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混沌のルビリア  作者: 柱乃 影人
学生編
3/7

持つべきものは友、っていうだろう?



 空が泣いていた。

 でも、もっと泣きたいのは俺の方だった。




「天気予報のバカヤロー!」


 見事なまでの大雨だった。

 ゲリラなんとかってあれ。


 ただ上から読まされているだけだと理解しつつも、今朝のウェザーリポーターの笑顔が憎々しく思える。

 もちろん、被害者は自分だけに留まらず、むしろ生徒の大半が道連れになっているのが唯一の心の救いであろうか。

 うむ、今日も我ながら小さい。


 ちなみに、購買に売られている傘は上級生によって買い占められていた。

 昼食の御用達はもちろん、学食なんかもも同様だったりする。

 一年の教室が三階にあるのが恨めしい。



 さて、どうしたものかと。


 無難なところでは、雨脚が弱くなるまで適当に時間を潰すことだろうか。

 幸い、自宅は学校の近所だし、ある程度小降りにさえなれば、ダッシュ帰宅で鞄の中身や下着まで濡れることはあるまい。


 友人の傘に入る――という封じ手もあるにはあるのだが。ここまで雨が強いと、個人で使っても相当に濡れるだろう。

 つまり、ひとつの傘に二人で入る場合のお約束、所有者の肩まで濡れてしまうのは凄まじく申し訳ないのである。

 それに、男同士の相合傘って傍目(はため)だいぶ複雑じゃない?


 ただでさえ、受けっぽい顔、とか、攻め気なチキン体質、なんていう一部女子からあまり喜べない評価を得ているだけに余計なことはしたくない。

 最近じゃ、とあるイケメンヲタクことフタヤ君とも結構交流が盛んだけに、余計に妙な噂が絶えない。


「むぅ……」


 少しして、やや雨脚は弱まったものの、まだ走って帰れるほどではなさそうだった。

 もしかすると、本気で走ればそれなりにいけるのかもしれないが、形振(なりふ)り構わず全力で水溜りに足を踏み入れる勇気はない。

 何よりめんどい。


 ちなみに、何気にシンパシーを感じていた隣の雨宿り男子は、後からやってきた女の子の傘に一緒入って出ていってしまった。


 ――こ、この湧き上がるどす黒い感情は一体……?

 もし、俺に飛び道具が撃てるなら、あの後姿を吹き飛ばしていたかもしれない。


 いや、この学園、実際に飛び道具撃てる人がいるんだけどね。

 教師だけど。

 気付いたら、俺より強いヤツに会いに行っちゃう先生。



 それは、ともかく。

 いつ止むか分からない雨を、ただこのままぼーっと過ごすのは、生産性に著しく欠けるわけで。

 いっそ、ずぶ濡れ覚悟で走ってシャワーでも浴びた方がいいのではなかろうか?

 なんて、悲壮な覚悟をぎゅっと固めつつしていると、


「?」


 ふいに、後ろから傘が差し出された。

 こ、これはまさか、俺にもとうとうリア充キタのでは!

 なんて期待に胸を膨らませて振り向くと、


「良かったら使え。フッ……案ずるな。俺は妹を呼ぶ。なに、先日の礼だ」


 立っていたのは、クラスメイトのフタヤ君だった。

 俺のがっかり感がみんなに伝わると嬉しい。


 ちなみに彼は、クラスや他のクラスやさらに他のクラスでも有名な、ほんのり変わったイケメン変態紳士だ。

 彼の言う妹に関しては、実の存在なのか二次の存在なのかは不明。

 だが、先日の礼に関してならば心当たりがある。


 あれは、ある晴れた日のこと。

 ふとゲー○ーズに行こうと街に繰り出したところ、とある執拗な募金活動(という名のカツアゲ)に遭っていた現場に偶然差し掛かった。

 まぁ、問答無用でふるぼっこにしたわけなのだが、その時に助けたのが彼。

 なんか予約済みの初回版とか限定ものとか色々買う予定だったとかなんとかでお金を渡すつもりなんてさらさら無かったらしく、結構危うい状況だった。

 元々、フタヤ君とは、いくらか趣味が合うので交流はあったのだが、その一件から彼とはより親しくなった。

 休み時間や放課後によく雑談したり、おすすめのエ……もとい、パソコンゲームを回してもらったり。

 健全なゲームなんだからねっ!


 まぁ、こんなところ。


「カズヤ君には十分過ぎるほど良くしてもらってるし、さすがに傘まで借りられないって」

「気に病むな。俺と君の仲ではないか」


 どんな仲だよ!

 なんて口に出して言いはしないが。まぁ、友人であるのに間違いはない。

 それでも、ひとつしかない傘を借りるとなると、申し訳なさのが先に立つだろう?


「いや、悪いってまじで」

「フッ……これは、そうだな。きっと君に恩を返せ、という、天が俺に与えた啓示なのだ。つまるところ遠慮は無用」


 ずずいっと、フタヤ君が距離を詰めてくる。 

 近いってば!


「いやいやいや」「さぁさぁさぁ」


 どんどん近付いてくる。

 既に、傘を挟んで吐息が届きそうなレベルだ。

 いかん、これでは、また学校の裏BBSで妙なスレッドが立ってしまうではないか。


「えぇい! 強情な男め!」


 そう言ったのは、フタヤ君。

 そのまま強引にこちらに傘を放り投げ、ダッシュで校門へと去って行ってしまった。


「な、なんというイケメン……」


 変態だけど。

 ていうか妹はどうした。

 ちなみに、正面玄関で雨宿りをしている生徒は多いので、周囲の視線がとても痛い。


 こら、そこ! 照れるな女子!

 その後ろの先輩もさりげなく上腕筋アピールやめれ!

 まじで興味ないからな!


「……で」


 これはこれで、どうしたものかと。

 いくらなんでも、この流れで彼の好意を無碍(むげ)にするわけにもいくまい。

 ありがたく拝借しよう。

 と、心の中で頭をさげた時、こちらに向けられた好奇な視線の中、ひと際目立つ姿が目に入った。


 おや?


 雨の日でもツヤを失わない腰まで伸ばされた長い髪。

 結晶のように透き通った肌。

 オーバーニーからわずかに露出したとても柔らかそうで美味しそうな太もも。

 転校生の神前(かんざき)さんだ。

 手元を見るに、どうやら彼女も傘を持ってないようだ。

 持ってたらこんなところに突っ立ってないだろうけどね!

 悪目立ちしてしまった為、声を掛けようか迷っていると、先に他の男子が声を掛けたようだ。


「あの、神前さん、良かったら使ってください」


 男子生徒は、手にした傘を差し出している。

 黒と白の鋭角ストライプを模様とした、一見してブランド品とわかる傘だ。


(おお……見た目だけなら、フタヤ君に匹敵するくらいイケメンじゃないか?)


 見た目だけなら。

 ただし、カズヤ君はマッドな理系のイケメン、対してこちらはさわやかスポーツマン!

 といった感じのイケメンだった。

 さて、どうなるかと興味津々に注視していると、一瞬だが、神前さんと目が合ってしまう。


(やばっ!)


 これは、野次馬? 覗き見?

 どちらにしてもあまり褒められた行為ではない。

 胸がチクチクするぜ……。


 慌てて視線を逸らすと、彼女の声が聞こえてきた。


「ありがとう。でも、お気持ちだけで十分です」


 見てないから分からないが、きっと微笑みを浮かべているのだろう。

 結局、これって聞き耳ではなかろうか。

 視界の外、先ほどのさわやかイケメン君が肩を落とした様子でとぼとぼ去って行くのが見えた。

 南無。


「………………」


 はっきり言うと。

 あのやり取りを見た後で、傘を片手に彼女に声を掛けるのは非常に気が引ける。

 ていうか無理。

 これで結構シャイなのよ!

 周囲の生徒も同様なようで、現場を見てない、後からやってきた稀有な傘持ち男子が「これ幸い!」と声を掛けていく。

 が全滅。余計に話し掛けれなくなる法則。


 まぁ、もしかしたら迎えを待っているのではなかろうか。

 見た目も明らかにお嬢様だし、きっとそうだろう。えぇ。



 でも、何故かこっちにやって来ましたよ。ホワイ?

 そして、やはり近付いてきたのは自分のところと確認したところで、お互い軽く会釈をする。


「いきなりひどい雨ね」

「そ、そうだね」


 ふふっ、と苦笑を浮かべる仕草もめちゃくちゃ可愛かった。

 初日の机の一件以来、神前さんとはあんまり接触できる機会がなかったので、内心では小人がガッツポーズしている。

 あ、それと、ウェザリポのお兄さん。さっきは逆恨みしてごめんなさい。貴方は大変良い仕事をしました。

 ふぉっふぉっふぉ……周囲の男子の羨望の眼差しを感じるぜ。

 でも“あんな冴えないやつ”という表現はちょっぴり傷つくのでやめてください。


「あの……あれ? 葉飼君、傘持ってるのに雨宿りを?」

「え?」


 ……ふっ、いい質問だ。

 というか、彼女、どうやらこちらのやり取りは見ていなかったらしい。


「あ。誰か、待ってる人がいるとか?」

「いや、そういうわけでは」

「もしかして、女の子とか?」

「ないない!」


 ちょっとびっくりした。

 神前さんでも、こういう一般女子的な話題を振ってくるのかと。

 決して、彼女が一般女子じゃないと言っているわけでは。

 まぁ、一般辺りの線引きを明らかに凌駕してる女の子だとは思うが。


「え……じゃあ、男の子?」

「なんでそうなる!」

「冗談、冗談」

「………………」


 危うく、埴輪みたいな顔になるところだったぜ。


「じゃあ、葉飼君は誰を待ってたの?」

「………………」


 そうきたか。

 無難に家族、とか答えようか迷ったが、それだと神前さん(傘無し)が帰るまで自分も帰れなくなるし……。

 他に理由を考えようにも、めぼしいものは思い浮かばなかった。

 いっそ、『神前さんを待ってた』とか言ってみようか。

 なんて体温を上げながら考えていると、彼女の方から信じられない言葉がきた。


「じゃあ、私が一緒に入れてもらってもいいかな?」

「――はい!?」


 ど、どういうこと? もしかしてエスパー?

 いやいや、単純に一緒に入れる人を探していたとか……?

 確かに、傘持ってる人なんてとっとと帰ってるし、彼女も転校したばかりで知人が少ないだろうし……。

 そういう意味では、自分も初日に接点があって……。


 なんて、グルグル思考が回る中、無意識に、


「も、もちろん!」


 と返事をしていた。


「ありがとう」


 にっこりと。

 それはもう、自分の心が融けてしまうんじゃないかってくらい極上の微笑みを、至近距離で拝んでしまった。

 この光景を映像で収められないのが何より惜しい。

 海馬に保存された記憶を、いそいそと大脳新皮質に移しておく。


「じゃ、じゃあ」


 ちらり、と手にした傘に視線を向ける。

 シックなブラウン無地、しっかりとした柄の感触。

 作りの安さを感じさせないところを見るに、それなりの品なのだろう。

 最高の機会を与えてくれた友人に感謝しつつ、右手親指でハジキを押す。

 バッ、と音を立てて傘が開かれる。



 ――そして、全身が硬直した。



「…………………………」



 茫然自失とは、こういうことをいうのだろうか。



 豪快に開かれた傘の裏側、そこには布地を余すことなく“半裸の少女”のイラストが(えが)かれていた。

 タイトルなのかキャラクターネームなのかを示すのか。

 イラストには、小さく『聖天使アティ』と打たれている。


 見た目は普通、つまり、隠れ痛傘だ。


(さ、さ、最悪だ、フタヤ君!)


 傘を閉じるとまったく見分けがつかない仕様らしい。

 開いていても、遠目には一切分からないのが救いといえば救いかもしれないが。

 フタヤ君にとっては常備品なのかもしれないが、隣の様子を伺うと、神前さんも同じように目を丸く見開いていた。

 ちなみに、後方の生徒にも丸見えである。


 俺、まさに絶望に打ちひしがれるの図。



 一応というかもちろん、彼女には断りを入れはしたのだが、それでも一緒の傘で帰ることとなった。

 言い出した手前、断りにくかったのかもしれないが、これはこちら以上の羞恥プレイになってしまったのではなかろうか。

 律儀すぎるというのも難儀なものだ。

 しかし、一旦傘に入ってしまった後は、当の本人はさして気にしたようでもなかった。

 こちらとしては、二重の意味で心臓バクバクだったのだが……。


「あの……」


 というのは、隣を歩く神前さんのものだ。

 彼女の肩や鞄がわずかでも濡れないように、傘の比重は全力で左に傾けてある。

 こちらに右半身や鞄は凄惨な目に遭っているのは紳士の証だ。


「ど、どうしたの? もしかして、どこか濡れてる?」

「え……私は大丈夫、って。葉飼君凄い濡れてるじゃない! 葉飼君の傘なんだから――」

「問題ない!」


 思わぬ失言になってしまったが、これだけは男としては譲れない。

 そも、このシチュエーションにありついただけでも選ばれた特権なのだ。


「それで、何を言いかけたの?」

「え? えぇ……」


 まぁ、この流れでは言いにくいよなぁ。

 それでも、こちらが黙って神前さんをじっと見つめていると、


「例えば、だけど」


 やがて、ぽつりと神前さんが呟いた。


「もし、自分に誰かを助けられる力があったら、葉飼君ならどうする?」

「む?」


 もし自分に誰かを助ける力があったらどうするかって?

 そりゃ、つまり、先日のフタヤ君の一件みたいなもんだろ?


「もちろん、助けるよ。それがどうかした?」


 それを聞いた彼女は、まるで何かおかしいことでも聞いたかのように笑うのだった。


「ちょっ! そっちから聞いといて笑うなんてあんまりじゃない?」

「ごめんなさい! そうじゃないの。つい……その、嬉しくて」

「嬉しい?」

「……うん」


 神前さんが何を考えてるかなんて分からないので、ただ、ふーんって感じだった。

 でも、彼女は本当に嬉しそうに、足元まで少し軽くなって見える。


「それじゃ……私が困ってても、葉飼君は力を貸してくれるのかな?」

「そりゃあ……もちろん。うん、力になる」

「ありがと」



 そうして、岐路に差し掛かったところで、神前さんはアーケード街の方に駆け出していってしまった。

 こちらを振り向いて手を振っているので、こちらも振り返した。

 彼女がどの辺りに住んでいるのかは分からないが、時間の合う時は、こうして一緒に帰る日ができた。




 翌日――。


 学校の裏BBSには、『痛傘の勇者現る』という、まさに痛々しい名前のスレッドが画像付きで立っていた。

 おそらくは善意であろう、“二つ男”という名のハンドルネームの人が放ったフォローが、余計に痛まさを盛り立てた事件であった。



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