや、もういい、こうなったら白状しよう。
俺は、ギャルゲだってエロゲだって大好きだ! フィギュアも、友人作の天上の一品を見て以来、いいな、なんて思い始めてる。
――でも! ただ、それだけなんだ! まだ引き返せるんだ! だって、ストーリー性のない、ただのガチエロまでは受け入れられないし!
確かに、自分の道に未来はあるかもしれない。しかし、彼女がそこに過剰なまでの期待を見出すのは早計を通り越して迂闊ではないのか。
そう、心を鬼に――もといジェントルにして、彼女に問わねばなるまい……。
「本当に……本当に俺しかいないのか?」
「えぇ……貴方しか、葉飼君しかいないの……私には……」
そうか……。
わかった――彼女がそこまで言うのなら、応えよう。
むしろ、ここまで言われて断るなんて漢じゃない。そんなヤツがいたら、そいつぁもうタマ無しだ。
一度、覚悟を決めてしまえば、心に灯った小さな火が炎に変わるのなんて一瞬だ。
おぉ、漲ってきたぜ!
「……わかった。俺に任せてくれ!」
「ほ、本当……? いきなり、こんな……自分でも頼めた義理じゃないって……無理を言ってるってわかってるのに……」
「あぁ、大丈夫だ。問題ない」
「あ――ありがとう……本当にありがとう!」
こちらを見つめる彼女は、喜びのあまりか瞳は濡れ、顔の下半分を両手で覆ってしまっていた。
「あぁ――、世界のヲタク文化は、俺が救う!」
高らかに、俺はそう宣言した。
――――――。
場が凍るっていうのは、こういう状況をいうんだろうな。
どれくらい発動後の技硬直があったのか、自分でも数えられなかった。
しばらくして彼女と話を進め、色々誤解があったのはなんとか理解した。
屋上にセーブポイントがあったらリセットしてもう一度ロードしたいくらいだが……それは叶わぬ願いだ。
ここは、ネトゲ(オートセーブ仕様)だと思って諦めよう。
ちなみに、ひとつだけあった“いいこと”ってのはもうちょっと先の話だ。
結論から述べよう――。
神前さんの言う『違う世界』というのは本当に今居るここではない世界――自分にとって分かりやすく言い換えると、『異世界』を指すらしい。
それが地底にあるのか、はたまた空にあるのか、別の惑星なのか、そもそも存在次元が違うのか、あるいはモニタの中に広がる世界なのか――
個人的には最後だとなんとなく嬉しいなぁなんて思ったのだが、だって考えてもみろ?
モニタの中に別の世界が広がってるとしたら、好きなエロ――もとい、ゲームの中にだって入れるじゃないか。考えただけで脳汁ものだ。
……まぁ、それはともかく、具体的にその世界が『何処』に在るのかまでは彼女にも分からないらしいが、行く方法なら知っている――ということだった。
「――つまり、俺がその『世界』に行って、えーと……何をすればいいんだ?」
「世界を救って欲しいんです」
彼女に力を貸す、という話からヲタ話になり、気付けば世界を救うなんて話に飛躍していた。
世の中というのは本当に何があるのか分からない、ってこんな使い方で合ってるのだろうか。
「世界を救うって……なんか、ゲームの主人公みたいだなぁ。もし、その世界に俺が行ったとして、どうすれば世界を救うことになるんだ?」
「貴方の、葉飼君の思うままに行動してください。貴方には、それができる……世界を変える力があるはず――いえ、きっとあります」
うーむ……。
そもそも、その世界がどういう状況になってるのかを把握しないと、何もしようがない気がするが、どうにもこの辺りの詳しい話は聞いてもぼかされてしまうようだ。
ゲームなら、例えば『魔王』的な明確な悪役がいて住人を脅かしてる――それを倒して世界を救うのが、いわゆる『勇者』とか『英雄』の役割だ。
住人的には、誰かが何とかしてくれるみたいな他力本願、自分の世界なのに自分たちでは何もしたいというあまり賛同できないスタイルなのだが、ゲームにそこまで求めても仕方ないだろう。
だって、タンスの中のへそくりとか壷の中のアイテムとかは、おそらく善意で献上してくれているわけだし。
それに、パーティメンバーはその世界の住人のケースだって多いわけで、力がある者は、自分たちで何とかしようと努力しているはずなのだ。
つまり、『勇者』や『英雄』というのは彼らの中心になって、背中を押してやるような存在だと思えばいい。
実際、主人公が最強じゃないゲームも多いし。
しかし、彼女の言葉には、いくつか引っ掛かる部分もあった。
「どうして、俺にそんな力があるって言い切れるんだ?」
「あ……それはですね」
神前さんが、右手で口元を抑え、少し考え込むような姿勢を取った後、さらに言葉を続けた。
「その前にひとつ、確認したいことがあるんですけど、良いですか?」
「ん? あぁ、どうぞ」
質問に質問を返されるとは思わなかったが、説明する上で重要なことなのだろう。
素直に答えることにした。
「葉飼君には……例えば、ここじゃない場所、全く見知らぬ風景や環境で生活をしていた、とか、会ったこともない誰かと戦っていた――みたいな記憶はありますか?」
「…………………ごめん、何を言ってるのか分からない」
いきなり電波な質問がきた。
おかしいな。今、俺はとある友人と会話してるわけじゃないはずなのに、なんだろうこの既視感は。
「そう……ですか。いえ、大丈夫です。こちらの話なので、葉飼君は気にしないでください。……やはり、破…の力の影響な…かしら……」
気にするな、って言われて気にしない人ってそうとうな馬鹿か大物ではなかろうか。
俺は気にするのできっと小物なのだろう。
特に、後半の方、声が小さくて何を言っているのか上手く聞き取れなかったので余計に気になる。
「先ほどの葉飼君の疑問――何故、そんな力があると言い切れるか、なんですけど……。ちょっと恥ずかしいですけど、見て……いてもらえますか? 実際に見てもらった方が早いと思うので……」
何を? と聞く前に、神前さんは片足を徐々に持ち上げ始めた。
もちろん、腿に押し上げられた短いスカートもちょっとずつ持ち上がってくる。
恥ずかしいけど、見て――? え? それってもしかして――パン――
「――いけない! か、神前さん、そんな――」
そんな自分の台詞は、直後に響いたドンッ! ――という鼓膜を揺さぶる轟音によって遮られた。
身体に伝わる衝撃は、足場、いや校舎全体から生じている? ――地震か!?
「うわっ! 神前さん危ない!」
慌てて神前さんを支えようと手を伸ばしたが、しかし、当の神前さんは平然と立っていた。
こちらの手は、意図せず彼女の胸の辺りに向かって伸びていたのだが、なんとか、変態の烙印を押される前に留めることに成功した。
それも、神前さんは気に留めた様子もなく、
「お分かり……いただけたでしょうか?」
「お分かりって……え? 何を? や、やましい気持ちはないよ?」
本気です。
それから、いくらか逡巡して、彼女の行動と状況を鑑みる。
まず、彼女が先ほど取った行動は、片足を上げてそれを地面に勢いよく叩き付けたこと。
いや、降ろす動作自体は緩慢だったので、あぁっ、見えそう! ――ちっ! 程度にしか思わなかったのだが。
その直後に起こったのは大振動――地震だろうか。生徒のざわめきも聞こえる。
最後に、彼女の立つ場所――右足を基点として、屋上の石床がまるで蜘蛛の巣のようにびっしりひび割れていること。
つまり、彼女が放ったのは、格ゲーとかでよく見る震脚みたいなものだろうか。
……なるほど、状況確認終わり。
「――って、そんなバカなことがあるかい!」
びっしぃ! と広げた手のひらの裏で、見えない空気の壁を叩く。
「そして、『あれー? おかしいな? 今のちゃんと見ましたよね?』――みたいな、そんな首を傾げて不思議そうな顔をするな! 俺を萌え殺すつもりか!」
「……? もえころす? 貴方を殺せるのですか?」
「なんかいきなり会話の方向性が!? 発言が物騒になったぞ、おい! 今そういうことは話してないよな!?」
再度、俺のエアービンタが炸裂する。スナップもばっちりだ。
「いや、まぁ、百歩――千歩くらい譲って、今の振動を神前さんが引き起こしたとしてもいい。ほんとは千歩でも足りるか怪しいが。しかしだ、これが俺の疑問にどう繋がるんだ?」
「はい。私にできるのですから、貴方にもできます」
「…………はい?」
盛大な間が空いたのは、ご理解いただけるだろうか。
他人ができることなら、自分にもできる。それはいい。自身を成長させる上で、とても大事な考え方だと思う。
しかし、逆は人としてダメなんじゃないだろうか? と、私は声を大にして言いたい。
「納得いただいたところで、次は葉飼君が異世界に行くための方法なのですが……」
「まだ微塵も納得してないよ――!? っていうかいつ納得したの俺!?」
「いくつか……手段はあると思うのですが、一番最良の方法を選びたいと思ってます」
「ねぇ、お願い。俺の話を聞いて!」
「聞いてます。それで、葉飼君には申し訳ないのですが、ちょっと手荒なやり方になってしまいまして――」
「聞くだけじゃダメなの! 聞いて! 感じて! 考えて!」
「感じて、考えました。――それで、先に葉飼君には謝っておきます。ごめんなさい」
「あぁっ! もう! この子ってば、全力全開で嫌な予感しかしない――!!」
そうして、全くの予想外に、ふわっと、俺は彼女に抱きしめられた。
(――は?)
鼻先をくすぐるのは、神前さんの綺麗な髪。こちらの胸元には、彼女の顔がうずめられ、両の腕は背中に回されぎゅっ、と包み込まれている。
もちろん、お腹辺りには、確かな感触もある。
こ、この柔らかな感触は、もしや――伝説の『当ててるんです』でいいんでしょうか――!?
(い、生きててよかった!)
世界に『神』がいるなら感謝しよう。もう、いっそ破壊神でも何でもいい。神様、ありがとう!
そんな絶頂は、ぽつり、と彼女が呟いた小さな一言、そして、その後に起こった信じられない事象によってかき消された。
「ごめんなさい、葉飼君――」
瞬間、自分の身体は宙を舞っていた。
身体はぐるぐると回り、上下左右、平衡感覚というものは存在しない。どうやら三半規管の処理能力と脳の理解を越えたようだ。
「あ、あれぇーーーっ?」
もしかして、『異世界』というのは力技でぶん投げて到達するものなのだろうか。
だとしたら俺は、高らかに歌わねばなるまい――
このおおぞらに~~つばさをひろげ~~とんで~ゆきた~い~よぉぉぉぉおおおおお?
しかし、現実はそんなに甘くはできていないようだ。
ぐるぐると視界が巡る中、やがて確認できたのは目前に迫るコンクリートだったからだ。
「お? お? おお? おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
マズイ。これ本気でマズイって! 死んじゃう、死んじゃうのぉ! ――らめぇ!!
そして、声とか衝撃とか、もう音として知覚できないくらいの力が全身を襲った。
幸かあるいは不幸なのか、そこで意識は途切れなかった。
最後にぼやけた視界に移ったのは、眼前に迫る『大型トレーラー』だった。
けたたましいクラクションや、もしかしたら周囲の悲鳴が聞こえていたのかもしれないが、それを音として認識できないでいた。
身体が跳ね飛ばされてくれればまだ良かったのかもしれないが、どうやら道路に横たわっていた俺は、それすらも許されなかったらしい。
前輪に踏まれ、後輪のダブルタイヤに跳ね上げられ、バンパーに引っ掛かってさらには引き摺られた。
なんだかもう、身に起こっている現実を直視するのも嫌になって目を閉じたんだ。
それで、意識はブラックアウトし――
――次に目が覚めた時、俺は、白い布団に寝かされていた。