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いっちゃいけない言葉

室内を激しいロリボイスが席巻し、完璧ににネジの吹き飛んだウリエルがヲタ芸をしながらノリノリで掛け声をかける。


不意に、それまで気配を消してウリエルの隣にいた少女のような顔立ちの男性が、無言でウリエルの電話を引ったくる。


「なにすんだ、てめぇ!」


携帯を引ったくられた事にキレている訳ではない。

携帯のフックボタンを押されたために着信音が途切れた為にキレているのだ。


「…頼むから、着信音だってこと忘れないでくれよ…」


完璧に保護者の表情で携帯をウリエルに差し出す。



『みつお!あんた、まーたちっちゃい子の曲聞ちゃらすか!』


携帯電話の受話音量は3にしてあるが、音量設定ぶっちぎりで声が聞こえてくる。


「かっ…かあちゃ!なっ、どしちゃらしたね!?」

少女顔の男性から携帯を引ったくり、小声でひそひそと話し出す。が、母親の声が驚きのドルビーサラウンドなため、会話内容は100%筒抜けだ。



『あんたが東京に行ちゃらしてから、ちーとも連絡ちゃらしちゃらんでしょ!』


「いや…ほら…あの…テレビちゃら出ちゃらしたりいそがしk」


一男かずお二男つぐおも嫁ばちゃらして、孫ちゃら連れて来てるのに、あんたはまだいい人の一人もいちゃらんの!?』


「り…りゃす…」


『だからあんた、近所の由美ちゃんに、ヤラサーティちゃら、言われちゃ』


ヤラサーティ、と言われた瞬間に三男の顔が脂汗に塗れる。


「今忙しいちゃ、また後で電話ちゃらするで!ちゃら!」


ヘリウムガスでも吸ったのかと思うような高音で絶叫したかと思うと、ぜぇぜぇ言いながらフックを下ろすボタンを連打し始めた。


いつもの発作が始まった、という顔をしていた少女顔の男性が、ふと問い掛ける。


「なあ三男。ヤラサーティってなんだ?」


次の瞬間、三男の手から携帯が滑り落ちる。


「ルシファー…お前、今、口にしたら即死する言葉を口にしたな…」

「普通に生きてるよ、このうじむし。あとステージ以外では気持ち悪い名前で呼ぶな」


ルシファーと呼ばれた男性が如何にも面倒くさげにタバコに火をつける。


「ルシファー!お前、タバコはやめろって言ったろ!?伏流煙でもお肌に悪いんだぞ!俺の透き通るような肌に染みでも出来たらどうしてくれんだよ!」

「うるせえクソ虫。あと、俺の名前は貞雄な」


突っ掛かってくる三男をかわし、面倒臭そうにタバコの煙を吐きながら腰を上げる。


「じゃ、俺、バイトあっから。人様の迷惑にならないように帰れよ」


貞雄が吸っていたタバコの火を揉み消しながら、思い出したように口を開く。


「あ。ヤラサーティってなんだ?」

「…ら…に…ティ…」

「あ!?聞こえねえよ、ハッキリ言えや、ハッキリと!」


三男が雷に打たれたように固まり、次の瞬間、何故か思春期の女子のように恥じらいながら目を潤ませて貞雄を見つめる。


「…き…聞きたいか?」

「なにソワソワモジモジしてんだよ、気持ち悪い」

「いつもなら誰にも教えんのだが、今日はお前だけに教えてやらんこともn」

「いや、いい。じゃあな」


ドアノブに掛けた貞雄の手を、引き止めようと三男が上から握る。


「頼む!聞いてくれ!聞いてくれたら後は、なんにもしないから!」

「なんかするつもりだったのかよ!あと、手ぇ離せよ!」

「…聞いてくれる?」

「30過ぎた野郎が小首かしげてんじゃねえ!気色わりい!」

「な、ちょっと聞いてくれるだけでいいから!」


貞雄は、悪徳セールスの契約を嫌だと言えない人間を心の底から、愚かだと思っていた。

が、三男に会ってから、考えが180度ガラリと変わった。


世の中には、1秒でも早く話を切り上げたいが為に、不当な要求を飲んでしまう事があるのだと。


比重の重い溜息をつきながら、仕方なく言葉を発する。


「…言ってみろよ、聞いてやっから…」

「おう!」


満面の笑みを浮かべた後、三男は得意げに口を開いた。


「ヤラサーティってのは、『ヤラ』ずに『サーティー』って事だ!まああれだ、30過ぎたけど、ミミカちゃんやマインちゃんとの愛のために貞操を守ってるって事だ!」


爽やかにサムズアップをしてドヤ顔をキメている三男を、貞雄はじっと見つめ、やがてぽそりと呟いた。


「お前、自分の童貞情報どこまで広げる気だ?」


それだけ言うと、今度こそドアノブを回して部屋を出て行った。



残された三男の胸に込み上げるのは。




『またバラしちまった』




という後悔だけだった。

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