◇とある<庭師>の職場◇
「初めまして、本日よりこの<庭>に派遣されました<吟遊詩人>のソラです。よろしくお願いします」
僕は目の前でさらりと綺麗に流れた顎の長さで切り揃えられた白い髪を見て、緊張した頬を何とか上げた。こんなに綺麗で、機械人形だって? 声も綺麗だ。この声が植物の生長に役立つというのも解る。この声で紡がれる歌を聴いて育つなら、人も<花>も関係なく真っ直ぐ育つ気がした。
「は、初めましてっ。新米<庭師>のクロバです! い、一生懸命頑張ります!」
第一印象は笑顔が大事。元気な挨拶が基本。そう思って張り切って声を上げたらソラににっこりと微笑まれた。顔が熱くなるのが自分でも分かった。
「元気だね。君は随分と若い<庭師>のようだ」
「十六歳になったばかりです!」
「そう。若くして<庭師>の素質を認められたんだね。優秀なんだ」
「いえ全然っ。まだまだ学ぶところが多いです!」
そう答えればソラは首を傾げた。またさらりと白い髪が流れて中性的な顔にかかる。人形とは思えない動きだった。
「そうはいってももう<庭>を任されている。謙遜しなくても君のデータは国からもらってるから、優秀なのは分かっているよ。私は記録者であって評価者ではないからね。
早速、君が<花>を育てるこの<庭>を案内しよう」
「……」
僕はぽりぽりと後頭部を掻いた。記録者であって評価者ではない。その言葉は自分の不安を見透かされたのと同義で、少し恥ずかしさを覚えた。ソラは気づいているのかいないのか、こちらを振り向かずに歩き始める。その後に続いて僕も<庭>へと足を踏み入れた。
白を基調とした一階建のこじんまりとした建物。この扉へ来るまでにぐるりと生垣で囲われていた場所が<庭>だろうと思う。差し詰この建物は管理小屋であり、<庭師>の居住区だ。基本的に<庭師>と<吟遊詩人>しか常駐しない。<花>を咲かせて花守人が増えてきたら物作りが得意な妖精にいてもらうこともあるようだけど、今はまだ。セキュリティは厳重で、この区画の出入り口を国の警備員が数人体制で固めていた。
「大きな<庭>でひと区画を任されることも新人には多いけど……君の場合は、あぁ、なるほど」
ソラは手元の資料を捲ってひとり納得したように頷いた。
「本当に優秀だ。特に球根の株分けに秀でているとか。<花>の世話をするにはこれ以上ないほどの技能と言えるね。それに君の祖父、<女神の庭師>だったんだ。血縁だからといってその才が継がれるとは限らないけど、単純な技術は継承されるからね。君も<女神の庭師>になるのかな」
褒められた。ぼっと顔がまた熱くなる。ソラが前を歩いていて良かった。でも祖父ちゃんのことは無関係だ。僕は祖父ちゃんの顔も知らない。僕が生まれた時にはもう<女神の庭師>として<庭>住まいだったから。
「ふふ、それでこの<アビス>か。候補には<オフィーリア>もあったけど、国は何を考えているんだろうね」
今度は褒められたのかは判らない。ソラがいきなりくるりと振り向いたから目を丸くして足を止めてしまった。
「君の<庭>からはどんな花守人が芽吹くんだろう。楽しみだ。おっと、それじゃあ早速、この部屋だけど」
にっこり笑うソラが施設の説明を始めた。入ってすぐにあるのは談話室。国から視察があった時や行商が来た時用のおもてなし部屋。奥にキッチン。研究用のいくつかの部屋と資料室、寝室。園芸道具を置ける倉庫。そして。
「この先が<庭>。君の仕事場だよ」
ソラの開いた扉の向こう、柔らかな光が降り注ぐガラス張りの温室は暖かかった。物作りが得意な妖精が発明した温度調節機能付きだ。この機能を使い、更に温室を区切ることで四季に合わせた気温設定を行うこともできる。話には聞いていたけれど凄い。これならいつでも好きな季節の植物も育てられる。今はまだ何もない、土だけの温室だけど。これから此処を植物で一杯にするのが僕の仕事だ。
そしてもうひとつ。この温室は外からもたらされる病から<花>を守る役目を果たすのだと研修で学んだ。また、病が蔓延する最悪の事態に陥った場合でも温室の中だけで対処しやすいように。外へ運ばないように。病気から<花>を守るのも、僕の仕事だ。
「今は春に設定されているようだね。外よりは暖かいけど少し肌寒いから、咲ける品種は少ないかな」
ソラの声を聞きながら僕は首を巡らせた。確かに早春に咲く花は少ない。けれど全くないわけではない。それにこの人工的に整えられた環境でどんなことができるかと思うとわくわくした。その顔を見たソラが苦笑する。
「君は根っから<庭師>の顔をするね。これは早いところ最初の<花>を咲かせてもらおうかな」
え、と思っていたらソラがにっこりと笑った。大丈夫、と形の良い唇が弧を描いたまま動いて言う。
「君がすぐ仕事を始められるように土は良い状態にしてあるし、ボクの歌は<花>をすぐに育てるから。さぁ、最初に咲かせる<花>は何にする?」
僕は目を見開き、口を開いた。そんなの、決まってる。最初に咲かせる<花>はあの時から、ずっと。