59 ミシェル・シーラン
「───と、言うことらしい」
「ふぅん……分かったよ」
夏休みも後半に差し掛かり、いよいよ暇を持て余し始めていたある日、ランを通してクレアちゃんから伝言があった。
それは二日後の建国記念祭のこと。毎年、建国記念日には国がお祭り騒ぎになる。昼間は王都に様々な屋台が出て、夜は貴族全員参加の夜会がある。『建国』なので関わりがあるのは人間だけではない。エルフや魔族、精霊も全員参加。当然王たちもね。
だけど俺は昨年は面倒だったから参加しなかったんだよねぇ。貴族全員参加なら今年も『俺』は参加出来ないかなー。公の場に出るのはもう少し先になると思っていたけど、早速貴族として参加しないといけなさそうだから。今年は男爵令息ナイジェル・シーランとして建国記念祭に出ることになるだろうね。
というわけで、明日打ち合わせ出来ない? だってさ。建国記念祭が社交界デビューってかなり目立つよね。
「ラン、クレアちゃんって今日用事ある?」
「今日は何も予定がなくて暇だって言ってたよ。打ち合わせを今日にしなかったのはナギサ様の都合もあるだろうからだって」
「なら今から行っても大丈夫かな?」
「たぶん」
「よし」
俺も暇してたからちょうど良かった。今は寝たい気分でも読書したい気分でもなかったから。
◇
「ナイジェル様でいらっしゃいますね。奥様がお待ちです。ご案内致します」
「お願い致します」
シーラン男爵家へ、俺は転移魔法を使わずに馬車で行った。俺だってお金はあるから自分の馬車の一台や二台持ってるんだよー。
「奥様、ナイジェル様がいらっしゃいました」
「どうぞ」
「失礼致します、クレア様」
溜め息を吐いて額に手を当てるクレアちゃんに、案内してくれた執事には分からないくらい小さく手を振るとますます疲れた顔をされた。クレアちゃんの隣には旦那様らしき人が座ってる。侍女たち使用人はいないから人払いしてあるんだろうねぇ。
「好きに座ってくれ」
「はい」
「……で、その格好は?」
「何のことでしょう?」
あはは、おもしろ。旦那様はどうするべきか困ってるみたいだし、クレアちゃんは呆れて言葉も出ないって感じ。
「ところでクレア様、そちらの方は?」
恐らく旦那様だろうとは思うけど、失礼にならないよう聞いておくことにした。
「申し遅れました。私はミシェル・シーランと申します。クレアの夫で王宮で文官をしております。以後お見知りおきを」
「ナイジェルと申します。詳しくはクレア様より伺っておられるかと」
物腰穏やかな好青年って感じの人だねぇ。ある意味勢いがあるクレアちゃんとは正反対かも。いかにも出世頭って感じの真面目で有能そうな雰囲気を醸し出してる。
「ナギサ様……」
「ナイジェルです。私は精霊王様ではございません」
「今だけで良いから普段通りにしてくれないかい?」
「……仕方ないなー。そんなに違和感あるの?」
「違和感がなさすぎるから誰と話しているか分からなくなってしまう」
あ、良かった。分家の者として籍を作る許可を得た時も確認したことけど、違和感があるのならこの姿でいるのはやめた方が良い。逆に不審がられてしまうことになるから。
「さっきの姿はなに? それにどうやってるんだい?」
「んー? ただの変装。どうやってるって言われてもねぇ……大したことはしてないよ?」
この世界には鬘も疑似皮膚も存在しないし、カラコンもない。変装らしい変装は出来ないけど、それでも周りの目を誤魔化すくらいは出来るんだよ?
前髪で目元を隠して瞳の色を見えないようにする。同時に雰囲気も少し暗くなる。髪型は適当に変えて猫背気味になれば身長も誤魔化せる。それで声を変えれば大抵の人は俺の中身に気付かない。
それに加えて話し方や雰囲気が変わるよう自分で決めておいたキャラを演じれば良いだけ。簡単なことだよ。
「まあ良い。本題に入るけど、当日の夜会はどうするつもり何だい? 精霊王だって参加しなきゃだろう?」
「俺は昨年もさぼったから良いよ。精霊王としてではなく貴族として参加する」
「……良いのかい?」
「うん。こんなに早く社交界デビューすることになるとは思わなかったけどね。安心して、貴族としての立ち居振る舞いは問題なく出来るからさ」
「分かった。パートナーは?」
「んー……今回はなしで」
精霊でも良いけどちょうど良さそうな子が思い当たらない。かと言って他の種族は嫌だし無理だろうしー。恋人や婚約者、家族がパートナーになることがほとんどだけど、当然のことながら俺に恋人や婚約者はいない。精霊は今回はなし。一人でも問題ないし、無理にパートナーを作らなくても良いでしょ。
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