003 望まない再会
一度ルーチンワークが崩れると立て直すのが難しい
「まず説明させていただきますと、昨夜から、とあるネットゲームをしていたとされる人達が元々と違う姿になって倒れていた、ということです」
わかりやすい。
確かに鏡で見る限り、ぼくは妖精郷のおれである。
「そして、この場で聞くのはマナー違反ですが時間も場所も押しているので特に問題がなければ今この場で答えてほしいのですが、……あなたの元々の名前と、ゲームで使っていた名前と種族を教えていただけますか?」
「えっと、それは本人確認ですか?」
「はい。姿かたちが変わっている以上本人と示せるものは少ないので。
ああ、理由があってこの場で答えたくないと言うなら別の場所で答えてもらっても大丈夫ですし、そもそも答えなくても構いません。但しその場合は保険は効きませんが」
え、恥ずかしい。
のに、お母さんのプレッシャーがやばい。
「わかりました。名前は青木翔です。……ゲームでのキャラ名は」
「え、青木?」
なんか傍から割り込みかけられた。
「お兄、ナンパ?」
「いきなり何言ってんのこの妹は!」
その割り込み野郎はその傍のベッド上の妖精と話している。
赤い短髪と赤、じゃなくてピンク?の目の妖精。黒髪黒目の日本人の隣に居ても素晴らしい。たとえ三白眼でも。
それはそうと誰だっけ?……どっかで見たことあるような……玄冬高校の制服なら……あっ
「三島、……えーと、葵?」
「そうそう。やっぱり青木か」
そうだこいつクラスメイ、ト……
「きのせいじゃないですかほらあかのたにんとか」
「いや誤魔化せてねーから」
ですよねー
「で、お兄? ナンパ? ロリコン?」
「違ーよ、こいつクラスメートなんだよ。むしろロリコンはこいつ」
「ロリコンじゃねーよっ! 妖精が好きなだけっ! ……って、何言わせんだよ!」
「青木、ここ病院だから静かに」
「うぎぎ」
「そ、そうだ私も妖精が好きなだ」
「おとうさん?」「あなた?」
「ごめんなさい」
そして唐突に繰り広げられる三人目の妖精……いや、原初妖精を含む会話。
妖精郷――フェアリーランド・オンラインでは複数の種族があり、プレイヤーが選択できる種族にはそれぞれ上位種と呼ばれる種族がある。
妖精、竜人、森人、普人、猫人、狐人、掘人。
そして、それぞれの上位種、原初妖精、古代竜人、緑精森人、帝王普人、草原猫人、銀雪狐人、結晶掘人。
上位種には、一度以上転生システムを使用しなければ成れず、また上位種には瞳がグラデーションになる、という特徴がある。
瞳以外の明確な違い、というものはなく、これがまたパソコンの画面では慣れないと判別中に画面に顔が近付き、目がよるのだ。
つまり、ぼくよりも重症っぽいこの妖精は、昨日今日始めたばかりの初心者ではない。
ぼくには全く関係の無い話だが。
うなだれる妖精もそれはそれでいい。
「翔? 楽しくお話ししてるとこ悪いんだけど、先にこっちのお話終わらせちゃってもいいかしら?」
お母さんのこと忘れてた。
あ、凄い威圧感。笑顔なのに。
「え、あ、えっと、キャラ名は『るな』、原初妖精です」
「青木翔さん、もしくはるなさん、ですね?」
「はい」
「わかりました。今のところは特に命に関わりそうな病気や怪我は見当たらないのでしばらく安静にしてください」
「あ、はい」
そして、看護師さんはおもむろに立ち上がった。
「はい、みなさん聞いてください」
部屋中の視線を独り占めしたことを確認して、看護師さんは続けた。
「皆さんも色々困っているでしょうけど、それに合わせて政府とか、役人とかも困っているようなんです。
それで今回、護衛として、何人か自衛隊の方が来ちゃいました。入ってきてください」
ぼくのベッドの傍にいる看護師さんに呼ばれて入ってくる緑服。
「只今ご紹介に預かりました――」
固い言葉をぼくなりに要約すると、まず、ぼくを含む今回の事件の被害者を暫定的に『変化者』と呼ぶ、と決まった。
日本中でこのようなことが起こっているため、『変化者』をなるべく大きな病院に集め、簡単な身体測定等の情報収集を行う。
また、どのような事態の推移を見せるか不明なため、護衛兼監視を配置。
――Q、一部屋二人ずつですか? A、定時に『変化者』の居る部屋を巡回する程度。但し、病院の出入り等も監視している
基本的な情報収集が終われば、望むならばそれなりの施設に移ってより細かい情報収集を行う。
――Q、モルモットってことですか A、俗な言い方をすればそうなる
望まないならば学生ならば寮のある学校に移れば引き続き学生として勉学に励める。
――Q、施設に行った場合勉強は? A、もちろん勉強してもらう
それ以外の職業の方は現在検討中とのこと。
――Q、何故学生以外が一纏めなのか A、働く場所や内容がバラバラ過ぎるため護衛兼監視を配置しきれない。とりあえず、学校関係者は学生と似た扱いになるかも
そんな感じで語った後、緑服の二人は敬礼して出て行った。
「それでは、みなさん。退屈かもしれませんが、ここは病院ですので、マナーと節度を守ってくださいね。
トイレやお風呂、その他分からないこと等あればナースコールを押してください。
分かりましたね? レノンさん、るなさん」
さっきのお母さんと同じくらいの威圧を感じた。
思わずうなずいてしまった。
重症の妖精もうなずいている。
……きっと、ネカマに対して威圧しているのだろう。
ぼく達がうなずいたのを見て、看護師も出て行こうとして、直ぐに足を止めた。
「あっと、るなさん、鏡、返していただけますか?」
おおっと、忘れてた。