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「タミネット」でのひと時

その日の夜はベルンハルトが「今日はパーッと行こうぜ」としきりに言うので、二人で街に繰り出した。人が多いだけあって店も多い。飲食店が多ければ、粗悪なものを食べさせる店も多くなるだろうが、絶品の料理を出す店も多くなる。

「ファリスって知ってるよな?」

ベルンハルトが尋ねた。

「ここから南の国でしょ?さすがに知ってるけど。それがどうしたの?」

「ファリス料理って食ったことあるか?」

「あるよ」

ソムナリアが平然と答えたところ、ベルンハルトが得意げに話そうとした。

「いい店があるんだよ、ファリス料理の」

「タミネット?」

ベルンハルトが目を丸くした。

「知ってたのか!?」

「この街はそこそこ知ってるからね」

「そうだったな…前線にいたものな」

「あの頃は休暇になると、街中をうろついてたな…」

ソムナリアは、あまり表情を緩めずに話した。

「あ、そうそう。タミネットは、ムラエネっていうのがよく出てたのよね。今でも出るのかな?」

「今だと出てるんじゃないか?」

「じゃあ今夜はムラエネを食べよう。ね?」

ソムナリアは笑顔をベルンハルトに向けた。

「あ、ああ。そうしよう」

ベルンハルトは頬を指でかきながら答えた。

余程ムラエネが楽しみなのか、ソムナリアはベルンハルトを置いて歩を早めた。

ベルンハルトはソムナリアの歩速に合わせず、彼女の後ろ姿を眺めながらついていった。

「なんか不思議なんだよな…」

ベルンハルトが呟いた。彼女は、美味しい料理が好きなのだろう。教えるのもたぶん好きで、優しく教えて、準備も怠らなかった。朗らかさを感じた。なのに「暗殺」とかの不穏な言葉を躊躇なく口にするし、戦場の魔術士のプレッシャーを言っていた。

「今の本当のソムナリアは、どれなんだろうか?」

ベルンハルトは腕を組みながらソムナリアについていった。

「ここでしょ?」

ソムナリアが振り向いて、ベルンハルトにたずねた。と、ベルンハルトが難しい顔を見せていることに気付いた。

「…どうしたの?」

ベルンハルトはとっさに手を振ったり、無理に笑顔を作ったりしてごまかそうとした。

「なんでもないよ。…ここだな、タミネット」

「ここよね?入ろう?」

ソムナリアが先に店内に入った。

「ソムナリアは、これと決めたらどんどん前に行くよな。 魔術学校時代からそうだよな」

ソムナリアの背中を見ながら、ベルンハルトが呟いた。

「あの頃から変わらないんだよな…はっ、甘酸っぱいな…」

ベルンハルトは小さく笑い、彼女の後を追って店に入った。

店内は他の街の宿屋や居酒屋と比べて、ずいぶんと明るく華やいでいる。ファリスは夜でも部屋を明るくすることを好むという。まずはファリス的な情緒を感じさせようとしているのだろう。

ソムナリアが店内を見回しているところに、ベルンハルトが追い付いた。

ソムナリアが振り返った。照明のせいか、ソムナリアの微笑みが、いつにもまして優しく見えた。少なくともペルンハルトは、そう感じた。

「ここは自由席だったよね?」

「ああ」

ベルンハルトがうなずく前から、ソムナリアは、まっすぐ空席に向かって進んでいた。

取り残されたベルンハルトは苦笑した。

「俺に聞いてるわけじゃないよな。そりゃそうだ」と呟きながら、ソムナリアの後を追った。

空席にたどり着いたソムナリアは、目でベルンハルトを呼ぶ。ベルンハルトは目を合わせないように、ソムナリアの口元を見ながら、席に向かい、すぐにたどり着いた。

「立ってなくても良かったのに」

ベルンハルトが言う。ソムナリアが間髪いれずに口を開いた。

「座ってなくてもいいでしょ?」

ベルンハルトは苦笑した。

「まあ、それもそうだな」

ベルンハルトは一拍おいてから、また口を開いた。

「座ろう」

「うん」

二人は揃って腰を下ろした。

「タミネットと言えばムラエネ!よね?」

ソムナリアは座ったとたんベルンハルトに尋ねているように話した。ベルンハルトは、自分に質問するつもりはないことを知っている。

「そうだな」

ベルンハルトは、一言だけ言った。

ベルンハルトは、周りを見回した。夜なのに明るい店内、明るい喧騒、南の帝国ファリスを感じさせる油と香辛料の匂い。五感で異国情緒を感じられる。ベルンハルトは、この店にいつも圧倒されるが、余り好きではない。彼にとっては、あまりに享楽的である。

そうしていると、ベルンハルトに、近づいてくる二人が見えた。

「ああ、ジュリアンと、その上司のギョームだったか」

ベルンハルトが呟いた。

ジュリアンは、ベルンハルトに会釈をしてから、ソムナリアの背後に立った。

「ソムナリアさん、来てたんですね?」

ソムナリアが驚いて振り返ると、笑顔のジュリアンが直立しているのが見えた。

その直後に、ギョームがベルンハルトの隣に腰かけた。

「ベルンハルト君、本任務、ご苦労だったな。…今日はいいから、座りたまえ」

ベルンハルトは勢い良く立ち上がっていたが、ギョームに言われた通り、座りなおした。

「手紙を送るという任務は初めてだったろう」

「はい」

「司令官への報告はこちらで対応しようか?」

「自分は、それでお願いしたいです」

「分かった。それと事務所への報告はどうする?」

「今回の仕切りは輜重隊ですので、追加報告を求めることは、まずないと思います。ただ、魔術顧問事務所から非公式の問合せは、ありえます」

「あいつの話か?」

ベルンハルトとギョームは二人そろって、談笑するソムナリアとジュリアンに視線を向けた。

「そうです」

「分かった。来たときには報告する」

「よろしくお願いします」

ギョームは満足そうにうなずいた。

「これでベルンハルト君も、明日の朝に司令部に来る必要もなくなったな」

「そうですね」

「なら今夜は歓迎会と送別会だな。ここは私がおごらせてもらおう。なんでも言ってくれ」

ベルンハルトは驚いた。

「いいんですか?」

「もちろんだ。ソムナリアにもずいぶん世話になったみたいだからな。もし奢られるほどの働きをしていないと引け目を感じるのなら、ソムナリアが稼いだものと考えたらいいと思うぞ。」

「それでも稼いだのはソムナリアですから…」

「連れてきたのは、君だ」

ギョームは笑顔でベルンハルトの肩を叩いた。

「はい。では、お言葉に甘えて」

そう言うと、ベルンハルトは、ソムナリアとジュリアンの方を向いた。

「おい、今日はギョーム分隊長の奢りだそうだ。なんでも言ってくれって」

ソムナリアはすぐにベルンハルトの方を向いて「ほんとう!?」と目を輝かせた。

ジュリアンも笑顔でギョームとベルンハルトの顔を交互に見て「それはうれしいです」と喜んだ。ベルンハルトの目には、一瞬だけジュリアンの不満そうな表情が見えた。

ベルンハルトは、構わずソムナリアに顔を向けた。

「とりあえず、ソムナリアはムラエネだな?」

「とりあえずじゃなくて、ムラエネを食べるためにタミネットに来たのよ」

「そうだったな。…もしかしてお前、ノアルコで誘った時からムラエネ欲しさに応じたのか?」

「そこまで食いしん坊じゃないよ…」

「そうだよな。すまなかった」

ソムナリアが苦笑してベルンハルトが謝ると、今度はソムナリアが笑い出す。その様をギョームは満足そうに、ジュリアンは不満そうに見ていた。

「じゃあ、ソムナリアの希望もあるしで、ムラエネ尽くしにしようか」

ギョームはそう言うと店員を呼んで、ムラエネ尽くし四人前とワインとを注文した。

しばらくすると、テーブルはムラエネ料理とワインであふれそうになった。

真っ先にギョームが「じゃあ乾杯だ」と言って盃を掲げた。

ベルンハルトが尋ねた。

「誰のためなんだろう…?」

「ん?…そうだな…『みんなのために』でいいんじゃないか?」

「それもそうですね」

「じゃあ、みんなのために乾杯!」

ソムナリアとベルンハルトとジュリアンとが声を合わせて「乾杯!」と叫んだ。

ソムナリアは盃を置くともみ手をしながらキラキラした目でムラエネ料理を覗き込む。

「うふふー、ムラエネだー、ムラエネだー」

そのわきでベルンハルトが覚めた目で見る。

「ムラエネって確かにうまいけど、そこまで喜べるものか?」

「そんなにヘン?」

ソムナリアはジトッとした目でベルンハルトを見ている。そこにジュリアンが割って入った。

「ムラエネ、僕も大好きですよ!」

「そうなの?いいよね!」

「はい!」

「あんなムラエネの良さが分からないのって可哀そうよね?」

「そうですよね!」

「なんだよ二対一かよ」

ベルンハルトが苦笑した。ソムナリアをジュリアンが揃って笑った。

この和やかな雰囲気のせいでベルンハルトは「さっきまで大して好きそうにしてなかっただろ?」と言いそうになったのを飲み込だ。

ギョームはそんな三人のやりとりを微笑みながら見つめていた。特にソムナリアへの視線が多かった。

ベルンハルトがギョームの視線に気づいた。

「どうしたんですかギョームさん?」

「ん?ああ…ソムナリアが笑顔でいいなと思ったんだ」

ベルンハルトが眉をひそめた。

「ギョームさんもジュリアン君と同じくソムナリア狙いですか?」

「そうじゃないそうじゃない…」

ギョームは苦笑した。

「一級魔術士からドロップアウトした頃のソムナリアを知ってるんだよ。その頃は酷くてね…」

「酷かったんですか?」

「ネバーベントでドロップアウトしたんだが、ノルダンセルに帰る前にどうにかなるんじゃないかって不安に思うぐらい憔悴してたんだよ」

「そうなんですか…ソムナリアと再会した時に感情が薄くなっていると思ったんですけど、もっと酷かったんですね」

「彼女、笑顔を見せてたか?」

「これだけの笑顔は今の今までなかったです」

「だろ?良くなったと思うんだよ」

ギョームは口角を上げてベルンハルトの顔を覗き込む。

「ベルンハルト君、なんでだと思う?」

「え?…ムラエネですよね?」

ギョームは笑ってるとも怒ってるとも戸惑っているとも見える表情を浮かべた。そこからさらに「君たちは本当にまどろっこしい」と言いかけたが口をつぐんだ。

「俺、何か間違ってましたか?」

「いやいい。ベルンハルト君、今後ともソムナリアを外に連れ出してやってくれ」

ベルンハルトは、ギョームの言葉に真剣な表情でうなずいた。

「はい。そうするつもりです」

その後はしばらく談笑が続いたが、料理がおおむねなくなるぐらいになって、ジュリアンが寝入りそうになっていた。

「ジュリアンどうした?」

ベルンハルトが声をかける。

「なんかワインを結構飲んじゃったみたいで…」

ソムナリアがベルンハルトに説明した。

「ワインのせいだけじゃなくて、昼に結構神経使ったのもあるかも知れないな」

ベルンハルトが見立て述べると、ギョームもうなずいた。

「すぐに家に帰した方がいいな」

ギョームが立ち上がった。

「じゃあ俺はジュリアンを連れて帰るよ。君たちは残ってる料理を思うだけ楽しんでくれ」

この申し出にソムナリアが真っ先に反応した。

「もう自分の分は食べちゃってますから、私も店を出ます」

ベルンハルトは、急いでムラエネ料理を口に押し込み、ワインで流し込んだ。

「俺も出れます。みんなで帰りましょう」

タミネットの店内が明るかっただけに、外はいつもよりもずっと暗く感じられた。その街路を、ジュリアンを背負ったギョームとソムナリアとベルンハルトが並んで歩いた。

ソムナリアがベルンハルトの袖を軽く引っ張った。

「どうした?」

「さっき、ギョーム先輩と私のこと話してなかった?」

「ん?ああ。話してたよ」

「何の話をしてたの?」

「ん?…ソムナリアの笑顔が素敵だなって話をしてた」

ソムナリアは困惑した。

「なにそれ…」

「それはともかく、明日はネバーベントを出るけど、やり残したことはないか?」

ソムナリアの表情が急になくなっていった。

「え?…特に…ないけど」

「本当にいいのか?」

その時冷ややかな風が通り過ぎて、ソムナリアの髪を揺らした。

「特にないから。もう聞かないでよ…!」

ソムナリアの声から怒気が感じられる。

「分かった。もう聞かないから」

ベルンハルトは申し訳なさそうな表情で、ソムナリアから目を反らして前方を見つめた。

「明日は朝に出発しよう」

ベルンハルトの言葉に、ソムナリアは黙ってうなずいた。

その会話を聞いていたギョームは「まだダメか」とつぶやいた。

もう少し歩いたところで、ギョームが立ち止った。

「ここでお別れだ。俺たちは左に曲がる。君たちはまっすぐだ」

「そうですね。軍宿舎は左ですね。この辺はよく通りましたから覚えてます」

ソムナリアが軽く応じた。

「ではまた会おうな」

ギョームが笑顔で言った。

「はい。また会いましょう」

ソムナリアとベルンハルトも笑顔で答えた。

そして、ギョームはジュリアンを背負いながら夜の闇にまぎれていった。

「さて、私たちも帰って寝ましょう」

ソムナリアが言う。

「あ、ああ、そうだな」

ベルンハルトが答えると二人並んで歩き出した。

「なあ、ソムナリア?」

ベルンハルトがソムナリアに尋ねた。

「なに?」

「今回の冒険はどうだった?」

「冒険かと言われたら違うと思うけど…」

「そうだよね。前も冒険とは言えなかったしね」

「でも、なんて言うんだろう、楽しかった」

ソムナリアがベルンハルトの方を向いて微笑んだ。

「ベルンハルトが呼んでくれたおかげだと思う」

ベルンハルトはソムナリアの方を見たが目が合ったので前方に目を向けた。

「なあソムナリア、また呼んだら来てくれるか?」

ソムナリアは少し考えてから口を開いた。

「内容によるかな」

「そうですね、三度も冒険らしくない冒険をさせるわけにもいきませんからね…」

ベルンハルトは長い溜息をついた。


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