第十五章 ボーイ・ミーツ・オールド・ボーイ
数日後。
松吉は、担任からこう告げられた。
「満月君。理事長がお呼びだそうだ」
「理事長?」
理事長と聞いて、松吉の脳裏に浮かぶのは……そう、あの得体の知れない例の坊主。
「お帰りになられたそうだ」
「でも、どうして僕を?」
「今回のコンテストの顛末を園長と学寮長からお聞きになられ、いたく感激されたらしい。ぜひ、その生徒に直に会ってみたいと、そのように仰せなのだそうだ」
「理事長……」
しょっちゅう不在だった理事長。いよいよお出ましか。いよいよ御対面か。
松吉は、なぜか心がはやるのを覚えた。
理事長室は、学内の一番隅にあった。
「満月松吉くんだね。私が当学園理事長・第五百五十六代目弁田弁念です」
そう言って松吉に挨拶した理事長は、あの坊主とは似ても似つかない容姿だった。ロマンス・グレーとでも言うのだろうか、品の良さげな銀髪に口ひげを蓄えた、壮年の立派な紳士であった。
松吉は、やっぱりあの坊主、偽物だったのか、と思った。が、何かしっくり来ない。
それはともかくとして。
「五百五十六代目……って」
松吉の言葉に、弁念理事長が笑いながら説明する。
「いやはや。当学園は千年以上の歴史を有してるからね。最近では何代目とかいうことは、入学案内でも端折っておるが」
「それ以前に、名前に何代目とかって付くのが……違和感があるんですが……歌舞伎役者みたいですね」
理事長は笑いながら言った。
「いやはや、当学園の理事長ネームは、固定なんだよ。初代以来、理事長就任時にその名前も襲名するのです。だから私も、本名は違うんだよ」
「はあ……」
「偉大なる初代の弁田弁念に敬意を表して、常にその初心忘れるべからず、という方針なのだよ。満月くん」
松吉は、室内に掲げられた歴代理事長の肖像画に目を留めた。初代……。
「ああっ!」
一番右、「初代弁田弁念」と書かれた文字の上に……。
「坊さん!」
「初代弁田弁念」の肖像画。それは坊主だった。黒衣をまとったその姿。
もちろん、それだけなら何も驚くには当たらない。松吉が驚いたのは、そんなことじゃない。
その「初代弁田弁念」こそ、二回にわたり松吉の前に現れた、あの坊主そっくりだったからだ。
松吉の反応に、現在の弁念理事長は目を細めた。
「ほう。君も興味があるかね。そう。初代弁念は、僧侶でした」
「僧侶……」
「初代の熱烈な思いが、この学園の偉大な歴史の始まりでもあるのだよ。初代の生きた時代は今と違って、国民皆教育というようなことはなかった。そこで初代は、教育こそ人間の基。教育こそ文化の礎。そう考えられたのだね。安価で充実した教育体制を敷いて、若人たちに、身分や家柄を問わず、広く門戸を開放したのです」
そう言うと理事長は、コホンと一つ咳払い。
「もっとも、最近では当学園も受験者の人気が高まって来たので、どうしても試験のふるいにかけなくてはならない。ジレンマだと思う。本来なら、志望者は全員入学させても良いくらいだ。その辺りをいかに解決するかが、今後の課題だろうね。初代のお心、即ち初心に帰るためにも」
松吉は、肖像画に描かれた「初代弁田弁念」の顔を、じっくりと眺めた。よくよく見ると、衿のところに、懐紙のような、何か白いものが挟まっている。
「この、衿の白いのは……?」
松吉が理事長に尋ねた。
「ああ、それは度牒だね」
「度牒?」
聞き慣れない単語に、松吉は理事長に再度問う。
「僧侶の戸籍簿だよ。一種の身分証明書みたいなもんだな。記念の肖像画だから、描き加えたんだろう」
松吉は、「今日は身分を明かすものを持って来た」と言った、あの坊主の言葉を思い返しながら、肖像画を見つめ続ける。
何回見ても、同じだ。
間違いない。
(じゃ、じゃあ……)
松吉は、全身が総毛立った。
(じゃあ……あの時、俺の部屋に侵入してきて「女難の相」を告げた、あの坊さんは……あの時、植物園で「男難の相」とやらを告げた、あの坊さんは……)
松吉は確信した。したくはない。が、事実なのだから、せざるをえない。
「幽霊だアーっ!」
松吉はその場に、昏倒した。




