008 猫耳と妖精と
「ありがとうございま、――熊切さん? 三島くんも?」
部屋――病室に入ってきた猫人は挨拶もそこそこに凍りつく(フリーズ)。
黒い短髪とそこから覗く同色の毛に覆われたネコミミ。グラデーションの無い同じく黒い瞳からは上位種の草原猫人で無いことがうかがえる。角度のせいで見づらいけれど、服の影から見えるこれまた黒いしっぽはぴーんと立っている。
それに対して、お兄さんの方は普通である。すっきりとした黒髪に黒、いや焦茶色の目。細身で鍛えているのはわかるけど、それでも十中八九同類ではない。ただの付き添いだろう。
猫の人の方は、ぼくのベッドの傍に立っている二人と知り合いなのだろう。ぼくも知っているひとかもしれないけれど、見た目が変わっているせいか名前ぐらいしか--名前?
「クランベリー、さんって、もしかして、最近妖精郷始めたばっかりだったり、します?」
「えっ、そうですけど、あなたは?」
もしおれの知ってるクランベリーさんだとちょっと気まずいかも。いくら謝ったとはいえ、あれ? 謝ったっけ? 気を失う直前の記憶が怪しい。“クランベリー”って名前の人はあの人以外知らないのはきっちり覚えてるけど。
「るなです。ひらがなで“るな”」
「るな、さん……ってふえっ?!」
「美登、じゃなくてクランベリー、知り合いか?」
「えっ、えっとパーティ組んでくれた人! スッゴく強くてかっこよかった!」
いきなりこれはハズい。
「えっ、と、ありがとう、ございます……?」
「すっごく強いって、……るなちゃん、きさま、やりこんでるな!」
「三島それ言いたかっただけだろ」
「てへべろ」
「てへべ(、)ろ?!」
なにそれきもい。
「ところで、そのスッゴく強いらしいるなちゃん? お勉強は大丈夫なの?」
「一応言っとくけど、勉強優先だったからな? 宿題とかちゃんと終わらせてからやってたからな?」
「過去形、か……」
「おいこら」
「青木さん……? 青木って」
三島とバカ話をしているおれ、いや、おれの横のネームプレートを見てクランベリーさんがつぶやく。知っていないでください。
「青木翔くん……?」
知ってた。
「えっと、誰です? 知り合いですか?」
「あっ、水橋です。玄冬高校二年一組担任、水橋美登里です」
「たんにん。……担任?!」
生まれて初めての二度見は、先生でした。
「水橋さん、ベッドの用意ができましたよぅ。……あと、会話は自由ですけど、あまり大声は出さないでくださいねぇ」
そして、それら一切を無視して切り込んでくる看護士さん。この人、地味に大物かもしれない。