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第十四章 ガールズ・ミート・ボーイ

「おいっ! 君っ! 何だね、その衣装はっ!」

 舞台の袖に居た係のオッチャンが、松吉の、ボロをまとったような格好を見て難詰する。

「オッチャン! 行かせてくれ! 俺を行かせてくれ!」

 オッチャンの制止を振り切って、松吉はこけつまろびつ、舞台上に走り出た。

「!」

 審査員席、観客席、ともに一斉にどよめく。

「何だ! あの格好は!」

 観客の誰かが、舞台上の松吉の姿を見て叫ぶ。

「な、何て格好ざんしょ! 仮にも、この栄誉ある当学園のミスター・コンテストの場でありながらぁ! あああーっ! 満月さんっ! 早く舞台から降りるざんすっ! すぐにっ! 今すぐ降りなさいざんすーっ!」

 審査員席に陣取っていたチンミン女史が、松吉を激しく咎め立てる。が、松吉は気にしない。

「聞こえないんざんすかっ? 早く降りるざんすって、言ってるざんすっ!」

「ホームレスかよ! あいつ!」

 観客が笑いさんざめく。

「田舎じゃ、あんな格好してんのかな! だっせえー!」

「受け狙いのつもりかよ! パフォーマンス気取ってんじゃねえよ! バーカ」

 観客の罵倒と嘲笑が嵐のように降り注いだ。

「あーれはー、何かノー、そのー、芸術表現のつもりなのでしょかー」

 審査員席のカール大小父が、隣のメリー園長に尋ねる。園長はたじろがず、舞台の上、松吉を凝視した。

 会場内に、からかいと冷やかしの声、笑い声と口笛が響き渡る。

「静かにするざんす!」

 チンミン女史が観客席に向かってたしなめる。

「園長! この場をお収めあれ!」

 チンミン女史が、園長に収拾を着けるよう求める。

「どーなさいまーすかー、園長先生ぇー」

 カール大小父の言葉に対し、メリー園長は、

「あたくしは、信じています」

と、言いながら、舞台の松吉を見つめる。

「え、えー、それでは……エントリー・ナンバー3番、一年D組、満月松吉さん。自己PRのスピーチを、お願いいたします。どうぞ、演台へ」

 松吉、演台へと進み出る。

「エントリー・ナンバー3番。聖アンドロポフ学園高等部一年D組。満月松吉です」

「よっ! 田舎芸者!」

 観客の誰かが放ったその掛け声で、皆がドッと笑う。

「僕は……」

「おい、どうしたどうした! ちっとも聞こえねえぞ!」

 容赦なくヤジが飛ぶ。

「僕は!」

 松吉が強く発音した。

「僕は、この学園に入学して、まだ……間もないです。入学早々、便利委員に任命され、今、それをやってます。大変ですが、みんなに助けられて、何とかやってます」

「それがどうしたんだー!」

 依然、ヤジは止まらない。

「僕は、真倭市の出身じゃありません」

「くさーい田舎の、墳土村でーす」

 誰かがそう言うと、またも客席は笑う。

「そうです」

 松吉が、語気を強める。

「そうです。今、誰かが言ったけど、その通りです。牛の匂いと肥やしの匂いが、いつも漂っている。どうしようもない、糞田舎です。僕は中学まで、そこで生まれ育ちました。嫌でした。ホントに嫌だった。抜け出したかった。脱出したかった。でも、今じゃ何だか懐かしい。そんな気がしています」

「じゃあ、とっとと帰れよー」

 ヤジが飛ぶ。が、松吉は冷静な口調を保つ。

「僕は帰りません。帰れないんです。今となっては、墳土のありがたみが、痛いほど分ります。でも、そのありがたみが分ったからこそ、だからこそ、僕は帰らない。帰れない。僕はあえて、この学園で、墳土を抱えます」

 その松吉の言葉で、会場が少し静かになった。

「僕のこの衣装、どうでしょうか?」

 松吉の問い掛け。

「この衣装は、僕のために、ある人たちが拵えてくれたものです。ちょっと事情があって……こんなんになってしまったけど、それでも、僕はこれが着たかった。これを着て、ここに立ちたかった。笑いますか? おかしいですか? 僕を笑いたければ、存分に笑ってください。笑えばいい。笑いたきゃ、笑いやがれっ! でもな! この衣装だけは笑わせねえぞ! この衣装にこもった心は、絶対、絶対、絶対に笑わせねえ! 笑う奴ぁ、席を立って、ここまで来やがれ!」

 松吉の檄に、会場内は静まり返った。

「満月さん! あなた! 何てお口の悪い! お口をお慎みするざんす!」

 チンミン女史が舞台の松吉をたしなめる。メリー園長が、それを制止する。

「チンミン先生。しばし、彼の好きなように言わせてあげましょう」

「し、しかし! 園長!」

「演台に立てば、その演者の領分。外野のあたくしたちに、止める権利なし。あたくしたちは、ただ見届ける義務あるのみ」

 メリー園長の静かながらも力強い調子の言葉に、チンミン女史がすごすごと引き下がる。

 園長は舞台上の松吉を見据え、頷いた。松吉も園長を見返して、頷き返す。

「ありがとうございます。園長先生……この、俺の衣装。こんなんになっちまったけど、今、不思議です。俺、嬉しいんです。これを用意してくれた、あいつらのことを思うと、俺は、俺は、俺は! 俺! 幸せだ! 最高だあ!」

 松吉が両手を掲げて叫ぶ。ボロの衣装がビリビリっと破け、もう完全に、肌が露出されてしまっている。

「この衣装には、あいつらの真心が、こもってるんだあーっ! だから俺は、これを着てるんだあーっ! 文句あっかーっ!」

 松吉は叫ぶ。ありったけの声を上げ、叫ぶ。

「見てるかーっ! みんなーっ!」

 松吉が呼び掛ける。

「まりん! 見てるかーっ!」

「見てるよ! お兄ちゃん!」

「梅乃! 見てるかーっ!」

「見てるでぇ! 目ぇかっぽじってなあ!」

「茂菜香! 見てるかーっ!」

「見てますわ! 目を逸らさずに!」

「火魅子! 見てるかーっ!」

「見てやってるさ! バッチリとなぁ!」

「みどり! 見てるかーっ!」

「見てる……わたし……見てる……信じてるから……信じてたから……見てる……見てるわ! わたし! 見てる! 見てる! ずっと! ずっと見てたから! これからも、見てるから! ずっと! ずっと! ずっと! これからもずっと!」

 松吉、それらに謝意を表す。

「ありがとう! ありがとう! 最高だぁ! おめえら! 最高だアー!」

 松吉は、一際声を張り上げる。

「不肖、この満月松吉ぃ!」

 一瞬の間。

「満月松吉は! 男でござるぅーっ!」

 その時。

「男難の相、消え失せたり!」

 松吉の耳に、誰かのそんな声が聞こえたような気がした。誰かは分らない。

 会場内に、割れるような拍手と歓声が渦巻く。

 会場の袖からそれを見つめる者がいる。その者はカーテンの端を、ぎゅっと握り締めた。


「発表します!」

 司会者の声が響く。固唾を飲む会場。

「優勝は……三年G組、十宮鷹さんに決定いたしましたあー!」

 拍手と歓声が響く。会場の袖の松吉もそれに合わせて、拍手をする。

「おめでとうございます。十宮さん」

 松吉は、横に居る十宮に祝福の言葉を述べた。が……。

「もらえない」

「え?」

 十宮は、松吉を見据える。

「僕は、もらえない」

「どうして……?」

「君のだ。あれは。僕は負けた。完敗だ」

 そう言うと十宮は、どこかに駆け去って行ってしまった。

「どうやら、あいつにも良心ってもんが、ちょっとはあったようだな」

 いつの間に現れたのか、火魅子が松吉の肩を叩く。

「本来なら、フクロにしてやりてえところだけどよ」

 そんな火魅子に、松吉は言う。

「十宮さんも、俺と同じだ。いや、俺なんかと一緒にしたら迷惑かも知れないけど、あの人はあの人なりに、とても苦しかったんでしょうね」

 結局、その年度は優勝者なしとなった。


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