第十四話 ネメシア爆誕
湖面が震えた。
まるで“息をしている”かのように、水が波打ち、空気が歪む。
エルミアが静かに呟いた。
「……来たわね。ネメシア」
その名を聞いた瞬間、周囲の空気が凍りついた。
風が止まり、森の葉が音もなく崩れ落ちていく。
「……ドラゴン、だと?」
バラドが息を呑む。
だが、俺は違和感を覚えた。
その気配は、ただの竜とはまるで違う。
“生物”というより、“災厄”そのものだった。
湖の中心から、黒い光が噴き上がる。
水柱の中で、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
――漆黒の鱗。
月光すら吸い込むような光沢。
その瞳は赤く輝き、見つめられた瞬間、魂を握られたような錯覚に陥る。
『……ダレダ?』
その声だけで、空が軋んだ。
重力そのものが歪んでいく。
「おいおい……嘘だろ、あれが……ドラゴン……?」
バラドの手が震える。
俺も剣を握っているのに、指が白くなるほど力が入っているのに――それでも足が動かない。
「ライア、聞いて」
エルミアの声が震えていた。
「あいつは、神の創造が生まれる前――“原初の夜”に存在した竜。私が唯一、封印という形でしか止められなかった存在よ」
「封印……ってことは、今、解かれたのか……?」
「ええ。島が、あなたを呼んだのは――この竜を止めるため」
その瞬間、ネメシアの瞳がこちらを向いた。
赤い光が閃き、湖の水が一瞬で蒸発する。
次の瞬間、爆風のような衝撃波が走った。
「っっっ!」
地面ごと吹き飛ばされ、俺はバラドとともに後方へ転がる。
砂浜が抉れ、光の道が砕けていく。
空には二つの月、白と黒が重なり、空間そのものが悲鳴を上げていた。
『神も人も、滅びよ。我は“原初の拒絶”。創造の理など、知るものか。』
エルミアが光を放ち、巨大な防壁を張る。
だが、その光は竜の咆哮一つで砕け散った。
「……やはりだめか......」
彼女の頬を、初めて“恐怖”が走った。
俺は立ち上がる。
胸元の共鳴石が熱を帯び、眩い光を放っていた。
「……おいおい、マジかよ。あの竜……神でも止められねぇってのに、てか推奨レベル詐欺だろ!!」
「バラド、逃げ道はない。やるしかないだろ」
ネメシスの咆哮が島全体を震わせ、白銀の森が一瞬で吹き飛ぶ。
大地が軋み、湖が裂け、空気が焦げる。
まるで世界そのものが拒絶しているかのようだった。
「くそっ、どうすりゃいいんだよこれ!」
バラドが叫ぶ。
防御も回避も意味をなさない。
ただ息をしているだけで、肺が焼けるような圧力が襲ってくる。
そのとき、エルミアが光に包まれながら、ゆっくりと俺たちを見つめた。
その瞳には、決意とどこか寂しげな光があった。
「……ライア、バラド。これ以上は……私は干渉できない。」
「なに言ってんだよ!? 神だろあんた!」
バラドが叫ぶ。
だが、エルミアは静かに首を振った。
「下手に今私の力をを使えば......」
その言葉の意味を、俺は察した
つまり......俺たちだけでやるしかない。
「……だから、あなたたちに託すわ。“人”の力で、この竜を止めて。」
「は……?」
バラドが呆然としたまま、笑うしかなかった。
「神すら倒せない相手を、人間に任せるってか……マジでどうかしてんだろぉ!」
「バラド」
俺は剣を構えた。
共鳴石が脈動し、胸の奥に熱が走る。
「でも、やるしかない。ここで逃げたら、何のためにモルドスを超えたんだ」
バラドが一瞬黙り、それからニヤリと笑った。
「お前、ほんっとにバカだな。……でも、嫌いじゃねぇよ、そういうの。」
エルミアはわずかに微笑む。
「あなたたちの“勇気”が、奇跡を起こすことを――信じてる。」
その瞬間、彼女の身体が光に包まれ、湖の奥へと溶けていった。
残されたのは、俺たち二人と咆哮を上げる“原初の拒絶”ネメシアだけ。
「……行くぞ、バラド!」
「おう! 死ぬなよ、ライア!」
黒い月光の中、二つの影が竜へと飛び込んだ。
――神が退き、“人”が立ち向かう時。
それは、真の戦いの始まりだった。




