バイバイ、のあとで
コカゲが人間界へ続くトビラの前に立つと、アオリが声をかけてきた。
「コカゲさん。また何かあったら、アイカギ作ってもらってもいいですか?」
アオリは不器用に微笑む。
・・・コカゲはそれに、振り返った。
「あっそれで思い出した。今回の料金は、出張代とアイカギ代で・・・」
「えぇ!?」
「・・・うそだよ。今回は、もとはと言えば母さんのせいだしね。何もとらないよ」
コカゲはクスリと笑う。
仕事ができなかったことは残念だが、これはこれでよかった、コカゲはそう感じていた。
「びっくりしたじゃないですか・・・」
アオリは苦笑いを浮かべ、安堵の溜息をつく。
コカゲはそんなアオリに背を向けると、トビラのカギ穴にカギを差し込みそれを開ける。そして・・・取っ手に手をかけた。
「じゃぁ、バイバイ」
「・・・また、お礼に伺わせてくださいね。コカゲさん」
「・・・うん」
コカゲは肩越しに振り返り、微笑んでみせる。
・・・このトビラから、人間界へ戻ったら、もうこの世界にはくることは難しいだろう。
もし、次会うとしたら、アオリが「コカゲに会いに行こう」と思ったときだけ。
(・・・そんなに期待しないで、待ってるよ)
そして、コカゲはトビラを開けた。
一歩、二歩、足を踏み出す。
・・・振り返ったときには、もうそこにトビラはなかった。
コカゲの周りに広がるのは、見慣れた景色。
・・・自分の店のなかだ。
コカゲはその時初めて、少しだけ寂しさを覚えた。
(また会いに来てって・・・言えばよかったかもね)
アオリたちの生きる世界は、自分の手の届くところには、もうなくなってしまった。
そんな状態が長く続けば、まるでそれは夢のなかの出来事のように、曖昧で脆い記憶になってしまうだろう。
その時、カランコロンと呼び鈴がなる。
「コカゲちゃん!」
ドアの前にはコヨミが立っていた。
「あっコヨミ。どうしたの?」
コヨミは、今にも泣き出しそうな顔でコカゲのもとに駆け寄ってきて、
「ううん。何でもない。ただね、コカゲちゃんにまた会えて、嬉しかったの」
幸せそうに微笑んだ。
「・・・はは。わたしもだよ。コヨミ」
コヨミの言葉はいつも率直で、だから、ほっとした。
「あっコカゲちゃん。肩に何かついてるよ」
「?」
コヨミはそれを手に取り、コカゲに見せる。
──それは、一枚の空色の羽。
「─・・・」
コカゲはそれをコヨミから受け取る。そして、微笑んだ。
本当の気持ちは、その想いが強いほど言葉にできない。
その応えを知るのが、怖くて。不安で・・・・。
けれど、ホントウを言葉にしたとき、きっとそれは・・・強い繋がりに変わるんだ。
end...




