潮風と青いワンピース
港町の朝は、潮とパンの香りが混じり合っていた。
通りには市場の声が響き、籠を抱えた人々が行き交う。
「ちょっと買いすぎちゃったかしら……」
「……まったく、だから言ったでしょう。ひとりで抱えるには多すぎますよ」
ルイは苦笑しながら、私の腕から野菜籠を取り上げた。
粉袋まで軽々と片腕で抱え上げる。
「パン屋のときもそうでしたよね。『今日は見るだけ』って言いながら、最後には両手いっぱい」
彼は首を傾げ、いたずらっぽく笑った。
「でも……そうやって楽しそうに選んでる顔、好きですよ」
少し頬が熱くなる。
「……ありがとう。でも、ルイと一緒だから楽しいのよ?」
ルイはその言葉に、ふっと表情をゆるめた。
「今日一日くらい、腕がちぎれても本望ですね」
軽口を返しながら歩いていたそのとき――
風に揺れる布地が視界の端をかすめた。
通りの服屋の軒先に、淡い青のワンピースが吊るされている。
潮の光を受けて、波のように布が揺れた。
「……素敵ね」
私は思わず足を止めた。
実家にいた頃は、ロゼッタや母のお下がりばかり。
新しい服を買ってもらったことなんて、一度もなかった。
でも――今は違う。自分の力で稼いで、自分のために選べる
「買っちゃおうかな」
ルイが私を見て、静かに笑う。
「いいと思います。サラさんが“自分のために”選ぶのなら、どんな服だって特別になりますよ」
そして、一歩店に入ると、ためらいもなく店主に声をかけた。
「すみません。その青いワンピースを、包んでください」
「え……ちょ、ちょっとルイ!?」
「パン屋を開いてから、ずっと頑張ってきたご褒美です。
今日くらい、俺に贈らせてください」
潮風の中で、彼の声がやさしく響く。
白い布がたたまれ、リボンで結ばれる音がした。
その音が、私の胸の奥で、小さく弾んだ。
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