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第3話「支配されたトビラ」






「アストがあんなことするなんておかしすぎます!絶対変です!!」

 アオリはテーブルをバシバシと叩きながら、そう怒鳴る。

 ・・・コカゲとアオリは、街中の喫茶店にきていた。

 ゆっくりと話をするには、こういうところが最適だと思ったし、それにお腹もすいた。

 そいうわけで、コカゲとアオリはここにいる。

 ガラス張りされている壁から見える景色は、とても広々としていて眺めがよかった。

 コカゲは、さっき届けられたばかりのサンドイッチを頬張って、

「確かに、人にカッターを投げつけるなんて普通はしないよね」

「でしょう!?やっぱり、心のトビラがあいていたことが原因なんでしょうか?」

「・・・」

 コカゲは、サンドイッチを食べ終えると一緒に注文した、ミルクティーを一口すすり、コースターの上にコトリと乗せる。そして、言った。

「アストくんは、ホントウを無くしちゃったみたいだね」

「・・・?」

「だから、母さんに目をつけられちゃったんだね~。あっ・・・アストくんの心の扉を開けたのは、わたしの母さんだよ」

「えぇっ!?・・・コカゲさんのお母さんもカギの能力者だったんですか」

 アオリは大きく目を見開く。

 コカゲはそれに、淡々と言葉を返した。

「そう。あ、でも、わたしよりその能力はとても強いの。・・・例えば、心の扉を開けた人のことを自分の思い通りに動かすことができることとか」

「!!・・・じゃぁ、アストはコカゲさんのお母さんに操られたってことですか!?一体、何のために・・・?」

「・・・わたしだって、そんなこと分からないよ。・・・でも、父さんの能力を使っていつまでも若さを保ってる人だからねー。きっとろくなこと考えてないだろうけど」

 コカゲは、深い溜息をついた。

 ・・・そう、自分の母親のセツナはカギの能力を使って、好き勝手やっている。その行動は、自分にも理解できない。・・・いや、理解したくない。

 あの人のことだから、ただのお遊びかもしれないし・・・・もしかしたら・・・

(わたしのことを探してるのかもね)

 アイカギの能力を必要とする条件をわざと作って、わたしのことをおびき寄せている。

 母さんから逃げてきたわたしのことを、また捕まえるために。

 でも、わたしは絶対捕まらない。・・・もう、母さんのものにはならない。

 すると、突然アオリは立ち上がった。

「僕、アストのところに行ってきます!目を覚まさせてやりますから!」

「・・・少しでも闇の心があると、母さんのカギは、どんな人の心の扉にとってもアイカギになっちゃうの。・・・──行かない方がいいんじゃない?」

「大丈夫です。僕に闇の心なんてありませんから!!・・・これ食事代です、払っておいてください!」

 アオリは、そう言い残して小銭をテーブルに置くと、慌ただしくコカゲのもとを去って行った。

「・・・・」

 その場に一人残されたコカゲは、クスリと笑う。

「知らないの?どんな人の心にも、闇は存在するんだよ」

 その呟きは、アオリに届くはずはなかった。



 アオリは店内から、でると背中に空色の羽を現した。そして、ふわりと浮きあがる。

 目指すは、アストの家。

 アストが操られていると分かった以上、迷いは消えた。

 ・・・アストの口から発せられた言葉は、嘘だった。

 そう、あんなことアストが言うはずないし、やるはずない。

「アオリ」

「!」

 不意に声を掛けられた。

 振り返ると、そこには不吉な表情を浮かべたアストがいる。

 羽色は、あの時の同じ・・・黒色だ。

「・・・目を覚ましてください!!アストは、操られてるんですよ!?」

 アオリは、アストの肩に手をおき、強く揺さぶる。

 しかし、アストはそれを乱暴に払いのけた。

「・・・操られているのは、お前だろ?アオリ」

「!?」

「あのアイカギ屋は、人の心を操って楽しんでいる最低な奴だ。知らないのか?」

「!!・・・コカゲさんがそんなことするはずありません。それに・・・・本当のアストだったら、人のことを疑ったり、悪く言ったりしません」

 アオリは強く言った。

 アストはそれに、冷めきった表情を浮かべる。

「本当のアストって何だよ?」

「!・・・・」

「いつも明るくて、にこにこしてるアストのことか?」

「!・・・──」

 アオリは、その言葉にドキリとした。

 何か言葉にしたくても、できなかった。

 だって、違うとも、そうとも言えない・・・・。

「アイカギ屋は、仕事をするためだけにアオリと一緒にいるにすぎない。そうだろ?」

「─・・・確かに、そうかもしれませんけど・・・」

「だから、そんな奴のこと信用するなんて間違ってる。そうだろ?」

「・・・・」

「操られているのはアオリだ。・・・操られて、いいように動かされているだけなんだよ。さっきから言ってるだろ。これが本当にオレだって」

「・・・そんなはずは・・・ありません」

 だって、そうだと認めてしまったら、今までのアストはいなくなってしまう。

 自分は、今までのアストと出会って、友だちになって、遊んで・・・ここまで過ごしてきたのだ。

 そのアストは、自分の思い出の中に確かに存在している。

 自分のよく知るアストは、こんな冷たいオーラの持ち主じゃない。

「なかなかしぶとい子ね。・・・あたしが少しお手伝いしましょうか」

 その声のともに、アストの背後から煙のようにふわりと姿を現したのは、長い黒髪の女性。

「!?・・・・」

 アオリが戸惑っている間に、彼女はアオリの手を取り、そこに何かを握らせた。

「?・・・」

 それは、鉛色の鍵。

 ・・・・鉛色の心のアイカギ。

 その途端、アオリは一気に不安感に襲われた。

 ・・・一体、誰が正しいことを言っているんだろう?

 アスト?

 それとも・・・コカゲさん?

 誰を信用していいか分からない。

 そのとき、アオリの背後にトビラが現れた。・・・それは、アオリの心のトビラだ。

 アオリはそれに気がつくわけはなく、ただ自分の中に芽生えた大きすぎる不安に溺れていく。

 女性─・・・セツナは、満足気な笑みを浮かべトビラを開き、その中に姿を消した。

 それと同時に、アオリの持つカギは、手の中に溶けるようにしてきえた。

「─・・・」

(あぁ・・・そうか)

 アオリは口元を緩め、笑う。

 誰を信用していいか分からないなら、誰も信じなければいい。

 だた、自分の思うがままにすればいい。

 ・・・空色の羽が、真っ黒に染まってしまったことは、もちろんアオリ自身も気付くはずなかった。


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