告白するなら屋上、って相場が決まってたらいいなぁなんて
俺、葉飼進は、自室のベッドで仰向けに寝転がっている。
今考えているのは、転校生、神前巴のことだ。
彼女がやってきてから一週間が過ぎていた。
「力を貸してください……か」
初めて、そう質問されたのは最初に一緒に下校した日。
そして、明確に頼まれたのは昨日の話だ。
「どういう意味だろう」
もちろん、何らかの助けを求めているというのは分かる。
しかしだ。
例えば、自分が誰かに「力を貸してくれ」なんて頼むことがあるのだろうか。
考えてはみるが、状況がいまひとつ思い浮かばない。
分からないことは後回しだ。
本人に聞けば分かるだろう。
気分転換にパソコンでもしようかと、ふとパソコンデスクに顔を向けると、無機質なパソコンと並ぶに似つかわしくない、はにかんだ少女がこちらを見つめていた。
幻想的な衣装に身を包んだそれは、友人からのお手製である。。
名を【聖天使アティ】、スケール1/8、正真正銘、紛うことなきフィギュアだ。
そのクオリティは、もはや職人と呼んでも差し支えなく、売りに出せば相当な値がつくのではなかろうかと。
しかし、何となく誰かに似ているような気がする?
俺は、再度ベッドに突っ伏し、あまり芳しいとはいえない頭を絞って物思いに耽り続けるのであった。
そして、場所は変わって学校――。
暑苦しい担任の、朝のSHを終えた瞬間、意見を聞く為、ひとりの友人に問い掛けたのだ。
「カズヤ君、例えば、俺に力を貸して欲しいこと……ってある?」
「ふむ?」
普通なら、「何の脈絡もなくいきなり何言ってんだこいつ」とか思われても致し方ない発言なのだが、カズヤ君はそこらのやつとは出来が違う。
彼は、しばし黙考した後、
「もうすぐ、店舗限定特装版【妹嫁Ⅱ ~鬼畜お兄ちゃんのシスコカリバー~】が発売する。もちろん数量限定で予約は不可だ。前日から一緒に並んではくれないか?」
「安定して斜め上過ぎるわ! ていうか、カズヤ君、妹いなかったっけ?」
「うむ。今年から中学生になったな。既にEカップらしい」
「ぶふっ!」
発育良すぎというか、なんで知ってるんだろう。
兄妹間ってそんなものなのか。
まぁ、今関係ない話は置いといて。
「OK、いつだ?」
「いくら君でも妹はやらんぞ」
「ちげーよ! どうしてそういう流れになるんだよ! カズヤ君、妹好き過ぎだろ!」
「三次元で唯一、心から愛せる存在だからな。愛するあまり、そろそろ僕も神格化してしまいそうだ」
ある意味では、既に神性領域に片足踏み込んでる気がする。
でも、そういうの不問な神様っていたっけか?
あぁ、だからフタヤ君が神格化したいのか。って違うか。
あれ? でも、フタヤ君、神前さん見て珍しく興奮してなかったっけ
「彼女は、現界した『聖天使アティ』たんだからな」
「……俺、考えてること口に出してないよね?」
「フッ……君のことならば顔を見れば分かる」
「こえーから!」
周囲の視線も痛いし、心臓にも悪いわ!
でも、言われてみると、何となく似てるような気がする?
服装が全然違うから考えもしなかったが。
「さて。決行は今週の金曜だ。前日から徹夜になるな」
「って平日かよ! 学校どうすんだよ!」
「問題ない。早朝販売だから全力で走ればショートホームには間に合う」
「…………俺は信者を見た」
さすがフタヤ君だ。
にわかの自分とは、やはり二味どころか十くらいレベルが違う。
話の発端はこちらなので、大人しく了承しておく。
「感謝する。まさに千の味方を得たようだ」
眼鏡どころか犬歯まで輝きそうな、稀に見る彼のステキ笑顔だった。
ここだけ切り取って見れば、問答無用でただのイケメンだ。
そして、そうがっちり握手されるとまた裏BBSが怖いです。
俺はノンケで、彼はシスコンだ。よって無実。
「フタヤ君、いいことを教えよう。ファッション誌を真似するとあら不思議。変なキ○ガイが寄ってきません」
「ふむ? 君にしては、珍しく要領を得ない発言だな」
つまり言ってる意味が分からん、と顔に書いてあった。
彼もヲタクの例に他聞にして漏れず、伝統的なファッションを愛用していた。
非常に惜しい。
そして、話を本題に戻す。
こうして、参考意見としてフタヤ君に尋ねてみたわけだが。
この回答は果たして役に立ったのだろうか?
神前さんが、一緒にエロゲ買う仲間を探している、なんて可能性は微粒子レベルでも存在するのだろうか。
しかし、買い物、という言葉に置き換えれば十分に有り得るかもしれない。
もし、そうだと仮定した場合のシミュレーションを行ってみよう。
まず、買い物の相方を、男である自分に頼む場合とその理由。
…………………………。
さっぱり分からん。
父の日は過ぎてるし、誕生日か何かか?
しかし、男友達と選んだプレゼントを用意された父親ってのも結構複雑ではなかろうか。
やはり、大穴でエロゲ……はどう考えてもないよな。
思い付かないので、やめやめ。
さらに時は流れて放課後になった。
神前さんも、一週間も経てばだいぶクラスに馴染んできたようだ。
ただ、相変わらず、学校内においてはあまりお近づきになれそうにはない。
常に、女子グループの輪の中にいるし。
まぁ、そんな感じでその辺りはいつも通りの学校生活を送っているのだが……。
ただ、最近、ちょっとだけ気になることがある。
時折だが、神前さんの視線を感じるような気がするのだ。
これって自意識過剰なのかね?
ふとすると目が遭ったりするんだけど、たまたま偶然こっち方向見てるだけとか?
そうそう、例えば今もそう。こんな感じで、
「あの……葉飼君?」
「――はいっ!?」
思考状態から意識を覚醒すると、目の前に彼女の顔があった。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫!」
あーもう、可愛いなぁ!
まつ毛長いし、唇はリップのせいか濡れたように光ってるし。
太ももは……見たいが、この位置関係だと露骨に視線がバレるな。
近すぎる。
「そう。良かった」
ほっ、と息を吐きつつ、にっこり微笑む神前さん。
覗き込まれていた距離が、ちょっとだけ開くのが寂しい気もする。
嗚呼……そんな天使のような笑顔を向けられるだけで、今、クラスの男子全員から一身に浴びている殺意にだって耐えられます。
後ろの方で、なんかカッターナイフをちきちきしてるやつがいるが今の俺なら気にしないぜ。
「あの、もし放課後空いてたら……ちょっと相談できない、かな?」
「相談?」
「うん」
これはもしや、先日の別れ際の話に繋がるものではなかろうか。
相談という単語に、脳内でリフレインされるのは、彼女の“力を貸してください”という言葉だ。
もちろん、一人の男として断るつもりはない。
「もちろん、いいよ」
「ありがとう」
そうして、二人揃って教室を離れると、遠く背後から怒号が飛び交った。
大抵は「葉飼ブッコロ!」のような類の自分に対する罵詈雑言だ。
ここで、あえてひとつだけ言うと。
正直、隣を歩いている神前さんが、それを一切気に留めた様子がないのが気になる。
意外と大物なのか、単に聞こえてないだけだと自分に言い聞かせたい。
道行く生徒が、ぎょっ、と【1-C】(自分たちのクラス)を振り返っている。
でも、きっと気のせい。
「それで。相談っていうのは?」
やや早歩きでやってきたのは屋上だ。
一年の教室は三階にあるので、四階の実習室を挟むだけで屋上は全学年で一番近い場所にある。
風に棚引く彼女のスカート、陽射しに映える白い太ももが相も変わらず艶かしい。そして、その眼福ともいえる光景を今は独り占めしているのだ。
つまるところ、他に人の気配はないし、よほど大きな声を出さない限り誰かに聞かれる心配はないだろう、ということ。
「うん。その……驚かないで聞いて欲しいんだけど……」
きました! この驚かないでフラグ。
きっと驚くような内容なんだろうけど、これはそう、俺にとっては嬉しい流れになるに違いないはずだ。
「わかった。なんでも言って」
彼女に気取られない程度に、平静を装いながらも小さく期待を込めて返した。
ちなみに、脳内では天使が金ラッパを吹く用意をしている。おい、右端のエンゼル、吹くのがちょっと早いぞ!
「ありがとう、葉飼君。あのね――」
しかし、俺は、続く彼女の台詞を聞いて、目は間違いなく点になっていただろう。
ラッパ? なにそれ。磬子の音の方が適切じゃね。
あぁ、フラグなんてものは折れる為にあるものだ。
ただ認めたくないだけで。
そして、問題の言葉はきた――
「世界を、助けて欲しいの」
この言葉を聞いたことを…………感謝するか、あるいは後悔するかは今の自分にはまだ分からない。
言葉の意味は全く分からないし、なにをどうすればいいのかもさっぱりだ。
けど。
だけど、なんとなくだ。
聞いた瞬間に、
『やっぱ断れないんだろうなぁ』
なんて直感があった。
彼女が至って真剣だった、ってのももちろんある。
何でもいいから彼女の力になりたい、って想いもある。
でも、それだけじゃなくて、自分の中に、何かざわめくものを感じたような気がするから。
とりあえず話は聞いてみるつもりだが、たぶん、何を言われても受けちまうんじゃないかね。
俺、結構単純だし。