軍都へ
「じゃあこのへんで降りるから、止めてくれ」
ベルンハルトが御者に声をかけると、御者は手綱を引いて、馬車をなめらかに止めた。
「ブルーノ隊は俺たちを運ぶ命令を受けていない。このまま乗ってると、命令違反になるかもしれないからな」
「そうだね。降りないとね」
ベルンハルトはさっと荷台から飛び降りた。ソムナリアも続こうとしたが、一瞬躊躇した。それに気づいたベルンハルトが、両手を広げて言った。
「ほら、飛び込んでこい。受け止めるぞ」
「退いて!」
ソムナリアが強めの声でそう言うと、ベルンハルトは「はいはい」と言わんばかりに少し下がった。ソムナリアは荷台の縁から身を乗り出し、なんとか地面に降り立った。
「ちょっと待っててくれ。ブルーノさんに挨拶してくる」
そう言って、ベルンハルトは前方へ走っていき、やがて戻ってきたときには、ブルーノを連れていた。
「ソムナリアさん!」
ブルーノが明るく声をかけてくる。ソムナリアは姿勢を正して、まっすぐに向き直った。
「ソムナリアさん、ベルンハルトのこと、よろしくお願いします」
突然の言葉に、ソムナリアは少し驚いた。彼の面倒を見るよう頼まれるとは、思ってもいなかった。
「――あいつ、なにかと他人のことばかり気にして、自分を後回しにする癖があるんです。戦場でも街でも、それは変わらない」
ブルーノはそう言いながら、遠くに見える城門をちらりと見やった。
「それで俺が、何度ひやひやしたことか。部下をかばって自分が盾になったこともありました。まあ、そういうやつなんです。良くも悪くも」
彼はふたたびソムナリアに視線を戻し、今度は真剣な目で見据えた。
「あなたなら、止めてくれるんじゃないかと思って。無理にとは言いません。でも、見てやってください」
ブルーノは静かに頭を下げた。軍人の礼としては少しだけ柔らかい、控えめな動作だった。
「…そうなんですか?」
ソムナリアには、輜重隊でのベルンハルトの様子が分からない。ただ、ブルーノが言うなら、そうなのだろうと思うしかなかった。
「あいつ、平民の出だろ? 今は分隊長で、その上が小隊長なんだが…小隊長になったら、もう昇進しないんだ」
「え? なんで?」
ソムナリアは不思議そうに首をかしげた。ブルーノは、苦笑とも微笑ともつかない表情を浮かべた。
「魔術士は、身分がまったく関係ないんだよな? だが、近衛隊や輜重隊は、昇進に身分制限がある。平民は小隊長までだ」
「じゃあ、小隊長になったら、もうそれ以上は…?」
「そう。特にベルンハルトは昇進が早かったんだ。だから余計に、上に行けない年数が長くなってしまってる。貴族なら、まだ昇進の見込みはあったんだけどな」
「けっこう、ひどいですね…」
ブルーノは一度うなずき、そして静かに言葉をつないだ。
「でも、前に一度、ソムナリアさんと冒険に出ただろう? あの時のこと、あいつ、すごく気に入ってた」
「え? あれって…竜が出るって話で行ったら、地元の人たちが戒めのために作った作り話だった、あれですよね? あれが、気に入ったんですか?」
ソムナリアは首をひねった。
「ああ。『知らないことを知れた』のがよかったらしい。それと…」
そこでブルーノは口を止め、一瞬だけソムナリアの顔をじっと見つめた。だが、その先を言うことはなかった。
「…いや、なんでもない。とにかく、あいつにとってはああいうのが、刺激になるらしい。正確には冒険と呼べるかどうか分からないが、それでも楽しいみたいだ。あなたの都合もあるだろうけど、できれば、また付き合ってやってくれ」
ソムナリアは、小さく二度、顎をしゃくるようにうなずいた。
「いいですけど、冒険だけですよ? それ以上の関係は、ちょっと…」
「いいんだいいんだ。それ以上はソムナリアさんの判断だ。冒険の相棒だけの関係の方が、かえってさっぱりしていていいかもな」
ソムナリアは、はいともいいえとも言わず、薄く笑った。
そのとき、ベルンハルトの声が飛んできた。
「ソムナリア、とりあえず官営宿舎は取れたぞ。先に行ってくれ。明日、司令官に会えるか聞いてくる」
彼は二人に背を向け、足早に歩き出した。
「まずは仕事。ああいうヤツなんだよ」
「そうですね」
ブルーノが手を打つ。
「さて、俺たちも積み下ろしの仕事がある。それじゃあ」
彼はそう言って、自分の隊員たちの方へ歩き出した。
「ありがとうございました」
ソムナリアは、背を向けて遠ざかるブルーノに、深く頭を下げた。




