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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヒーロー譚

私のレッドヒーロー

作者: 秋田強首

 私のヒーローは、何度も何度も腕を振り下ろしました。

 その都度赤い液体が飛び散り、ヒーローはだんだんと赤く染まっていきました。

 最後に、床に転がった豚肉に手にした包丁を突き立てると、そのままその場に座り込みました。

 二三回深呼吸をすると、先程までの修羅のような顔を、いつもの優しい顔に戻しました。

 もう大丈夫だよと、ヒーローは言いました。


 私がヒーローと出会ったのは、晴れた日の夕方でした。その日は朝から豚の世話をしていたので、朝も昼も何も食べておらず、その前の日もご飯を貰っていなかったのでフラフラでした。コンビニに食べ物を買いに行こうと思って公園を通り抜けようとしたら、いきなり視界が黒くなりました。後で聞いたところだと、何でも真ん中でいきなり倒れて、ピクリとも動かなくなったんだそうです。たぶん、睡眠不足と栄養不足、それに疲れが重なって、貧血を起こしたんだと思います。

 目覚めると、公園のベンチで横になっていました。私の周りには、何人かの親子と、スーツを着たヒーローの彼ががいました。私がむくりと起きると、周りの人が口々に大丈夫か聞いてきました。私はとりあえず平気ですと答えて、その場から離れようとしましたが、立ち上がろうとすると再度倒れてしまいました。誰かが救急車を呼ぼうとしたのですが、そんなことをされては豚に何をされるかわからなかったので、必死になってやめてもらえるように言いました。周りの人は何かを察したのか、それ以降は何も言わず、私から離れていきました。でも、それは彼をを除いてです。

 彼は心配だからとタクシーを呼んでくれて、更にお金まで払ってくれました。私は申し訳ないと言ったのですが、女の子を助けるのはかっこいいからと言って、無理やりタクシー代を払って、公園へと戻ってしまいました。

 たぶん、この時から、私は彼に対して特別な感情を持ったんだと思います。


 次に彼にに会ったのは、意外にも次の日でした。ごみを出しに外に出たところ、アパートのごみ収集所で彼を見つけました。走り寄って行くと、彼も私に気が付いたようで、すごく驚いた顔をしてました。それが可笑しくて、笑っていたらすごく不思議そうな顔をしたんですよ。どうして笑っているんだいって。理由を言ったら少しむくれて、そんなに可笑しいかいって怒ってたっけ。

 すみません、少し脱線しましたね。それで、話をしたら、階は違ったんですけど、同じアパートに住んでたんです。すごく驚いて、それに、何というか、運命、なんていうのを感じました。

 少し話しこんだつもりだったんですが、時間が結構経っていたんです。早めに戻ってこいと豚に言われていたんで、名残惜しいんですけど、私は部屋に戻ると彼に伝えたんです。そしたら、彼はじゃあ、また今度ねと言ってごみ収集所から行こうとしたんです。その時待って、っていきなり声が出てきたんです。私も、自分の声って気がつかなかったくらい、唐突に出てきたんです。彼が再度不思議そうな顔をして首をかしげてました。私は、何回も何回もどもりながら、また、一緒に話してくれますかって、やっとの思いで言ったんです。一瞬、きょとんとした後、彼は笑って、もちろん、こちらからお願いするよって言ってくれました。

 彼と別れた後、部屋に戻ると、奥に居た豚からビールの缶を投げつけられました。なにか色々怒鳴ってましたが、いつもみたいに『世話』をしてあげたらおとなしくなりました。


 それ以降、たまに彼と会っては、お話をするようになりました。その内に、私は彼に恋をしていると、自覚しました。彼と会ったり話したりすると安心して、逆に何日も会えないと心臓がぎゅって苦しくなったんです。だから、彼の恋人になりたいと思うようになりました。

 冬が迫ったある日、いつもみたいに話をしているときに、あなたの恋人にしてくださいと、私は切り出しました。彼は一瞬固まった後、うれしそうな顔をして、30半ばの歳になって、干支が一回り半の恋人ができた!嬉しいよ!って返したんです。たぶん、冗談だと思って返事をしたんでしょう。もちろん私は本気でしたけど。

 告白した日、無理を言って彼の部屋に上げてもらいました。彼はアメリカのヒーローが好きらしくて、私はそのコレクションを見たいって言ったんです。実は、私はそういったものに興味ありませんでした。でも、好きな人を趣味は理解したいですから、彼とお話しできるように勉強したんです。ですから、最初は女の子を上げることに抵抗があった彼も、最終的に折れてくれました。

 彼が台所でお菓子とお茶を用意している間に、私は彼を喜ばせようと、見えないところで準備をして、彼のベットに潜り込みました。お盆にお茶と菓子をもってきて私を見た時、彼は不思議そうにしていました。アメコミ見に来たんじゃないのって、お盆をテーブルに置いた後、私が寝ているベットに腰を掛けました。

 そして、何か言おうとしたとき、私はベットから素早く体を起こして彼にキスをしました。彼が心底驚いて動けないうちに、私は床に彼を押し倒しました。私が何回もキスをしている内に、彼が私を引きはがしました。彼はすごく怖い顔で、何をしているんだって怒鳴りました。私は逆にきょとんとしてしまいました。だって、豚、私の父親は裸でキスをしたあと、『世話』をすると大変喜んだから。彼にそのことを伝えると、固まってしましました。彼はとにかく私に服を着るように言うので、素直に従いました。彼はしばらく深刻な顔で考え込んだあと、私に対して、君を救うよと言いました。私はその時、救うという言葉の意味が分かりませんでしたが、最初に会った時に助けてくれたことを思い、大きく頷きました。


 そのあとのことは、新聞や週刊誌でご存じだと思います。私に部屋のカギを開けさせて、そのまま、です。後から知ったことなんですが、彼は以前娘さんがいたそうで、その子、性犯罪に巻き込まれた末に殺されてしまったそうです。彼の妻も精神を病んで、飛び降りたらしく、それ以来誰でもいいから人を助けるヒーローになると決意したそうです。そこに、娘さんが生きていれば丁度同じくらいの年の私がいて、話を聞いたとき居ても立ってもいられなくなったそうです。誰かが呼んだパトカーが来るまでに、彼は笑ってヒーローにはなれなかったなってつぶやいてました。

 でも、世間や裁判所、それに彼自身が、彼を犯罪者だと言っても、私はそうは思いません。だって、彼は、私を救ってくれたヒーローなんですから。明日、出所する彼を、私は迎えに行きます。だって、どんなヒーローにも、支える相棒やヒロインは必要ですから。





 タバコの煙を吐いて、先ほどまで取材をしていた女性を思い出す。彼女は父親によって歪められ、彼女の言うヒーローによって救われ、そういった施設で矯正された。過去の事や、彼女の愛するヒーローの事で、これからも辛いことも多いだろう。だからせめて、私の書く物語では、幸せになってもらおうと思う。

 タイトルは既に決まっている。机の前に座り、万年筆のキャップを外した。そして、三マスあけて、その渾身のタイトルを書いた。

 「私のレッドヒーロー」と。


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