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輜重隊の先輩

「おい、そろそろ起きろよ」

ベルンハルトが、ソムナリアの肩のあたりを慎重につついた。

「う…うん…」

ソムナリアはゆっくりと目を開ける。

「もうすぐ着くぞ」

その声を聞いて、ようやく自分たちが荷馬車の荷台にいたことを思い出した。

「んーっ…ふぅ」

大きく伸びをして、体をほぐす。

「休めたか?」

「休めた。…ありがとう」

「そうか、良かった」

そのとき、荷馬車が止まった。

「このへんで降りてくれ。荷物検査があるんだ」

街に入る前に、不審物を持ち込まないよう確認する決まりだ。

「そうだな。徒歩の旅人と違って、調べられる量が違うよな。じゃあここまでとするか」

ベルンハルトがひらりと荷台から飛び降り、ソムナリアも手を借りて続いた。二人は正門の前に立つ。

「じゃあな!」

ベルンハルトが馬車に向かって手を振ると、馬車主も手を振って応えた。

「さて、入ろうか」

ベルンハルトの合図に、ソムナリアはうなずいた。

この街は、駅伝局が強く関わって造られている。中央の広場には、市役所と駅伝支局の庁舎が並んで建ち、支局の敷地内には官営の宿もある。

ベルンハルトはその宿に泊まろうと決めていた。

「安全通行証があるから宿泊する権利はあるんだけど、早い者勝ちだからな…」

そう言いながら、受付にたずねる。

「空いてますよ」

事務的な口調で返されるが、ベルンハルトはとても喜んだ。

「よしっ!…ソムナリア、泊まれるぞ!」

満面の笑みで振り返ると、ソムナリアはだらだらと近づいてきた。

「個室があるんだってさ。珍しいよな」

「そうだね」

「あ、もちろん二人部屋もあるみたい…」

「個室を二部屋」

即答するソムナリアに、ベルンハルトは一瞬たじろぐ。

「そうだよね…うん…」

二人は隣り合う部屋を取り、廊下で一度別れた。

「なあ、夕食は一緒に取ろうぜ」

「それくらいなら、いいよ」

いちいち警戒するような言い回しが、ベルンハルトには少し気に入らなかった。だが、再会して日も浅いのに二人きりで旅に出ているのは異常事態だ。ソムナリアが予防線を張るのも、仕方ない。

「すぐ出られるか?」

「いいよ。荷物を置いたら」

「じゃあ、すぐに行こう」

食堂に入ると、数組の宿泊者たちがそれぞれ固まって食事をしていた。

「個室があるし、ドアに鍵も掛かるし、いいところよね」

ソムナリアは感心したように辺りを見渡す。

「この食堂も…喧嘩しそうな人、いないよね」

「そう言われたらそうだな。この落ち着いた雰囲気じゃ、喧嘩しにくいな」

二人が席につくと、ベルンハルトが口を開く。

「明日のことだけど、今日の後半みたいに、荷馬車に便乗しようか?」

「その方が嬉しいけど…大丈夫? 荷馬車って歩くより遅いよね?」

「歩けなくなるよりはいい」

「…ごめん。今日はまさにそれだったよね…」

ソムナリアが申し訳なさそうにうつむく。

「あ、そういうつもりで言ったわけじゃないよ! そうじゃなくて予防しようってことで…」

「本当にごめんなさい…」

「あ、いやいや、ほんと謝らなくていいって! 体調とかあるし!」

「昨日寝なかったのは良くなかったよね…」

ソムナリアの何気ない言葉に、ベルンハルトは昨夜のことを思い出した。ベッドの中で「エミール」と呼び、泣いていた。ひどく。あれは、普通のことではない。

「ん? おーい、ベルンハルト? どうしたの?」

考え込んでいたせいで返事をしなかったベルンハルトに、ソムナリアが覗き込む。

「あっ…あーえーっと…あ、そうだ、明日は馬車に便乗でいいか?」

「うん、便乗でいいよ」

「ソムナリアは馬、乗れる? もし乗れたら馬を借りるのもいいと思う。早いし」

「うーん…ごめん、乗ったことない」

「まあ、そうだよな。軍なら貸与されるけど、庶民が買うには高いし、飼育も手間と金がかかるから…」

ベルンハルトが真顔で言ったところで、ソムナリアが皮肉っぽく返す。

「じゃあ聞くこともなかったよね?」

「あ…そうだな…悪かった」

ベルンハルトは素直に謝った。

「ただ、南に行く馬車がいなければ便乗できないけど、そのときはどうする?」

「歩くしかないよね…でも今日みたいなことになると、またあなたを困らせるよね?」

ソムナリアは申し訳なさそうに顔を上げる。ベルンハルトは軽く首を振った。

「まあ、まずは馬車を探す。あてはないけどな。ダメならもう一泊ってとこだな」

ベルンハルトは顎に手を添え、天井を見上げる。

「あとは馬の二人乗りだが…」

「それしかないなら、それでも我慢する」

思わぬ申し出に、ベルンハルトは少し驚いた。ソムナリアはこれまで身体の接触を避けていたのに、それを「我慢する」と言った。

「いや、いいよ。そこまで我慢しなくても」

なだめるように言いながら、ベルンハルトは続けた。

「先に馬車を見つけよう。こっちも公務だから、応じてくれるかもしれない」

「『かもしれない』なの?」

「そうだ。軍の主力は地方領主たちだ。王室直属の近衛隊や、その下の輜重隊は、主力扱いされていない」

「ベルンハルトは輜重隊だもんね。あれだけいつも一生懸命物資を届けてるのに、なんか軽く見られてるよね。包囲戦でもかいくぐって物資を届けたこともあるのに、地方領主様たちはそれが当然だみたいなかんじだったよね?聞いたことあるよ」

「それはそうなんだけど、とはいえ地方領主様のメンツは立てておかないとあとあと大変なんだ」

ベルンハルトはため息交じりに愚痴のようなことを言った。

「そうやって気遣いをいくらしても、地方領主の馬車だと便乗拒否されそう?」

「絶対拒否される」

ソムナリアの口がへの字に曲がった。

「なんで拒否なんかするんだろうね」

「それは…」

言いかけたところで、ソムナリアが手を上げて止めた。

「理由は言わなくていいよ。だいたい知ってる。私だって南方戦線の前線にいたことがあるから」

「そうだよな。魔術士で行ってたよな」

「今はもうできないけどね」

ソムナリアはすました顔で言ったが、ベルンハルトはまずいことを聞いたと感じた。

「すまなかった。今は一級も二級も返上してるよな」

「謝ることはないよ。自分で決めたことだもの。私には前線が合わなかったの。それだけのことだよ」

「こういった冒険はどうだ? 合わないか?」

「しんどい。すごくしんどい。ずっと誰かにつけ狙われてるもの」

「あー、そうだよな。寝れてないよな。合う合わないを考える余裕もないよな」

そうしているうちに、夕食が運ばれてきた。

「おお、白パン…」

ソムナリアが目を輝かせる。

「魔術教室講習ではなかなか口にできないのよ…」

パンをちぎって口に入れる。

「ふわっとして、もちっとして、やさしい風味で…おいしい」

幸せそうに味わうソムナリアを見て、ベルンハルトもつられて笑みをこぼす。

「次はスープを…」

スープをひと口飲むと、ソムナリアが首をかしげた。

「どうした?」

「うーん、ここのスープもいいんだけど、昨日の宿のスープの方が良かったかも…」

ベルンハルトがにやりと笑う。

「そうだろ? あそこのスープは群を抜いてうまい。俺もできるだけ食べられるように日程を組んでるんだ」

「任務よりスープ?」

「悪いか?」

「悪くない。いいと思うよ」

微笑むソムナリアを見て、ベルンハルトは一瞬言葉を失う。

「辛い思いをしながら任務を遂行してるんだから、それぐらいの楽しみぐらいないとね?」

「あ、ああ…」

そのとき、いきなり後ろから声がした。

「おい、ベルンハルト!」

振り返ったベルンハルトの顔がぱっと明るくなる。

「ブルーノさんでしたか!」

立ち上がると、ごつい体格の男性としっかり握手を交わす。

「伝言板を見たら、馬車に便乗したいと書いてあったよな。それで食堂に来たんだ。部屋に居られたら探すのが大変だったから、手間が省けてよかった」

ブルーノは豪快に笑うと、すぐに手を差し出した。

「命令書か何かあるだろ? 私用じゃ乗せられないからな」

ベルンハルトはすぐに安全通行証を取り出して渡す。

「命令書は…ああ、密命か。分かった。連れていく」

「ありがとうございます!」

ベルンハルトは満面の笑みで頭を下げる。

「明日の朝、鐘が鳴ったらすぐに出発する。いいな? 遅れたら知らんぞ」

「はい、分かりました! よろしくお願いします!」

「おう! 今日のところは安心して寝とけ!」

そう言い残して、ブルーノはずかずかと大股で食堂を後にした。

「なんか勢いのある人だったね」

ぽかんとした表情でソムナリアが言う。

「ブルーノって人で、俺の先輩なんだ」

ベルンハルトが答えたそのとき、すでに出て行ったはずのブルーノが、何かに気づいた様子でまた戻ってきた。

そして、今度はまっすぐソムナリアの前に立つ。

「あなたが、ソムナリアさんですね? すみません、挨拶もせずに」

「あ、いえ…気になさらず…」

その体格と声量に、ソムナリアはやや引き気味だ。

「ソムナリアさん、ベルンハルトのこと、お願いします。彼は、今の自分に不満なんです」

唐突な言葉に、ソムナリアはベルンハルトの方を見る。

「そうなの?」

「まあ、その…なんて言うか…」

ベルンハルトが言葉を選びあぐねているうちに、ブルーノはさらに重ねた。

「彼のこと、よろしくお願いします」

「あ、は、はい…」

「では失礼します!」

再びきびすを返すと、今度こそブルーノは力強い足音を残して去っていった。

ソムナリアは少し戸惑った表情でつぶやく。

「お願いされちゃったけど…」

「…あんまり気にするな」

「そうする…」

ベルンハルトは背伸びをひとつして、ぽつりと言った。

「じゃあ、また明日な」

「うん。鐘が鳴ったら出発ね。おやすみなさい」

二人はそのまま、それぞれ男子棟、女子棟へと分かれていった。

自室に入ったソムナリアは、まずバックパックを開けてマナ感知器を取り出す。昨日の昼からずっと光りっぱなしだったそれが、彼女を警戒させ続けていた。

おそるおそる、そっと覗き込む。

「光ってない…!」

追っ手も官営宿泊所には近づけないのだろう。感知器は、まったくマナの気配を示していなかった。

「これで今日は寝れる…」

そうつぶやいて、ほっとした表情でベッドに倒れ込む。

「あ、このベッド、柔らかくて気持ちいい…」

そこまで言ったところで、意識がふっと遠のいた。

ソムナリアはそのまま、静かに眠りについた。


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