第十五話 ネメシア レベル1500
地が鳴り、空が裂けた。
“原初の拒絶”ネメシアが咆哮を上げるたび、世界が悲鳴を上げる。
『……全テノ命、我ガ闇ニ還レ。』
その声だけで、空気が震え、湖が泡立つ。
バラドの光壁が砕け、俺たちは衝撃波に吹き飛ばされた。
「ぐっ……やべぇ、魔力が通らねぇ!」
バラドが地に手をついて息を荒げる。
その全身から淡い光が漏れていたが、すぐに黒い靄に呑まれていく。
「……光を、喰ってやがる……!?」
ネメシアの周囲に漂う黒のオーラが、まるで生き物のように蠢く。
光を近づけた瞬間、それを吸い込み、闇に変換しているのが見えた。
俺は剣を構えながら呟く。
「こいつも……闇属性かよ……!」
『闇トハ始マリ。光ハ終焉ナリ。』
咆哮とともに、地面から黒い槍が突き上がる。
一本一本が雷のような速度で、避けるだけで精一杯だった。
「くそっ、近づけねぇ!」
バラドが拳を握り、最後の光を叩き込む。
「サンシャインバーストッ!!」
光の奔流がネメシアの胸を直撃し、爆音が轟く。
大地が抉れ、空気が爆ぜた。
だが――その黒い巨影は、微動だにしなかった。
『光ハ、我ニ届カヌ。』
「嘘だろ……直撃だぞ……!」
バラドの肩が震え、光がかき消える。
ネメシアはその口元をわずかに歪め――笑った。
『其ノ光、弱キ太陽。原初ノ夜ヲ裂クニハ足ラヌ。』
黒い翼が広がる。
その一振りで暴風が走り、俺とバラドは再び吹き飛ばされた。
「っ、バラド!!」
「だ、大丈夫だ……かすり傷だ……!」
血を流しながらも立ち上がるバラド。
だが、その瞳の奥にわずかな恐怖が滲んでいた。
俺は歯を食いしばり、剣を握り直す。
共鳴石が激しく脈動していた。
まるで――“何か”を呼び覚まそうとしているように。
「……まだだ。俺には、一撃必殺がある。」
「おいライア、まさか――!」
「ああ、使う!」
足元の地面を蹴り、俺は一気に踏み込む。
黒の槍をすり抜け、ネメシアの影の下へ飛び込んだ。
「――喰らえッ!!」
刃が閃き、空を切り裂く。
一瞬、黒の膜を突き破り、ネメシアの首筋を掠めた。
『……ほう。人ノ剣ガ、我ノ血ニ触レタカ。』
黒い液体が蒸発し、空気が歪む。
だが、その瞬間、全身を襲うのは凄まじい“反動”。
視界が揺れ、膝が沈む。
「がっ……!」
「ライアッ!」
バラドが支えに走る。
ネメシアの瞳が、冷たく光った。
『光ヲ護ル者ト、命ヲ懸ケル者カ。……面白イ。』
そして――その翼が再び広がる。
夜空そのものが、崩壊を始めた。
視界が揺らいだ。
全身から伝わる痛みが、あまりにも深い。だが、ライアの目は──いつものように、冴えていた。ゴッドアイが、微かな情報を拾い集める。
(よく見てみろ……)
ゴッドアイが世界を分解する。ネメシアの姿の周囲に、数字と属性が重なっていった。
ネメシア レベル1500
パワー S
スピード S
ディフェンス B
スタミナ S
属性 闇
数字が脳裏を走り、体が凍る。レベル――1500。圧倒的だ。だが、ゴッドアイはそれだけを教えるわけではない。細部に、違和感を見つける。
(あれ……?)
よく見てみると、漆黒の鱗の隙間に、ごく小さな“輝点”が散らばっている。鱗に埋もれたような、銀白の小さな紋様──それは、ネメシアの闇を支える“核”のように見えた。近接で覗き込むと、核は闇を吸い込みながらも、薄い月光のような反射を返している。
(闇に見えたが……あれは“変換”だ。光を取り込んで、闇に変える“耐性”。だが、核そのものは別の属性に反応している──月光、あるいは純粋な“光の結晶”が刺されば、反応が起きるかもしれない)
ライアは震える声で、バラドに告げた。
「バラド……よく見てみろ。鱗の奥、ところどころに小さな“核”がある。光を吸ってる。でも、核そのものは“月光”に弱いかもしれない」
バラドは一瞬、目を細めた。理解が咄嗟に進む。
「分かった! じゃあそこを狙う!! 任せろ、ライア!」
ライアはまだ膝をついている。だが、胸の共鳴石が静かに温度を上げていった。バラドは背筋を伸ばし、振り絞るように声を上げる。
「おらぁッ!! サンシャインバースト、フル出力!!」
バラドの身体から光が迸る。先ほどとは違う、血と涙を滲ませた決意の光だ。彼の掌から放たれた光の奔流が、ネメシアへと襲いかかる。
だがネメシアは、ただ吸い込むだけではなかった。黒いオーラが渦を巻き、光が触れるたびに“色”を変えていく。光は黒く塗りつぶされる。だが、ライアの視線は、そこで止まらなかった。核に向かう“波形”を追う。
(波のうねりを読め……次に来る反応が小さいところがある)
バラドは全力で光を繋ぎ、角度を変える。何度も弾かれ、何度も押し返される。だが一瞬、ネメシアの鱗の群れが一つだけ薄く光った。その瞬間を逃さず、バラドは光を集中させた。
「そこだあああッ!!!!」
光が一点に集中し、鱗の一枚が、砕けた。小さな亀裂から、銀白の核が露出する。そこに届いた光は、闇に呑まれるのではなく、核を震わせた。
ネメシアが咆哮をあげる。衝撃波が二人を襲い、砂が舞い上がる。
「くっ……バラド!! 耐えろ、もう少しだ!」
バラドは光で体を包み、焼けるような痛みに顔を歪めながら突っ込む。核に直接光を叩きつける。核が、──確かに震えた。闇の糸が千切れるような音が、耳の奥で響く。
だがその瞬間、ネメシアの反撃が凄まじかった。核を守る防壁が爆発的に振動し、黒い破片が周囲へ飛散する。バラドの身体が弾かれ、重力に逆らえずに海岸に叩きつけられた。
「ば、バラド!!」
ライアは叫びながら立ち上がるが、全身の力が震え、足元がおぼつかない。バラドは苦しげに呻き、胸元から血が滲んでいる。
しかし、砂の上に転がったバラドの手の中には、かすかに光る破片が残っていた。ネメシアの核から剥がれ落ちた“欠片”だ。小さいが、確かに核の一部だ。
ネメシアの咆哮が、島全体を揺るがす。だが、確かな変化もあった。闇のオーラの一部が薄くなり、先ほどよりもわずかに“歪み”が生まれている。
(効いた……かもしれない)
ライアは歯を食いしばる。まだ勝負は終わっていない。だが、希望の“光”が、確実に入り込んだのだ。
――次の一撃が、成否を決める。
ライアは剣を握り直し、バラドの方を見た。血と泥にまみれた顔だが、バラドは薄く笑ったように見えた。
「ライア……お前の一撃、頼むぜ」
言葉は弱かったが、そこにあったのは揺るがぬ信頼だった。
ライアは静かに息を吸い込む。手に宿る剣の感触が、腕に伝わる。ゴッドアイが見た“核”の位置を、もう一度確かめる。
(今度は、一撃で決める。無限の勇気はまだ使わない。まずは......!)
夜空に黒月が重く浮かぶ。ネメシアの瞳が赤く光り、再び襲いかかる──。
(行くぞ)
刃は、再び光を纏う。
ちなみにバラドのレベルは85




