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花守人と女神の庭師  作者: 江藤樹里
とある<庭師>の記録─<吟遊詩人>の詩から─
2/7

◇とある<庭師>の門出◇


「よいしょ……っ。それじゃ父さん、母さん、行ってきます」


 背負ったリュックの中に入れた唯一の家族写真。持っていける思い出はこれだけだ。半年の研修期間を終えて、十六歳になった僕は明日から<庭>を任せてもらえることになった。新米だけど、これでも一端(いっぱし)の<庭師>として認められている。


 育った村は半年前に<虫>の襲撃にあって壊滅した。丁度<試しの種>を咲かせて種子を残せたことで<庭師>の素質ありとして街の中心地へ呼び出されていた僕だけが助かった。朝、見送ってくれた両親は<虫>に踏み潰され、助からなかった。


 ──何じゃ、(わらべ)か。今の妾は気分が良い故、見逃してやろう。震えて青褪めた(こども)など踏み潰しても面白くないからのう。ほれ、逃げるが良い。妾の前に立つならばもっと強うなってからじゃ。


 止める大人たちの手を振り払って慌てて戻り、すっかり朝とは様相を変えた村で立ち竦んでいた僕に声をかける人がいた。巻き上がる粉塵と立ち上る黒煙の中、金属でできた機械仕掛けの<虫>に腰を下ろした女性。彼女の冷たい目が自分を捉えた時、自分も死んだと思った。あれが<虫姫>だと気づいたのは国の救護班に保護された後だ。綺麗だったけれど、捕食者の目だった。強くて怖い、力のある人に蔑まれた矮小な存在が僕だ。


 <虫姫>は自ら戦場に訪れる。そう聞いていたから、彼女が<虫姫>だと知ってから僕の生まれ育った村が戦場にされたのだと理解するまでに時間はかからなかった。


 確かに、このソイルシードと<虫姫>たちがやってきたドライピリオドランドとの境に近い村だ。別に高い壁を築いたり村の人が武装したりするようなことはない。でも<庭師>がいる<庭>は近かったし、警戒だってしていた。それでも、こんなに簡単に長閑な村は戦場に変わり果ててしまうのだ。なす術もなく、ただただ強さに蹂躙されて。


 ──はは、そう、そうじゃ。尻尾を撒いて逃げるが良いぞ、小童よ。


 無我夢中で駆け出した。膝が笑っていたから何度も転んだ。でもあの人の目の届かないところまで走らなければ命はないと思った。目尻から涙が溢れる。充満する粉塵や煙で前がよく見えない。建物が半壊して景色が変わったせいで自分が何処にいるか判らなくなった。何処を走っているのか。何処に行けば、助かるのか。


 ──こっち。無闇に走らないで。奴らの中には音を拾う者も多い。


 手を引っ張られて細い腕に抱き締められた。訳も分からず走っていた僕は固まってしまう。でも耳に届いた声は冷静で、僕を多少なりとも落ち着けさせた。周りが見えるようになってきた僕の目に映ったのは、黄色の髪を天辺で一括りにした少女だった。僕とそう変わらない歳に見える。けれど武装した姿と甘い香りに、僕は彼女が花守人(はなもりびと)だと気づいた。村までは来ることがない、けれどいざという時には戦場に駆り出される、人の姿を得た特別な<庭師>が咲かせる特別な<花>。


 ──此処をやり過ごせば私の仲間が援護してくれる。キミは此処の通りを真っ直ぐに走って。国からの増援があるから。保護してもらって。


 きみ、は。そうカラカラになった喉から声を絞り出して尋ねれば、少女は美しく(わら)った。


 ──キミからは土とお日様の匂いがする。きっと<庭師>になるんでしょう? 私が散った後、咲かせてくれるかもしれない手。私はキミを守るためにいるの。未来で会いましょう。


 とん、と背中を押された。それと同時に咆哮がする。聞いたことのない声に、<虫>に見つかったのだと理解するまでに時間がかかった。走って、と彼女が叫ぶ。振り向かないで、真っ直ぐに走ってと。何も分からない中、示された声に従って僕は弾かれたように走り出した。彼女に託された想いを受け取って、ただ、真っ直ぐ。


 歌が聞こえた。柔らかく透き通った声だった。暖かな陽射しと綺麗な水で育った光景が見えたような気がした。それはもしかしたら、走馬灯、というものだったのかもしれない。僕のものではない。それはもしかしたら。


 彼女、の。


 び、と弓を引き絞る音がして耳元を何かが掠っていった。でも彼女に託されたから僕は振り向かずに走る。前から後ろから矢がびゅんびゅんと通り過ぎる音がした。彼女の仲間かもしれない。正確に敵の矢を弾くなんて、武芸をかじっていない僕でも凄いことだと判る。僕を守ってくれているのだろうか。それなら僕は、生き延びないと。


 国の救護班に保護された後、花守人の活躍で<虫>は撤退した。僕は国から派遣された人や慈善事業で手伝いに来てくれた近隣の人と一緒に村の人たちのお墓を立てた。<虫>が病を持ち込んでいないとも限らないから、と誰の遺体も此処にはないけれど。勿論、僕の両親も。


 だから持っていけるのは、思い出と半壊した自宅から見つけ出した唯一無事だった家族写真だけ。誰もいない村の跡地は半年経った今も半壊した建物はそのままに放置され、廃墟と化している。けれど花守人が<虫>からこのソイルシードの国を守ってくれれば。此処にもきっと、花が咲く。今はまだ茂る草しかないけど、いつかはきっと。


「僕が、必ず」


 誰もいない村の跡地に、誰も聞くことのない想いをぽつりと零して僕は村に背を向けた。



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