見えない追手
南部戦線の前線基地までは、街道が非常によく整備されていて、山や谷や川や野原があるものの、道路を外れなければ快適に歩けるし、何より見通しがいい。盗賊が待ち伏せるのが難しいように、木を伐るなどしたと言われている。
「ありがたいよな、これだけ歩きやすい道は」
一里塚で休憩しているときに、ふとベルンハルトがつぶやく。
「でも魔術士はどこから狙っているか分からないのよ」
ソムナリアもつぶやく。
「どうした、ソムナリア?」
「魔術士は離れたところから魔術で炎を出したり、それを飛ばしたりできるでしょ?こちらの手が全く届かないところから、そういうことができるのよね。でも、これがあると魔術士がいるかどうか分かるのだよこれは」
自慢げにバックパックからゴソゴソと手のひらに収まるぐらいの箱を取り出す。
「なんだそれ?」
「これはね、マナに反応して光を出す箱なの。ほとんどが水晶みたいな透明な鉱石なんだけどね」
「ちなみに、これ、名前はなんて言うんだ?」
「マナ探知機」
「そのまんまじゃねえか…」
ベルンハルトが無表情でつぶやく。
「まあまあ、名前が格好良くてもダサくても能力に違いは無いよ。それより見てみよう」
そう言って、二人の前にマナ探知機を差し出した。
そして二人は青ざめた。
「これ…」
ソムナリアは狼狽を隠せない。
「反応してるじゃねえか…」
ベルンハルトも息をのむ。ソムナリアに向いて早口でまくしたてる。
「ソムナリア…これ、来てるのか?」
ベルンハルトは、ぼんやり光るマナ探知機を視界に収めているが、その先のことにまで頭が回っていない。
ソムナリアは、周りを見回す。一周くまなく見る。死角になっていたベルンハルトの背後も見る。遠くにいるかもしれないと、遠くも見まわす。特に西の方角を気にしている。
「そんな遠くから攻撃してくるのか?…くるよな」
ベルンハルトの問いかけに、ソムナリアは周りに気を配りつつ、うなずいた。
「だって私たち、矢の届かないところから魔術で城壁を破壊してたんだからね」
「そうだった、そうだった。大音響を立てて巨大な壁が崩れていくんだもんな。多少離れたところから攻撃してきてもおかしくないんだな」
「そう。それで、今は太陽が西に傾き始めてるから、見えにくい西側が怖くなってくるの」
「そうだな。太陽を背にしたいよな」
「でも…うーん…見えない」
ソムナリアがため息をついて、張りつめさせていた肩の力を抜いた。
「俺にも見えない。ていうか見えそうになかった」
ベルンハルトは初めからあきらめていた。
「そんなこと言ってたら魔術攻撃にさらされちゃうよ?」
ベルンハルトを優しく諭す。
「人が芥子粒ぐらいにしか見えないぐらいに離れていても、鉄くぎとかを仕込んで殺傷能力を高めた鉄球を高速で打ち込んでくるからね。それが当たったら生命の保証はないどころか、かなりひどい死に方をすることになるよ?それはよくないよね?」
「なんか優しそうに言ってるけど、内容がエグいじゃないか…」
「それはともかく…」
あきれているベルンハルトを尻目に、マナ探知機が「誤動作」を起こした理由を考えた。
「よくあるのは…これだよね…」
ソムナリアは、自分のバックパックの中にあるマナバッグを入れた袋を取り出した。袋の口を縛っていたのが緩んでいる。
「ここからマナが漏れたんだろうな…」
そう呟きながら、袋の口を縛りなおした。
「これで感知しなくなったはずだけど…」
改めてマナ感知器を見る。ベルンハルトも覗き込んだ。
「なあソムナリア…これ…」
「うん…まだ感知してるよね」
ベルンハルトはおそるおそる口を開いた。
「もしかしてこれって感知器が…」
ベルンハルトが言おうとしたことに、ソムナリアは大きくうなずいた。
「誤動作を起こしてるよね」
二人は顔を見合わせた。
「元から光がぼんやりしか出ないようなものだし。多少光ってても、お日様のせいなのかも…」
ソムナリアがつぶやいた。
「周りを見回しても、追手が来てるようでもないんだろ?だったらまあいいじゃないか」
ベルンハルトは、ソムナリアが求めていた言葉を口にした。ソムナリアはうなずいた。
「そうだよね。追手は本当に気を付けないといけないけど、マナ感知器でなくて、目でしっかり見ていくことにしよう。その方が疲れるんだけど…」
「俺も見張りを手伝うよ。俺たちだって歩哨とかは慣れてるからな」
ソムナリアは、ベルンハルトの申し出に素直に喜んだ。
「ありがとう。できる範囲でいいからね」
ソムナリアの笑顔に、ベルンハルトもつられて笑顔になる。
「お前の助けになりたいからな」
「そうなの?」
ソムナリアがベルンハルトに視線を合わせる。すぐにベルンハルトが視線を逸らせた。
「あ、まあ。この冒険、無理に来てもらってるだろ?助けになれるところは助けないとな」
「私、ベルンハルトに頼まれたものね、確かに」
ソムナリアは、両手で口を覆うようなしぐさをして考えごとを始めた。
「…そうよね、よく考えたら、それなりに助けてもらわないと、釣り合わないよね。じゃあ、しっかり助けてね」
そこまで言うと、すたすたと目的に向かって歩き出した。
ベルンハルトは、ソムナリアが独りで疑問を持ち、独りで解決したのを眺めているだけだったが、ふと気づくとソムナリアが、こちらを振り向きもせずに独りで歩いていくを見て、急いで背中を追いかけた。




