55 ナイジェル・シーラン
「こんにちは。急に来てごめんねぇ」
「いや、構わないよ」
「ありがとう。今日はクレアちゃんにお願いがあって来たんだよ」
夏の長期休暇も後半に差し掛かったある日、俺はクレアちゃんことシーラン男爵の屋敷に訪問していた。
「お願い? あたしに出来ることなんてナギサ様に比べたらないに等しいけど……」
「クレアちゃんにしか頼めないお願いなんだよ。……俺をね、シーラン男爵家の親戚の子にしてほしいんだ。もちろん養子に入りたいとかそういうのではなく、シーラン家の分家筋ってことで」
「は? ……あーえっと、詳しく説明してもらえないかい?」
「うん。今の俺は精霊王だと知れ渡った。平民だと偽るには無理があると学んだから、貴族ってことにしちゃおうと思って。何かあった時に動きやすいように、貴族としての戸籍がほしいんだよ」
これは前から考えていたこと。貴族家といえばシュリー公爵家や個人的にならリーメント公爵家にも繋がりがある。なんなら王家とも関わりはあるんだけど、どれも高位貴族以上で目立ってしまう。
そこで俺は考えた。男爵家であるクレアちゃんのところなら割と自由の利く身分なのではないかと。男爵家とはいえ王宮魔法師団副師団長であるクレアちゃんのところなら都合が良いんじゃないかってね。
これから先なにがあるか分からないんだから、早い内にたくさんパイプを作っておくべきだと考えたんだよー。
「事情はまあ……分かったよ? だけど身分を偽ったくらいでは顔や口調、声、名前などでバレてしまわないかい?」
「そこは問題ないよ。ちゃんと考えがあるからさ。それで、どうかな?」
「ナギサ様には恩がある。うちの旦那も反対したりはしないだろうさ。だから陛下が良いというのならあたしは受け入れよう」
「ありがとう! 陛下にはもう許可をもらってるから心配いらないよ。あとはクレアちゃんの了承を得るだけだったからねぇ」
「……そうかい」
無理強いするわけにもいかないから了承してもらえて良かった。クレアちゃんにはちゃんとお礼をしないとね。
「お礼は何が良い?」
「礼なんて良いよ。あたしだって前に助けられたし、そんなこと言ってるとキリがないからね」
「分かったよ。じゃあ俺の名前はナイジェル・シーランね。シーラン男爵家の分家筋で学力、身体能力などすべてにおいて平凡。年齢は……そうだねぇ、十六歳で良いんじゃない? クレアちゃんのことはクレア様って呼ばせてもらおっかな」
普通なら学園に入学してる年齢だけどその辺は何か聞かれた時に考えれば良いかな? あまり設定が多すぎてもやりづらいから。
「分かった。誰になら話して良いのかい?」
「旦那様だけ。他にこのことを知るのは精霊たちと王族だけだから」
「了解だよ」
さーて、久しぶりだねぇ。と言っても一年ぶりくらいかな? 腕が落ちていなければ良いんだけどー……
「───それではこれからよろしくお願い致します、クレア様」
「………は……?」
「今後長い付き合いになると思いますが、《《私は》》シーラン男爵家の分家の者ですから遠慮なく接してくださいませ」
「い、いや、今は普通にしてくれないかい?」
「どうかした?」
急に動きが止まり、唖然とこちらを見上げてきた。俺としてはナイジェルのつもりで普通に接していただけなんだけど違和感があったのかな。やっぱり腕が落ちたかもしれない。
「どうかしたって……今のは?」
「演技だよ? 声もね。俺は変装も変声も演技も得意なんだけど……おかしかった?」
さすがに変装まではしなかったけど、声や口調は変えてみた。俺はこれでも前世で俳優や舞台役者をやっていたから演技は得意なんだよね。変装や変声が出来るのは元から。でもやりすぎたら喉を傷めるから演技以外ではしないんだけど。
「いやまったく。完璧に別人だった。舞台役者で例えるなら憑依型ってやつな気がする」
自然に見えるなら良かった。俺は憑依型と技術型を行ったり来たりするけど、今回は憑依の方だったらしい。
「まあ別人に見えるなら良かったよ。そっくりなら戸籍をつくる意味がないからね。変装をすればもっと別人になるはず」
「誰か分からなくなってしまう、ということにならなければ良いけど」
「大丈夫だいじょうぶ、その時は何とかなるよ。それじゃあ俺はもう帰るね。クレア様、本日はありがとうございました」
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