第十二話 グッパイ、ノアール
夜明け前のノアール港。
濃い霧の中、静まり返った海がまるで鏡のように空を映していた。
モルドスとの戦いを終えた今、街にはようやく一筋の光が差している。
「……終わったな」
俺は港の縁に立ち、手のひらの中の“第二の鍵”を見つめた。
「ん? 今の音……」
その瞬間、霧の奥で何かが動いた。
暗い海の向こうから、音もなく滑るように一隻の船が近づいてくる。
「おいおい……なんだよアレ」
隣でバラドが目を細めた。
それは古びた帆船だった。
けれど、どこかこの世のものとは思えない。
月光を反射して淡く光り、船体には古代文字のような紋章が刻まれている。
【クエスト更新:目的地への航路が開かれました】
【ルナミラージュ島への移動が可能です】
「ルナミラージュ島……?」
俺は思わず呟いた。
第二の鍵が呼び出したのか、それとも、元から“そうなる運命”だったのか。
「ライア、乗るしかねぇだろ」
「だな。あれが次の目的地への道なら......」
俺たちはゆっくりと船へと足を踏み出した。
甲板に足を乗せた瞬間、船がわずかに軋み、まるで歓迎するようにランプが灯る。
無人のはずの船が、勝手に帆を上げ、錨を上げた。
霧が流れ、船が静かに動き出す。
ノアール島の岸が遠ざかり、黒い街並みが小さくなっていく。
「じゃあな、ノアール。お前の闇は、もう晴れた」
船が霧の中を進み始めてから、どれくらい経っただろう。
波の音だけが響き、世界は薄い銀色の静寂に包まれていた。
甲板に腰を下ろし、俺はぼんやりと空を見上げた。
夜と朝のあいだ――黒と蒼の境目に、まだ眠る月が浮かんでいる。
「……モルドス、か」
思わず、その名が口をついた。
敵だった。けれど、完全に“憎む”ことはできなかった。
最後に見た、あの悲壮感が、頭から離れない。
「お前、まだ考えてんのかよ」
隣にいたバラドが、欠伸をしながら言った。
彼の手には、どこで拾ったのか知らない缶のようなものが握られている。
「終わったことは終わったことだ。お前は勝った。それでいいじゃないか」
「……ああ、わかってる。でも、なんか違うんだよな」
潮風が頬を撫でる。
ノアールの空気とはまるで違う。少し塩っぽくて、けれど澄んでいる。
「次はルナミラージュ島、だっけ?」
「ああ。名前からして、厄介そうだな」
「お前、厄介じゃない場所行ったことあんの?」
「ないな」
二人で笑った。
ほんの少し、肩の力が抜けた気がした。
ーー波の音が静かに響く。
空はゆっくりと白み始め、夜の名残を少しずつ手放していった。
霧の向こう、かすかに光が揺れている。
最初は朝焼けかと思った。けれど、それは違った。
光は、海の上に浮かんでいたのだ。
「……見ろ、ライア」
バラドの声が低くなる。
霧の帳が割れ、そこに“それ”が現れた。
水面に映る月の幻――いや、幻ではない。
月光を反射する巨大な島が、海の上に“浮かんでいる”ように見えた。
淡く揺らめく光の膜が島を包み、まるで夢の中の景色のようだった。
白銀の塔が霧の隙間から顔を出し、空へと伸びていく。
鳥の声も、風の音も、ここだけは別世界のように静まり返っていた。
「……ルナミラージュ島」
その名を口にした瞬間、船体が微かに震えた。
まるで島そのものが、俺たちの到来を察したかのように。
無人の船はゆっくりと速度を落とし、波の中に滑り込むように接岸していく。
桟橋のようなものは見えない。
けれど、船の前方に淡い光の道が現れ、海面の上に“足場”を作り出した。
「おいおい……まじかよ」
「どうやら、歓迎されてるっぽいな」
俺たちは顔を見合わせ、静かに頷く。
「行こう、バラド。ここが――次のクエストの始まりだ」
船を降り、光の道を踏み出す。
足元が波紋のように揺れ、海風が頬を撫でた。
遠く、鐘の音のような響きが聞こえた気がした。
夜が完全に明け、朝の光が海を照らす。
その中央に浮かぶ“幻の島”が、ようやく姿を現した。
――ルナミラージュ島。
そこは、夢と現の狭間にある“神秘の地”だった




