司令官室にて
この建物の構造上、広い窓は取れない。
司令官室は、それでもできるだけ外からの光を取れるようにしてあり、そこそこに明るい。
奥に椅子があり、椅子の下は一段高くなっている。椅子には男が一人、平服で座っていて、左右に兵士が控えている。
ベルンハルトはソムナリアに「先に俺がしゃべる。一緒に膝をついて」とささやいて、膝をついた。ソムナリアも一拍遅れて跪いた。
「司令官にお目通りかないまして、ありがとうございます。ベルンハルトと、こちらにおりますのはソムナリアです」
「ソムナリアです…」
ソムナリアは下を向いたまま名乗った。
「司令官のラバクシだ」
椅子に座る男が名乗ると、二人はさらに頭を低くした。
「あ、そう堅くならずともいいぞ。どうせこちらも平服だ」
ラバクシ司令官は、椅子に座ったまま、二人に声をかけた。
「さあ、立ちなさい」
言われて、二人は立ち上がった。
「さて、カーラ様からのお手紙とうかがっているが、本当か?」
ラバクシ司令官が尋ねる。
「はい、そのように伺って運んで参りました」
ベルンハルトが答える。
「え?カーラ様?あの王女の?本当に?」
ソムナリアだけ驚いている。
「ええ、こちらのお手紙がカーラ様のものと伺っています…」
ベルンハルトが説明する。ラバクシ司令官の顔が緩んでいる。しかしベルンハルトは手紙は渡さない。
「ただこれには問題がありまして…」
ベルンハルトがソムナリアに目配せした。
「こちらのソムナリアが説明いたします」
ソムナリアは、いちど咳払いをした。
「えと、そう言われると話しにくい…いえ、なんでもないです。あの、閣下、こちらの手紙には、おそらくトラップが仕掛けられています」
「トラップ?」
ラバクシ司令官が眉をしかめる。
「はい。カーラ様のお手紙に誰かが仕掛けたのか、元からカーラ様のお手紙でないか、もしくは、カーラ様ご自身が何か理由があって仕込まれたか…」
「三つめは無いだろう、いくらなんでもカーラ様がそのような物騒なことをなさるわけがない」
ため息をつきながらラバクシ司令官が持論を述べる。ソムナリアは表情を変えずに続ける。
「私はあくまで可能性の話をしているまでです。今言えるのは、この手紙にマナが仕込まれていて、普通に開けると魔術が発動しそうだということです」
「ふむ…」
ラバクシ司令官はあごひげを撫でながら、ソムナリアの説明を聞いていた。
さらにソムナリアは続ける。
「閣下、あとはおそらく司令部付きの魔術士にその旨伝えたら、処分したり中身を取り出したりできると思います」
「中身を取り出せるのか?」
「たぶん、それなりの魔術士なら」
「ソムナリア殿はどうなのだ?」
ソムナリアは自信がありそうな表情を見せつつも頭を深々と下げる。
「できるとは思いますが、どちらかというと司令部付きの部下になっている方にお命じになった方がよろしいかと思います」
「それもそうだな…」
ラバクシ司令官はまたあごひげを撫でて、少し考えた。
「そうだ、司令官付きの魔術士に聞いてみるとするか。…おい、ギョームとジュリアンを呼んで来い」
ジュリアンは、さきほどソムナリアに生意気な態度を見せた青年魔術士である。
「ギョームって…もしかして…」
ソムナリアは独り言をつぶやいた。しばらく待っていると、ジュリアンと、一人の壮年の男とが司令官室に入った。
「あ、やっぱり…ギョーム先輩じゃないですか?」
ギョームと呼ばれた壮年の男は、一瞬、ソムナリアの方を見ても誰か分からず、少しだけ考えて、思い出した。
「ソムナリアじゃねえか!生きてたか!?」
「はい。生きてました」
ソムナリアと親しげに話すギョームを見て、ジュリアンが尋ねた。
「分隊長、この人3級ですよ?」
「ん?ソムナリアは3級に残ってたのか?」
ソムナリアは首をかしげる。
「3級魔術士でなく、民間魔術士だと思うのですが…」
「…いや、このバッジは3級だぞ」
魔術士は全員、所持する級を示すバッジを携帯しなければならない。それを見れば、その者の魔術士の資格は分かる。3級魔術士と民間魔術士とは、許可される魔術の種類がほぼ同じだが、バッジが全く異なる。ジュリアンもソムナリアの能力を確認するためにバッジを見た。ギョームは3級魔術士か民間魔術士かを確認するためにバッジを見て、ソムナリアは3級魔術士であると確認できた。
もっとも、ソムナリアは3級魔術士か民間魔術士かは特に頓着していなかった。
「私、3級なんですね。あんまり気にしてなかった。…それに、できることが変わらないし」
「俺もあんまり3級か民間かは関係ないとおもうよ。それよりも、1級に戻る気はないか?」
「この女性、1級なんですか!?」
脇にいたジュリアンが声を出して驚いた。
「そうだよ。そのうえ、二つ名も持っている」
「本当ですか?」
「ああ、ソムナリアの期は3人が二つ名を持つ、かなり珍しい期なんだ。普通は期に一人もいないからな」
「そうです。我々の期も、今のところはまだ誰も二つ名を持っていません」
ジュリアンがギョームに話を合わせる。
「そりゃそうだろ、まだお前は若いからな。それはともかく、ソムナリアの期は確か…青の魔術士っていたよな?…金の力か政治の力で無理やり付けたとか言われてるよな」
「あら?先輩もそう聞いてます?」
ソムナリアはおどけながら尋ねた。
「そう聞いてるし、二つ名の付くような業績が無いからな、あいつは。で、あとの二人は、引かないヒルダと…」
「はいおしまい」
ソムナリアが自分の二つ名に話が及びそうになったので、強引に話を終わらせようとした。
「ソムナリア、やっぱり嫌いなままか?」
「ええ、もちろん嫌いです」
「苦し紛れのソムナリア、いい二つ名だと思うがな」
「そんなことないです!」
ソムナリアは、あからさまに不満をあらわにした。
「それはともかく、ジュリアン、このお姉さんを『3級ごとき』とか考えるなよ?使えるマナの量が少ないだけで、同じ量が使えるなら確実にお前より格上だからな?元とはいえ1級持ちで、二つ名持ちだからな」
「はい…ソムナリアさん、申し訳ありませんでした」
ジュリアンは、ばつが悪そうな表情ではあるが、素直に謝った。
「謝れるんだね。ジュリアン、素直ないい子なんだね」
ソムナリアはジュリアンに向いて微笑んだ。それを見てジュリアンはうつ向いてしまった。
「ギョーム、そろそろいいか?」
ラバクシ司令官が待ちかねてギョームに声をかける。
「あ、申し訳ありません、つい昔話に…」
「それはいい、面白かったからな。本題に入るぞ。この手紙にはトラップが仕掛けられているとソムナリア殿が言っておられる。二人はどう思う?」
「あるのではないでしょうか」
ギョームは即答した。
「それはなぜ言える?」
「それは、ソムナリアが言っているからです」
ソムナリアは赤面した。「トラップに気づいたの、ついさっきなのに…」と言いたかったが、ここまでの話の流れがあったので、言えなかった。
「ギョーム、ソムナリア殿が実に渋い表情をしているぞ」
「ソムナリア、違うのか?」
ソムナリアは首を横に振る。
「違わないです。気づくのがかなり遅くなったのが引っかかってるんです…」
「さて、ギョームよ、司令官命令として、ギョームかジュリアンにトラップを外してもらいたい。できるか?」
「でしたら、このギョームでなく、ジュリアンにやってもらおう。ソムナリア、ジュリアンを手伝ってくれるか?」
「え?…まあ、いいかな…どうかな…」
「ソムナリアさん、ぜひお願いします!」
ジュリアンが自らでソムナリアと作業をすることを希望した。最初の生意気な態度からは全く想像がつかない変わりようだ。ソムナリアは薄く苦笑した。一呼吸おいて、ソムナリアはギョームの方を向いた。
「じゃあ明日、ジュリアンをお借りします。よろしいですか?」
「いいぞ」
ソムナリアは、今度はジュリアンの方に向いた。
「ジュリアンは?」
「はい、自分はいつでもいいです!」
ソムナリアは微笑みながらうなずいた。すぐにギョームの方を向いた。
「司令部敷地内の試験場で借りられる小屋はありますか?」
「ああ、俺専用の小屋があるんだ。使っていいぞ」
ギョームがの言葉に、ソムナリアが驚いて見せた。
「さすが分隊長ですね。専用の試験小屋をあてがってもらえるんですね。本当にそこを借りていいんですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「ありがとうございます」
さらに、ラバクシ司令官に顔と身体を向けた。
「閣下は、この件について明日に延ばしてよろしいでしょうか?」
「一日遅くなるぐらい構わんよ」
「閣下、お心遣い感謝します」
ソムナリアは頭を下げた。
「…じゃあ、ジュリアン、明日の昼の鐘が鳴る頃にこの司令官邸の前の広場に来て欲しいけど来れる?」
「大丈夫です!」
「じゃあそうしよう。今日のところは終わり」
ソムナリアはベルンハルトに目配せして、司令官室を出ていった。ベルンハルトもほぼ同時に出て行った。
司令部棟から出たとたん、ベルンハルトはソムナリアの肩を叩いた。
「見たか、あの若造!はじめはお前のことを小馬鹿にしてたのが、いきなりお前にベッタリになってたぞ!」
ベルンハルトは、ジュリアンの態度の変わりようが愉快に感じたらしく、笑いながらソムナリアに言った。しかしソムナリアはあまり乗り気にならない。
「あんまり悪いように言わないようにしよ?知らなかったい人だったけど、実は知ってる人だったと気づいたら態度が変わるのが普通だよ?」
「ああ、まあ…そうだな」
「それより、悪いことは悪かったとすぐに反省できることの方が、私はすごくいいことだと思うのよね」
ベルンハルトは、ソムナリアの隣を歩きながらしょげている。
「彼のこと、言いすぎたよな?」
「そうかもね」
ソムナリアが立ち止まった。
「ベルンハルトも反省できるじゃない?えらいよ」
ソムナリアがベルンハルトの頭に手を伸ばすが、身長差で届かなかったので、ベルンハルトが少し頭を垂れた。ソムナリアは、ベルンハルトの頭をなでた。
「輜重隊分隊長にこんなことして、本当にいいのかな?」
ソムナリアが心配そうに呟く。ベルンハルトが吹き出した。
「気になるんだったらしなけりゃいいだろ?…こうしてもらうのも全然嫌じゃないしな」
ソムナリアもつられて微笑んだ。
「明日のために今日は寝よう」
ベルンハルトが「ちょっと待て!」と止める。
「晩飯がまだだ。食ってから寝るんだ!」
「そうだね、まぜは夕食だね」
ソムナリアは微笑んだままうなずいた。




