司令部へ
ソムナリアは一人でネバーベントの街中に入った。
街は兵士たちが歩いていたり、それに食べ物を勧める露店主がいたり、軍高官の馬車が走っていたり、武具職人たちの店ではのんびり作業をする職人がいたりと、活況を呈していた。そのさまは、首都ほどではないにしても、城門をくぐった者すべてに「ネアルコ第二の街」とうたわれるだけはあるものよと思わせるものだった。
ソムナリアはまっすぐ街の中心に向かう。この街はあまり詳しくないが、中心部付近に市役所があり、そのすぐ近くに官営宿舎があるのは想像がつく。官営宿舎がある場合は、たいていそういう造りになっている。
何度か露店から呼ばれるが、ベルンハルトがアポイントメントを取りに行っているので、その帰りを待たなければならない。
「だけど、すぐに来るわけじゃないからいいよね…」
そう自分に言い聞かせて、腸詰を売る露店に立ち寄り、一本注文した。出てきたのは思ったより大きい。
「この腸詰いくら?」
「50クプだよ」
「へえ、思ったより安いね。ありがとう」
ニコニコ顔で腸詰をかじりながら官営宿舎に向かった。
官営宿舎は軍都だけあって、敷地も広いし、人も多い。腸詰めの最後の一口を食べると、官営宿舎に入った。
チェックインを済ませて部屋に向かおうとしたところ、息せき切って宿舎のフロントに駆け込んでくる男が見えた。ベルンハルトだ。
「あ!ソムナリア!ちょうどいいところに!」
ベルンハルトが、かすれていたが大きな声でソムナリアを呼び止めた。
「どうしたの?そんなに急いで」
「はぁ、はぁ…司令官が…はぁ…今から面会したいって…うぇ…」
「…もう夕方だけど、いいのかな?暇なのかな?」
ソムナリアは不思議がる。
「はぁ…そんなの、俺たちの知るところじゃないよ…とにかく用意を…ふぅ…」
ベルンハルトはもう息が落ち着いてきたようだ。
「私、バックパックを置いてくるね」
そう言うと、歩いて部屋に向かう。
「急いで!ソムナリア」
ソムナリアはベルンハルトに怒鳴られて、不承不承ながら速歩で部屋に向かった。
鍵を開けて部屋に入ると、バックパックを放り出し…マナ感知器だけ持ち出して、部屋の鍵をかけた。
速歩でベルンハルトの前に戻ると、口角を上げて迎えてくれた。
「急いでくれたね。ありがとう。でも本当に急がないとダメなんだ。じゃあ行こう」
しかしベルンハルトの眉間は歪んでいるし、タメ息をついたのも聞こえた。
そうして、ベルンハルトは独りでスタスタ歩き出した。ソムナリアが追いかける。
-ベルンハルト、えらくおこってる…でも急に会えると言っても急過ぎるじゃないのさ…急げ走れとうるさいし、走ったつもりなのに不満そうだし…
ふとベルンハルトが立ち止まって、振返った。
「ソムナリア、ごめん、ソムナリアに怒鳴るものじゃなかった」
速歩でベルンハルトの前に戻ると、口角を上げて迎えてくれた。
「急いでくれたね。ありがとう。でも本当に急がないとダメなんだ。じゃあ行こう」
しかしベルンハルトの眉間は歪んでいるし、タメ息をついたのも聞こえた。
そうして、ベルンハルトは独りでスタスタ歩き出した。ソムナリアが追いかける。
-ベルンハルト、えらくおこってる…でも急に会えると言っても急過ぎるじゃないのさ…急げ走れとうるさいし、走ったつもりなのに不満そうだし…
ふとベルンハルトが立ち止まって、振返った。
「ソムナリア、ごめん、ソムナリアに怒鳴るものじゃなかった」
ソムナリアは、それを聞いて、少しの間呆気に取られたが、すぐに笑顔になった。
「すごいね、ベルンハルト、すぐに謝れるんだ。なかなかできないよ、そんなこと」
照れるベルンハルト。それを見てソムナリアは
さらに続ける。
「私も急がないといけないのに少しのんびりしてたよね。あなただけが謝るものじゃないよ。私もごめんなさい。一緒に行こう」
「うん。そうしよう」
ベルンハルトがうなずいて、手を差しのべる。
「それは違う」
ソムナリアは、ベルンハルトの手を取らずにいい放った。
「そうだよね、そういう親しい間柄じゃないよな…」
ベルンハルトは手を引っ込めた。
「並んで歩こう、な」
ベルンハルトがソムナリアに言う。
「そうする」
二人は並んで、南方軍司令官邸に向かった。道中は、ベルンハルトがソムナリアに「次を右」「次は左」等と道順を教えつつ進んだ。司令部建物に入るとすぐに衛兵に前をふさがれた。
「私はベルンハルト。こちらはソムナリア」
ソムナリアが衛兵に会釈をした。それを見届けると、再びベルンハルトが口を開いた。
「司令官に面会をお願いしたい。先ほどアポイントメントは取ったものである」
「証明書類を…」
衛兵が手を差し出した。ベルンハルトは安全通行証を渡す。手に取った衛兵は、開いてざっと眺める。
「命令書は無いのですか?」
衛兵に尋ねられて、ベルンハルトはやや不機嫌になった。
「君は安全通行証の読み方を教わってないのか?」
「え?発行者の確認をして、記載されてる名前の確認をして、特徴を読み取ってますが、なにか?いけませんか?」
衛兵も、やや不満そうだが、ベルンハルトは受け流した。
「まだ習ってないんなら仕方ないな。上司か先輩を出してくれたまえ」
「命令書を出せばすむ話でしょう?どうして上司か先輩に代わる必要があるんですか!?」
そこに上司が現れた。
「ベルンハルトさん、すみません、この者にはまだ教えてなかったんです」
上司は今度は部下の方を向いた。
「用務の確認は済んでるから、お二人の身分確認だけをすればいいんだ」
部下は納得していない。
「しかし命令書が…」
「命令書が出ないときもあって、安全通行証の発行番号を見れば分かるようになってるんだ。それは後で言うから、先に身体検査をしておいで」
「はい」
部下の衛兵が、改めてベルンハルト近づいてきた。その時、ソムナリアには別の男が近づいてきた。
「私、2級魔術士のジュリアンと申します。コントロールエリアに入る前の魔術士の皆さんのチェックをしております」
まだ魔術学校を卒業して経っていないような顔だ。丁寧な対応をしてくれるので、ソムナリアは安心できそうだと思った。
「ソムナリアと言い…」
いや、安心できなさそうだ。ソムナリアの名乗りが終わる前から、ジュリアンはソムナリアのあちこちを見回している。これが意外と気持ち悪い。そうしてジュリアンが口を開いた。
「3級魔術士ですか…」
「私、今は民間魔術士じゃないかな」
「どちらでもいいです。どちらも役に立たないですから」
気に入らないことをストレートに言ってくる。そして、明らかにソムナリアを格下に見ている。
「それで、魔術士として輜重隊の同行ですか。本当に同行命令が出たのでしょうか?」
ソムナリアは感情的にならないように自重しながら答える。
「通行安全証が出ています。同行命令が出てないと通行安全証が発給されないでしょう?」
挑発的な態度を示していたジュリアンの方が、むしろ色めき立ってきた。
「それは確かにそうですが、しかし、2級、1級の魔術士と戦うことになったら、絶対に勝ち目がないでしょう?それぐらい分るでしょう?なのに同行するのですか?正気ですか?」
ジュリアンが早口でまくし立ててきて、ソムナリアは困惑した。
「落ち着こう?ちょっと落ち着こう。ね?」
ジュリアンは、そう言われて我に返った。
「失礼しました。…やや声を荒げてしまったようです。ただ、実力が無い魔術士が同行した場合、他の人たちが非常に危険な状況に置かれることになります。ぜひこのことも考えに入れていただいて、同行に応じない勇気も必要だとお考え下さい」
ジュリアンが諭すように説明する。
「…はい」
ソムナリアは、ジュリアンの言葉にうなずいた。確かに3級魔術士は魔術学校入学程度の実力であり、2級以上の魔術士と戦うことになったら絶対に勝ち目はないと見ていい。そして、ソムナリアは、本人だけは民間魔術士だと思っているものの、確かに3級魔術士の資格しかない。甘く見ているのか?と怒られるのもやむを得ない。
「では改めてチェックを。マナバッグは置いて行ってください。その気になれば司令官暗殺だって可能です」
言われる前から、ソムナリアはウェストのひもを緩め、マナバッグを入れたバッグを手に取っていた。
「どうぞ」
「あと、その、マナ感知器ですが…」
「ずっと光ってるの。単なる故障でなく、光が消えるときもあって、かなり不気味なの。持っていきたいんだけど」
「いちおう見せてください」
ソムナリアはマナ感知器をジュリアンに手渡した。ジュリアンは、上から下から横からと、様々な角度から見て、また、自分のマナ感知器、ウェラ感知器のような機材で核にして、直接は魔術に使えそうにないことが分かったので、ソムナリアに返した。
「これは問題ありません」
「これでいい?全部終わった?」
「はい。終わりました。では…」
ジュリアンは、そういうと奥に続く扉を開いた。
「こちらに入ってお待ちください」
ソムナリアは言われるままに、奥の部屋に入った。
奥の部屋には、先にベルンハルトが通されていたらしく、椅子に座ったままソムナリアに手を振った。さらに奥の扉の前には門番が立っている。他には人はいない。
「ソムナリア、遅かったな」
ベルンハルトが軽口で迎える。
「そんなに遅くはないでしょう?」
ソムナリアは、それ以上は何も言わずに、ベルンハルトの席の向いに相対するように座った。二人の間に障害物は無いが、距離は1.5メートル程度は離れている。
ベルンハルトは、ちらりとソムナリアの方に目を遣るが、すぐに視線を外した。
「なあソムナリア」
全く違う方を見つめながら、ベルンハルトがつぶやくように呼び掛けた。
「ん?」
ソムナリアは気のない返事をした。膝にマナ感知器を乗せて、感知器を見つめている。
「あのさ、隣に座っていいか?」
「なんで?」
「打ち合わせ」
「何の?」
ベルンハルトは、少しいらっとしたようだ。
「…これから司令官に会うだろ?その打ち合わせ!」
「あー!」
ソムナリアは、ベルンハルトのことなど全く気に留めずに、突然叫んだ。
「ど、どうした!?」
ベルンハルトが驚いた表情でソムナリアに近づく。当のソムナリアは苦虫を噛み潰したような表情でため息をついている。
「いや、これは恥ずかしい…」
「何が恥ずかしいんだ?」
「ベルンハルト、今、手紙持ってるよね?司令官に渡す予定の」
「ああ、持ってきてるよ。そのために来たんだぜ?」
バッグの中から手紙を入れたホルダーを取り出したのと同時にソムナリアが「やっぱり!」と叫んだ。
「ほら、ほら、マナ感知器がさらに光ってるでしょ?」
ベルンハルトがちらりとソムナリアの膝の上に光るものを見た。いつもは覗き込まないと光が見えにくかったが、今やはっきりとした輝きを見せている。
「なんでまた急に光りだしたんだ?」
ソムナリアは、一呼吸おいてから口を開いた。
「追手はいなかったのよ!」
「そうだよな」
確かにこの二日間、にずっと「追手」がソムナリアを悩まし続けていたが、ベルンハルトはマナ感知の故障だろうと思っていたので、特に驚くことでもない。
「その追手の原因になってたのが、それ」
ソムナリアは、ベルンハルトの右手を指さした。手紙を入れたホルダーを持っている方の手だ。
「そこからマナが出てるんじゃないかな…」
「本当か?」
ベルンハルトは懐疑的である。
「じゃあ、それバッグの中に入れて」
言われるままにベルンハルトはホルダーをバッグに入れる。
「ほら、光がすごく小さくなった」
ソムナリアがベルンハルトの目の前にマナ感知器を差し出して光を見せた。
「へえ。この手紙こから漏れてたのか」
ベルンハルトは特に感情を持たずに思ったことを口にした。そしてすぐに、困惑しはじめた。
「どうしてあの手紙からマナが出てるんだ…?」
「手紙にマナが仕込まれてるトラップだよ。開けると火でやけどを負ったり、爆発で指を切断したり、いろいろ仕掛けられるみたいだよ」
「え、これ、トラップなのか?」
ベルンハルトが驚く。ソムナリアは静かにうなずく。
「マナが出てるってことは、そう考えるのが自然だよ。問題は…」
続けようとしたが、その前に扉が開き始めた。
「行かなきゃだね」
「ああ」
扉から一人の男が出てきて、二人の前に立った。
「ベルンハルト殿とソムナリア殿、であるか?」
「はい」
二人は揃って答えた。
「では私の後ろをついて入室なされよ」
男は振り返って、先に部屋の中に入り、中に向いて声を上げた。
「閣下、輜重隊ベルンハルト分隊長、魔術士ソムナリアにございます」
二人はそのまま立っていたが、案内役の男に小声で「早く」とうながされて、扉をくぐった。




