第5話「心のトビラ」
「やっぱりわたしも一緒に行けばよかったかなー」
コカゲは、さっきまでアオリが座っていた席を見ると、小さく溜息をつく。
アオリのように必死になれないコカゲが、やるきになるのはいつも少したってからだ。
こんな状態だけど、アオリのことが心配じゃないというのは、嘘になる。
(・・でも、母さんが用事あるのはきっとわたしだし)
アオリがどうこうされることは多分、ないだろう。
(・・・っていうか、アオリがいなくちゃここ動けないんだよね)
ここの喫茶店の出入り口は、アストの家同様、地面から遠く離れたところにある。
もしそのことを忘れて外に出てしまったら、自分は地面に真っ逆さまだ。
(それだけは勘弁・・・)
そのとき、景色の真ん中を銀色の羽を持った人がユラユラと飛んで行くが見えた。
「あっ・・・」
(もしかして、あの子って・・・)
コカゲはすばやく席から立ち上がると、横を通った店員に食事代を手渡し、出入り口に向かう。そして、ドアを開けると叫んだ。
「アストくん!!」
・・・・が気付かない。そして、もう一度、身を乗り出して叫んだ。
「アストくん!!」
とその時、足を滑らせる。
「!!──っ」
羽を持たないコカゲは、そのまま外へ投げ出された。
一瞬、景色がスローモーションになったかと思うと、コカゲは重力のまま地面へ向かって落下する。
「!!」
その時、コカゲの手首を掴みそれを止めた人物がいた。
「あぶねーな!!アイカギ屋!!」
彼―アストは、そう言いながらも微笑んだ。
「あっありがと。アストくん」
コカゲが、そうお礼を言っている間にも、コカゲとアストはゆっくりと地面に降下していく。・・・そして、地面に足をついた。
アストもコカゲの隣に、ふわりと着地する。
「あんたには羽がないんだから、あまり地上から離れるなよっ」
「うん─・・・」
(銀色の羽・・・・)
今のアストの羽色は、さっきまでの黒色じゃなかった。
それに、雰囲気もさっきまでとはと違い、穏やかになった気がする。
コカゲは試しに訊いてみることにした。
「・・・わたしとアオリが今日、アストくんの家に行ったこと覚えてる?」
「あぁ。・・・つーか何でそんなこときくんだよ?」
「じゃぁ、わたしたちにカッターを投げつけたことは?」
その言葉に、アストの表情がわずかに動いた。そして、苦笑いを浮かべる。
「ごめんなー。本気で投げたわけじゃなかったんだよ!ごめん!ほんとに」
「─・・・」
コカゲは寒気がした。
アストの浮かべた笑顔を見て。
これは笑顔と言える代物ではない。
・・・ただの作りもの。まるで、表情がずっと変わらないお面をみているようだ。
「気持ち悪い・・・」
「は?」
「アストくんの笑顔、気持ち悪いよ。・・・ホントウを無くした顔で笑わないで」
コカゲはアストをじっと見据える。
アストはただただ驚いた様子で、黙りこくっていた。
「何なんだよ?ホントウって。変なこと言うんだなー」
アストはまた、笑顔のお面で笑う。
「──・・・アストくん。わたしに、ホントウを教えて」
コカゲは、そう呟くと手の中に白色のカギを現した。
そして、アストの手を取る。が、強い力で振りほどかれた。
「!」
「やめてくれよ!・・・もうオレは、嫌なんだよ。・・・あいつのカギを受け取ってから、自分の感情がおさえきなれなくなった。ダメだって思っても、口が勝手に動いちまうんだ・・・。
やっと落ち着いてきたのに、もうそうなるのは御免だ」
アストは困ったように、また笑う。
「わたしはそんなことには興味ない。・・・ただ、その気持ち悪い笑顔をはぎ取りたいだけ。・・・大丈夫だから」
コカゲは微笑みを浮かべてアストを見据えた。
「・・・」
コカゲは静かにアストの手をとる。・・・そして、その掌の上にカギをそっと乗せた。
・・・ゆっくりと開く、心の扉。
その中に押し込まれた、感情がパラパラと溢れだす。
その時一筋の涙が、アストの頬を伝った。
「っ・・・・──どうして誰も、オレの気持ちを分かってくれないんだっ!」
アストは、唇をギュッと噛みしめ涙を拭う。
「・・・分かってくれないんじゃなくて、アストくんが隠してただけなんじゃない」
コカゲは呟くように言った。
「・・・オレは本当の気持ちも応えも、笑顔と嘘の言葉でごまかしてた。・・・怖いんだよな。今さら、自分の本当の感情を表にだすのが。だって、そんなことしたら、みんなにひかれるだろ。だから、別にいいんだよ。このままで」
「本当に?そんなことしてて辛くないの?」
「・・・すごく辛い。理解してくれない奴らに、怒りさえ湧いてくるほどにな」
「それは間違ってる。怒りたくなるのは、相手の方。どうして信じてあげられないの?・・・──アオリのことを」
「オレは、信じてるよ。アオリを疑ったことなんてないさ」
「じゃぁ、どうして怖がるの?本当の感情をだすことを。さっき、アオリのことを信じてるっていうのは嘘なわけ?」
「ちがう!!」
アストは大きく目を見開いた。
そのまっすぐな瞳は、コカゲを見据える。
・・・コカゲは、小さく笑った。
「じゃぁ、信じてみてよ。・・・・─きっと大丈夫だから」
「──・・・・そう・・・だな」
長い沈黙のあと、アストの口からこぼれおちた言葉は、それだった。
・・・アストは安心したように微笑む。
コカゲは、ニッコリと笑った。
コカゲは近くに合った、木の幹に腰かけると一息ついた。
「そういえばアオリに会わなかった?アストくんのこと探しにいったんだけど」
アストはコカゲの横に立ち、わずかに眉を寄せた。
「・・・少し前に会ったんだけどな、アオリの奴、何か思い出したようにどっかに行っちまったんだよ」
「・・・ふーん。もしかして、アオリが傷つくようなこと言っちゃった?」
コカゲはニヤリとする。
アストはとてもショックを受けたらしく、
「・・・・そうなんだよ!言っちまったんだよ!!どうしてあんなこと言ったのか、全く理解できない!ほんとに!!」
「まぁー・・・そんなに大丈夫なんじゃない?」
「オレはそんなにお気楽に考えられねーよぉ!ほんとに!」
「じゃぁ、探しに行こうか。アオリのこと」
コカゲは、そう言いながらゆっくりと立ちあがった。
・・・今度は後悔しないように。
「おうっ」
アストは微笑んで、大きく頷いた。
「コカゲさん、アスト!こんなところにいたんですね。探しましたよ!」
二人が同時に振り返ると、そこにはいつの間にかアオリがいた。
探す手間が省けたことにコカゲは内心でほっとすると、言う。
「わたしたちも、アオリのこと探しに行こうとしてたところだったんだよ」
「アオリ・・・!」
アストは、わずかに不安そうな表情を浮かべてアオリを見た。
アオリは二人に歩み寄る。
・・・そのとき、アストが表情を引き締め口を開いた。
「アオリ・・・ほんとうにごめん。オレ、ひどいことばかり言っちまったな」
「・・・」
アオリは雲のかかった表情でアストを見る。
アオリが口を開いたその瞬間・・・
「母さん。アオリの扉から今すぐでてきて!」
コカゲは、そう強く言い放った。
「アイカギ屋、一体、何言ってんだよ?」
「いいから。・・・今のアオリに何を言っても無駄。だから、黙ってて」
アストは一瞬、不服そうな表情を浮かべたが、コカゲの真剣な雰囲気を感じたのかその後は何も言い返さなかった。
アオリは一瞬、目を丸くしたかと思うと苦笑する。
「コカゲさん。どうしたんですか?珍しく、必死な顔してますね」
「・・・」
「でも、よかったです!アストがもとに戻ったみたいで。カッターを投げつけられたときは、ほんとにびっくりしたんですからね!」
アオリはアストに向かってそう言うと、微笑んだ。
「アオリ・・・・」
アストは、わずかに表情を緩めてそう呟く。そして、コカゲの方へ視線を戻した。
「コカゲさん・・・」
「わたしはだまされないから。いいかげん、アオリのまねをして話すのやめてよ」
その言葉に、アオリは表情を歪めた。
「悲しいです。コカゲさんは僕のこと、信じてくれないんですか?」
「そーだよ、アイカギ屋!・・・・アオリがここまで言ってるんだぞ!?」
「─・・・わたしは、信じない」
この言葉に、アオリとアストは目を見開く。
「もうだまされない。・・・わたしは、そう決めたんだから」
コカゲはその意思を強くもって、アオリのことを見据えた。
「──・・・」
アオリはゆっくりと、コカゲに歩み寄る。
「!」
コカゲは思わず体を硬直させた。
すると、アオリはコカゲの体を自分の方へ抱き寄せた。
「僕のこと信じてください。コカゲさん」
「──・・・」
「・・・・」
コカゲは、アオリの腕の中でクスリと笑う。
「はは。母さん。アオリがこんなこと、するわけないよ」
「・・・残念だわー。こうでもすれば、コカゲのことをおとせると思ったのに」
コカゲはその言葉と同時に、アオリの腕を振り払って、一歩後ろへ飛びのいた。
「ま・・まさか、あのアオリがこんな大胆なことするとはっ・・・!!」
アストが目をパチクリさせて、コカゲとアオリを交互に見る。
「・・・よく見てよ」
コカゲがそう呟くと、アオリの背後にトビラが現れた。その前に立っている女性は・・・間違いなくわたしの母さんだ。
母─セツナはゆっくりと微笑み言った。
「コカゲ。会いたかったわ」
「母さん。今すぐ、アオリのトビラからでてってくれない?すごく迷惑だから」
「あらー。いつもにもまして、冷たいんじゃない」
セツナは困ったような仕草でそう言うと、ふわりとコカゲの前に足をついた。
「でも、母さん、これぐらいのことじゃコカゲのこと、嫌いになったりしないわよ。だから、安心してね」
「・・・」
コカゲはただ、セツナのことを睨みつける。
「おいっアオリ。どうしたんだよ?あの女に何かされたのか?」
その声の方に目を向けると、アストはいつの間にかアオリの近くにいた。
アオリは、アストに声をかけられても反応を示さず、瞳を伏せている。
そして、瞼を持ち上げるとアストを刺すような瞳で見据えた。
「もう僕に話しかけないでください。もう嫌になったんです。アストと友だちでいるのが」
「!!・・・」
アストはショックを受けたように、目を見開く。
その光景を見て、コカゲは小さく舌打ちをした。
(黙っててって言ったのに・・・)
セツナに心のトビラを支配されてしまうと、その人は心にもないことを言ってしまう。本当はではないのに、自分の言葉や行動をとめることができないのだ。
そして、セツナに逆らう心は消され、彼女の指示で、どんなことでもしてしまう。
・・・かつての自分のように。
「あらー面白そうね」
セツナは、クスクス笑いながら、二人の隣へ移動して、手の中に何かを現した。そして、アオリの耳元で囁く。
「アストの銀色の羽は、別の世界で高く売れそうだわ。これを使ってはぎ取ってくれないかしら?」
「わかりました。僕にやらせてください」
アオリは何の躊躇いもなく、セツナから大きな刃を受け取る。
コカゲはその光景を見て、とっさに叫んだ。
「アストくん!逃げて!!今のアオリには何を言っても無駄だから」
「!!─・・・」
アストは苦しそうに表情を歪めると、銀色の羽でふわりと空中に浮き上がる。そして、一瞬のうちに空へ舞い上がった。
「逃がしませんよ」
アオリは黒く染まってしまった羽をはばたかせると、アストのことを追ってコカゲの視界から瞬く間に消えた。
地上に残されたのは、コカゲとセツナだけ・・・。
「相変わらず、サイテーだね。母さん」
コカゲは、乾いた笑いをこぼして言った。
「あら、面白くなーい?友だち同士の対決」
セツナは口元をつりあげる。
「全然」
「親子でも気が合わないことってあるのねー。母さん、悲しいわ」
セツナはわざとらしい溜息をついた。
「アオリのトビラから出てってよ。今すぐに」
「二人の対決を見届けてからじゃダメかしら?」
「今すぐにだよ!母さん!」
コカゲは必死だった。
いくら、あやつられていると知っていても、そんなことされたら、二人の関係に大きな傷跡を残す。
一人一人の心も、二人の友情も、もとに戻すことはできなくなるだろう。
アオリも、アストも、重くて冷たい記憶を背負って生きていくことになってしまう。
(そんなこと、絶対にさせない・・・)
「・・・コカゲがそこまで言うなら仕方ないわねー。母さん、アオリのトビラから出てってあげる」
セツナは溜息混じりにそう呟く。
「・・・」
「でもその代り、コカゲのトビラに入っていいわよね?」
「!・・・」
コカゲはその言葉に、思わずゾクリとした。
そして、自分の首にかかった鍵のネックレスをギュッと握りしめる。
──このネックレスは、ただの飾りではない。
この鍵は、コカゲ自身の心の合鍵。
この鍵は、母さんには絶対につくれない。そして、コカゲ自身にももう、作れない。
カギの能力者の心のトビラは特別で、そうそう簡単に合鍵はつくれないのだ。
「ねぇコカゲ。母さんに、このアイカギ使わせて?」
セツナは、カギを握りしめているコカゲの手の上に自分の掌をかぶせて、コカゲの手を包み込んだ。
・・・人の体温を感じた。
この人間らしい感情を持っていない母親も、人らしいところはあるのだと、コカゲは心の中で感心してみる。
セツナはコカゲに寄り添うようにして、立つと言った。
「母さんの大事な娘は、コカゲとコヨミだけよ。でもね、コヨミは昔から母さんのことがあまり好きじゃなかったみたい。どうしてかしら?」
「コヨミはわたしと違って優しい子なの。コヨミの繊細な心は、母さんの行為に耐えられなくて当たり前だよ」
「あら、じゃぁ・・・・」
「言っとくけど、わたし、ずっと我慢してきたんだよ。何でもないふりしてた、母さんのまえではね」
セツナは、コカゲのその言葉に幸せそうに微笑む。そして言った。
「・・・──母さんはね、そんなコカゲが大好きなのよ」
時は少しさかのぼり・・・
「おい!アオリ!!目を覚ませって!!ほんとに!!」
アストは、刃を持ってこちらに向かってくるアオリに必死にそう叫んだ。
しかし、その叫びをアオリが聞いている様子は全くと言っていいほどない。
(一体、どうすりゃいいんだ・・・!!)
アストは、必死に逃げるなかで、頭も必死に回転させ考える。
・・・このまま、逃げていてもどうにもできないことは確かだ。
やっぱり、アオリと向かい合って説得させる他ない。
アストは覚悟をきめて、逃げることをやめるとアオリに向き直った。
「・・・アオリ!!」
アオリは勢いを緩めることなく、アストに向かってくる。そして、そのままの勢いで首元を掴まれると後ろにある木の幹に、押さえつけられた。
「っ・・・!」
アストは思わぬ衝撃に、顔を歪める。
その時、一瞬だけアオリの表情が動いた・・・気がした。
がそう思ったのもつかの間、アオリは刃を高く振り上げた。
「アオリ!やめてくれ!!」
アストが叫んだその瞬間、アオリの手の動きがピタリと止まる。そして、それと同時にアオリの目から涙がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい。アスト。・・・僕にはどうすることもできないんです」
アオリは無表情だったが、確かにそう言った。
「!・・・アオリ」
(・・・今のアオリに何を言っても無駄・・・本当かよ?アイカギ屋)
アストはその隙をついて、アオリの手からすばやく逃れた。
「じっとしていて下さい。アスト。そうしてくれないと困るんです」
アオリはさっきのことはなかったように、淡々とそう口にする。
「じっと何かしてられっかよ・・・」
アオリはまた刃を振り上げた。
「!!」
アストは反射的にそれを避ける。が、休む暇なくアオリは刃を突き刺してきた。
「!」
その刃の先端は羽に突き刺さり、怯んだアストは、そのまま木の幹に押さえつけられた。
・・・このアオリの手が上か下に動けば、アストの羽は意図も簡単にはぎ取られてしまうだろう。
そうしたら、羽を失った自分は地面に真っ逆さまだ。
しかし、アストは微笑む。
「・・・気にすんなって。アオリ!!オレは今のお前に何を言われても、何をされても、何にもに気ならないからなっ」
アオリは刃を握る手に力を込め、表情に影を落とした。
「──いつもアストはそうです。笑ってごまかして、僕に本当のことを言ってくれません・・・・本当のこと教えて下さいよ。アスト」
アオリの鋭い瞳は、アストを見ていた。しかし、そこにはどこか不安感が入り混じっているように感じる。
「っ・・・・確かに、お前に友だちでいるのが嫌だ、って言われたときはショックだった。それに、こうして刃を向けられることもすごく嫌だし、怖い!!でもな、そのことはアオリの本心じゃないって知ってっからっ・・・!!だから、笑って許す、オレはそう言ったんだよ!!」
アオリの瞳が大きく開かれる。・・・そして、刃を握る手が緩んだ。
「手離してよ。母さん」
コカゲは自分の心の合鍵を守っている手に力を込めた。
しかし、セツナはコカゲの手から自分の手を離そうとしない。
「コカゲ。諦めなさい。母さんとコカゲはどんなときでも繋がってるの。それが親子というものだわ」
セツナはコカゲの耳元で囁く。
「血の繋がりがなに?何を諦めろっていうの?わたしはわたし。もう母さんのものにはならないから」
「聞きわけの悪い子ね。コカゲ・・・」
その時、セツナの手の中に刃が姿を現した。アオリに手渡したものと同じデザインの大きな刃。
「!・・・」
コカゲは思わず後ずさる。
そして、セツナは刃を大きく振り上げた。
「!!─」
それはコカゲの手をめがけて振り下ろされる。
咄嗟に手を離すと、その刃はカギと紐を繋ぎとめている鎖の輪っかを切り裂いた。
コカゲの首から離れるアイカギ。それは、空中に飛び出すと、吸い込まれるようにセツナの手の中に落ちていく。
が、カギがセツナの手に触れたその瞬間、バチリと電気のようなものが走った。
「!!」
そのアイカギは、フワフワと空中を漂うと、胸の前に差し出されたコカゲの手の中に戻ってきた。
コカゲは呟く。
「ある異世界の魔法使いに、魔法をかけてもらったんだよ。このアイカギが、わたし以外の人の手を拒否する魔法をね」
「・・・」
セツナは、その言葉を聞いても口元から笑みを消さない。
コカゲは言葉を続ける。
「・・・でも、その魔法は完全じゃなくて、わたしがある言葉を口にすると解けるちゃうんだよね。・・・母さん、分かる?それがどんな言葉か」
コカゲは小さく笑った。
そんな条件があったとしても、この魔法は絶対に解けないだろうとコカゲは思う。
だってその言葉は・・・・
「きっと、母さんが一番わたしに言ってもらいたい言葉」
セツナはそれに小さく溜息をつく。すると、手の中にある刃は煙のようになってきえた。
「残念だわ。コカゲ。・・・でも、人の心は絶えず変わっていくものなのよ。・・・けれど、コカゲは変わっていくことに気付かないでしょうね」
セツナは、謎めいた笑みを浮かべると、また微笑んだ。
その表情には、悔しさや悲しさは、ひとカケラもなくまるで何かを期待しているような表情だ。
「あっ・・・二人の決着がついたみたいだよ」
コカゲのその言葉とほぼ同時に、空色の羽を持ったアオリと、銀色の羽を持ったアストがコカゲの隣にふわりと足をついた。
セツナはそんな二人を見て、
「─あら。トビラから追い出されちゃったみたいね。もっと強く暗示をかけておくべきだったかしらー。楽しみにしてたのに、残念だわ」
「─・・・」
「・・・でもね、コカゲ。これだけは覚えておいて」
セツナこちらに歩みよると、コカゲの背中にそっと手を回す。そして、コカゲの額に軽くキスをし囁いた。
「・・・母さん、コカゲのことが大好きだから」
「・・・・」
セツナは静かに微笑む。
その瞬間、彼女の後ろにトビラが音もなく現れた。
セツナはコカゲから名残惜しそうに離れると、そのトビラの取っ手に手をかけそれを開いた。
・・・そして、彼女の姿はトビラの向こうへ消えていった。
「アイカギ屋のお母さんって・・・・若っ!!」
「アオリ、気分はどう?」
コカゲはアストの叫びは無視して、アオリにそう問いかけた。
「・・・はい。大丈夫です」
アオリは困ったように微笑む。
「アストの言葉で、目が覚めました」
アオリがアストへ目を向けると、アストはニカっと笑った。
「・・・そう。よかった」
(母さんのせいで、二人には嫌な思いさせたかもね・・・)
コカゲは少し、後悔した。
あのとき、自分がアオリのことをすぐに追いかけてれば、こんな事態には発展しなかったのに。
「それにしても、安心しました!」
「は?何がだよ?」
アストは、突然そう言ったアオリの言葉に眉を寄せる。
「大変なめにあったことは確かですけど・・・・アストのこと、前よりもっと理解できた気がします」
アストはそれに少しだけ驚いたように、目を見開いた。
「・・・おぅ!オレもだ」
「・・・はは」
コカゲも少しだけ笑うことができていた。
「あっ・・・アストももとに戻ってくれましたし・・・やっぱりコカゲさんのアイカギのお陰ですよね?」
「わたしは、少し手伝っただけだよ」
コカゲは、それと同時に踵を返し、微笑む。
「・・・じゃぁ、わたしはこれで」