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花守人と女神の庭師  作者: 江藤樹里
とある<庭師>の記録─<吟遊詩人>の詩から─
4/7

◇とある<庭師>の育てた<花>◇


 ソラの歌は美しかった。そして確かに<花>の育ちは違う。研究室にあった種子や球根の保管庫からひとつ、選んで土に植えたそれをソラの歌が優しく芽吹きを促した。とはいえすぐに芽を出すものでもないからある程度は待たなければならない。それでも本来なら数日待つところ、十数時間で良いというのだから驚きだ。それが<花>であり<吟遊詩人>だとソラは言った。


「君が最初に咲かせた花はどんな花だったの?」


 疲れ知らずの機械人形ならずっと歌っていられるそうだけど、花は生きている。太陽の動きに合わせて一日を過ごす必要があるから、四六時中ソラの歌を聞かせていれば良いというものでもない。動く蓄音機と思ってもらって良いよ、なんてソラはにっこり笑ったけど、そんなことさせられないと思った。研修期間中に育てていた花が鉢や苗で送られてきていたのをそれぞれの季節に合わせて植え替えた後、適当な理由をつけて休憩を提案し、二人で談話室へ戻った。私に休憩は必要ないのだけどね、とソラは微笑んだ。それはそうだ。でも人間が取る休憩の意味を知っているのか、お茶を淹れて飲む僕にソラが話しかけてくれた。


 最初に咲かせた花。<庭>の維持を優先する国であるソイルシードだからこそ、人間は一応<庭師>の素質があると認められた国民しかいない。庭の世話の仕方は大人から教わるものだ。でも最初に咲かせるのは<試しの種>と決まっている。僕が選んだのは。


「朝顔です。青くて、綺麗な色をしてた」


 夏の朝に咲く晴れ渡った空と同じ色の花。<女神の庭師>は<試しの種>からでさえ花守人にしてしまうことがあるらしいけど、僕は違った。とはいえ熟練の<庭師>になることで<女神の庭師>としての才がそれこそ開花する人もいるようだから、研鑽を積むように、というのが研修で毎度言われることだった。


「へぇ。<試しの種>は名前の通り種子から育てて咲かせて、更に種子を残すものだけど。どうして君は株分けが得意なの? 今回選んだ<花>に関係する?」


「……結構ぐいぐい来ますね」


 驚いて思わずそんな返しをすれば、ソラはくすりと笑った。僅かに顔を動かすから白い髪がまたさらりと揺れる。


「そりゃ、自分が記録を担当する<庭師>がどんな人間なのか興味もわくよ」


「そういうものですか……」


 機械人形がどう思考するかは分からない。国から派遣されるけど物作りが得意な人形が手掛けたからか、敵でも味方でもないとは聞いている。ソラの様子を見ていたら本当にそうなんだろうなぁ、と妙に納得してしまった。


 口を開いて話し出そうとして、けれど何から言葉にして良いか分からなくて閉じて。一瞬だけソラから目を逸らして、また口を開いた。


「僕の村は<虫姫>の襲撃に遭って壊滅しました」


「記録にあったね。目を通したよ」


 さらりと何でもないことのようにソラは返す。僕は思わず苦笑した。事実、何でもないくらい”よくあること“らしいのは保護された後に聞かされていた。優秀な<庭師>はとっくに<庭>にいるからなんだろうけど、父さんや母さんみたいに合格はしても<庭師>にならなかった人のことはどうでも良いと言われているみたいだった。君が無事で良かった、と保護してくれた国の人は言っていた。未来の<庭師>かもしれない人材を失うのは損失だと。


「僕は村に戻ったんです。まだ<虫>がそこらを闊歩する村に。何もできなくて、逃げることさえ上手にできなかった。助けてくれた花守人がいなければ、僕もきっと<虫>に踏み潰されてた。その時に助けてくれた花守人が言ったんです。未来で会おう、って」


「同じ種の<花>を咲かせても同一個体ではないよ? それは君も知っていると思うけど」


 釘を刺すように言われて僕はまた苦笑する。ソラの懸念は尤もだと思った。<花>は種から育つものなら種子を残す。球根から育つものなら休眠時期を経ればまた同じ球根から花を咲かせる。とはいえ、次に咲く<花>は同じ人の姿をしても記憶が継続しているわけではない。何も知らない状態で、初めまして、だ。研究が進んで記憶を継続させたままにできる方法も見つかってはきているけど。


 だから僕が咲かせようとしている<花>も、あの時助けてくれた<花>と品種は同じでも、姿形や声は同じでも、同じ存在じゃない。僕のことを覚えていることはない。きっとあの子はあの時、あの戦場で、ロストしたから。僕を逃すために囮になったのだろうから。


 それでも。


「解ってます。初めまして、って、僕、言えますよ。それでもあの、僕を先に行かせようとした彼女の言葉を、僕は約束だと、思ってるんです」


 ──未来で会いましょう。


 美しく咲った彼女の言葉。僕に託してくれたと思った未来。自分が散った後に咲かせてくれるかもしれないと言ってくれた彼女の夢を、夢のままにしたくなかった。未来で会いたいと願ったのは、僕だけ、だとしても。あの時の彼女にはもう、会えないとしても。


「君の<花>が誰かを守って戦場で散っても?」


「意地悪な言い方しますね」


「でも、事実だよ。戦場で選択される<花>の意志を<庭師>である君は尊重しなくてはならない。もちろん、ロストさせないことが望ましいけれど彼女たちは守るために戦うのだから」


 まだ、想像でしかないけれど。僕を守ってくれたあの子を育てた<庭師>がいるはずだ。その人はどう思っただろう。僕を恨んでいるだろうか。それとも彼女の選択を、尊重しただろうか。<庭師>を続けていくならきっといずれ、その時は来る。回収できずにロストさせてしまうこともあるかもしれない。


「……時々ね、彼女たちを愛しすぎるあまり、喪うことに耐えられなくて<保存>することを選ぶ<庭師>もいるんだ。国としては禁じていることだから、君がそれを選択する時は報告する義務が私にはあることは、先に言っておくよ」


 答えられなかったことでソラには別の懸念を抱かせてしまったかもしれない。記録する者だからか、見つけてしまったならソラは報告しなくてはならないのだろう。研修の中でそういう方法があること、そういう選択をする<庭師>がいることは学んだ。参考画像として見せられた花守人の標本からは、痛々しいほどの愛情が伝わってきた。それを見て泣いている<庭師>見習いもいた。


「私はそれをどうこう言うつもりはない。愛おしいと思うのは人間ならではの感情だからね。<花>も嫌がるものは、ほとんどいないんだそうだよ。私が見た標本はどの<花>も穏やかな表情をしていたし。まぁ中にはコレクターもいるから<庭師>の方は愛情ばかりじゃないようだけど、それは私にとってはどうでも良いことだからね」


 禁則事項を守るなら其処に在るものが愛情だろうがそうではなかろうが、機械人形には関係がないのかもしれない。そうですか、と僕は答える。


「絶対にしない、とは言えないですけど、僕がもしもそうする時はソラに隠れてやりますね」


「うん、そうして」


 にっこり笑ってソラが頷いた。これも記録されるんだろうか、と言ってから思ったけどソラも笑ったからまぁ良いかと思う。


「私はそろそろ仕事に戻って良いかな。あとこれ、人工太陽」


「え。わ、そんな」


 思い出したように何処から出したのか分からないそれを手渡されて、僕は反射で差し出した手から取り落としそうになって慌てた。国から支給される人工太陽。今はオフの状態だから自動浮遊もしないし熱もない。小ぶりながら本物の太陽さながらの効果を発揮する。これも物作りが得意な妖精が作ったらしい。太陽まで作れるなんて凄い。


「外の太陽が使えない時に使って。今日のところはひとまず要らないだろうけど。後、生長を速めたい時にも使えるから、私の歌と合わせて使ってね。他の<庭師>は樹木を育てる時によく使うよ」


「なるほど」


 樹木のない<庭>にもできるけど、ある方が木陰を作り出せる。ガラス張りの温室は今の状態だと外の太陽が燦々と光を降り注ぐから、外が暑くなったら温度調節だけでは限界があるかもしれない。<花>を育てるのは気温だけではない。直射日光がダメージを与える品種もある。


 どんな<庭>にしようかな、と考える僕を横目に見て、ソラは温室へ向かった。植えた球根に歌を聞かせてくれるんだろう。僕は生活するにあたってひとまず必要なものを準備して、ひと通り生活できる状態にしなければ。<花>の様子を見に行くのはソラが示した時間に近くなってからでも問題ないはずだ。


「父さん、母さん、早速育て始めてるよ。僕、頑張るからね」


 寝室に置いたリュックから家族写真を取り出して飾る。家の崩落に巻き込まれながらも原型を留めたそれは端の方が破れたり煤けた箇所もあったりはするけど、みんなでにっこり笑っている顔は無事だから見守っていて欲しいと思う。もうあの頃の思い出には戻れないとしても。


 生活準備を整え、僕は時間を確かめて温室へ急ぐ。清掃が入っていたのか建物内は綺麗だったし、掃除するような場所はひとつもなかった。すぐに<庭師>の仕事に取り掛かれるようにとしてくれた国の配慮かもしれない。仕事道具をいくつか持って温室の扉を開けた僕を、ソラの美しい歌声が出迎えた。同時に、植え替えた普通の花たちが生き生きとしているのも見て目を白黒させる。<吟遊詩人>の歌が植物を育てるというのはこういうことなのだと実感した。


 穏やかな、ゆったりとした時間が流れるような歌声だった。温室中に響いて、ひとりなのに複数人で歌っているみたいに反響している。色々していたら朝に訪れた此処からでももう陽が傾き始めて星が見え始めている。此処で星空を眺めながらソラの歌を聞いたまま眠っても良いな、とちょっと思った。


「時間通りだね。多分、そろそろだと思うよ」


 ソラが区切りの良いところで歌を止めて僕を見る。赤い光が差し込む其処で、ソラの白い髪が反射して輝いた。その眩さに目を細めながら花壇へ近づく。土の上から覗き込んだ僕の影に重なるようにソラも首を伸ばした。


「あ」


 小さな芽が顔を出していた。ソラが息を零すようにして笑うのが後ろから聞こえる。朝植えたのに、もう。本来ならもっともっと待たなくてはならないのに。これがソラの、<吟遊詩人>の力なのだと思って驚いて振り返った。ソラは穏やかに微笑んでいる。


「ほら、君の<花>だ。私は生長を促しただけ。君の手の温かさ、触れる指先の優しさ、そういうものに反応して芽を出したんだよ。もう少し大きくなったら少女の姿を取るようになる。そうなれば話すことができるようになる。目が開けば開花だ。最適な戦闘職(ジョブ)を選んであげよう」


 もう戦場に出すことを視野に入れてソラが話すけれど、僕の耳は音としては認識しても意味を拾わなかった。<花>を育てるなんて研修期間中にはできることじゃなかったから、ずっと普通の種子や球根を育てて学んでいた。<花>を育てるのは初めてだから、ちょっと不安だった。普通の花を育てることはできても、特別な<花>を育てられるかなんて分からないと。<女神の花>が落とした種子や球根が僕を認めてくれるかなんて分からないと思っていたから、芽を出してくれたことが、ソラの言葉が、胸に沁みた。


「は、はじめ、まして。僕、きみに、あ、会いたかった、んだ」


 まだ聞こえないかもしれない。少女の姿をしていないけど、でも、僕は信じている。<花>には聞こえている。ソラの歌を聴いて育つならそういうことだ。だからかソラも、話しかける僕にまだ早いとは言わなかった。


「きみのところに、戻ってきたよ。だいじに、だいじにお世話するから。綺麗に咲いてね。

 きみが育つのを楽しみにしてるよ──水仙」


 あの日香った儚さ。美しく咲った笑顔。鮮やかな黄色の髪。僕はそれを知っていた。彼女が何の<花>か知っていて、彼女にもう一度会うために、彼女に特化した技術を磨いてきた。


 水仙は球根から育つ。球根は株分けをすることで増やすことのできる<花>だ。花守人は少女の姿をしているから、株分けをしようと思ったら人の体にナイフを入れる必要がある。何処をどうすれば、記憶を保ったまま次の<花>を育てることができるか慎重に学び研究した。それが認められて僕はこうして、球根植物の育成に向いている土壌を持つ<アビス>に配属された。


 芽を出してくれたなら、今度は僕が守る。きみが、目を開くその時まで。



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