42 君達が敵に回したのは
「ありがとう」
断罪と言いながらも応接室に案内されてそれぞれ席に着いた俺たち。メイドの方がお茶を持ってきてくれたので毒物の混入がないことを確認し、礼儀として一口飲んでからカップを戻した。
広めの応接室。テーブルを囲うように椅子を設置されている部屋の上座に俺、その隣に精霊たち、両斜めに他三種族で集められた人。
人族からは国王王妃両陛下と二人のうち下の王弟殿下、エルフ族からはエルフの王と王妹、魔族からは魔王と魔王の右腕。俺や精霊たちを合わせ、合計十三名。ここまで来たら犯人が誰なのかはもう分かるよね。
「───ねぇ国王、この世界において精霊はどんな存在なの?」
「え……あ、はい。全四種族のうち唯一魔法というものを使うことができる種族で、文化や技術の発展に欠かせない滅びれば国どころか世界の未来もないとされる非常に重要な存在です」
「んーまあそうなんだけど……そうじゃなくて、精霊の性格は?」
「非常に気まぐれ、何に縛られることもなく自由な性格だったかと」
「うん。じゃあ精霊王は?」
「どの代の精霊王も例外なく非常に強く、誰よりも仲間思いだと伝えられています。精霊様の主人ですが、同時に親のような存在でもある。仲間を裏切ることは絶対にないと言われていますが、それもあって仲間が傷付けられた場合には……神々さえも敵に回すほど……冷酷になる、と………」
そうだね。実際にどうなのかは置いといて、その神々さえも敵に回すほど冷酷になると伝えられているらしいのが精霊王。まあ神なんていないから所詮は例え話だけど。
「で、その精霊王を敵に回したのは誰だっけー?」
「………」
「君たちはほんっと、愚かだよねぇ……今から約四千年前、このティルアード王国は亡びかけた。原因は覚えてるー? みんな王族なんだから分かってるよねぇ? ………精霊に手を出したからだよ。初代精霊王アリサ様が動いたのはそれが理由。アリサ様と前精霊王のローランド様、お二方の温情でこの国はまだある。君たちはまた、同じことを繰り返すんだねぇ」
馬鹿だよねぇ。どの時代の人たちも愛国心なさすぎない? それともこの国はもういらないとか?
「魔王はどう思う? この国は皆にとって必要のない国なのか、それとも精霊はそんなに恨まれるようなことでもしたかな」
「……いえ」
「エルフ族長、この国はもう要らないー? 壊して良いの?」
「そんなことは……!」
全員黙って俯いたまま黙る。これじゃあ俺が悪いみたいじゃない? この場において傍から見た時に悪役なのは俺かもしれないけどさ。精霊たちまで手が震えてるし俺の方を見ようとしないんだけどー……
「まあそんなことはどうでも良いんだよ。君たち王を責めても仕方ないしね。問題は君たちだよね。精霊殺しによる呪いと精霊狩りの主犯、俺が犯人に気付かないとでも思った? とっくに気付いてたよ。揃いも揃って王に近い立場のくせになんでこんな馬鹿なことするのかなぁ? ねぇ、王弟アベル、エルフ王妹カナン、魔王の右腕クシェイド? 苦しむ俺たちの仲間をいたぶるのは楽しかった? 終わりが見えない苦しみに精神が壊れる精霊を苦しめるのは楽しかった? ねぇ、どんな気分でやってたの? 教えてよ、俺にもさ」
立ち上がって一人一人の顔を覗き込んで言うと三人揃って泣きそうになってる。いい大人がこんなところで泣かないでほしいんだけど。俺たち精霊がとんでもない穢れに耐えてここにいるんだからさ、これ以上見苦しい姿を見せないでよ。
俺にしてはまだ穏やかな方だと思うんだけど、ここで泣いてどうするつもりなんだろうね。まだ断罪とはいえないと思うよ? ただ質問してるだけじゃん。
「……ナギサ様、殺気。まだ怒るのには早いんじゃないの?」
「え? あっ、ごめん」
無意識に殺気が出てたらしい。本当に無意識だった。普段なんでもない時におどおどしてるくせに、こういう時に限って普通とまではいかなくても、他の人に比べたら平気そうな顔で声を掛けてくるのがノームなんだよねぇ……謎だよ。いつもは大精霊としてそんなので大丈夫なのって感じなのに、こういうところはしっかりしてるから大精霊四人はお互いがバランスを取り合っている気がする。
「それで、どうなの? 今日の俺はさ、別に暇ってわけじゃないの。むしろ忙しいんだよ。さっさと話を進めさせてくれないかなぁ」
「あ、ああっ、言ってやるよ! 最高だったなあ! 俺たちを見下しているかのように圧倒的な強さを誇る精霊が、自分たちの手で断末魔を上げるのは……!」
───この部屋にいる誰もが絶対零度の冷たさを感じただろう。それほど強烈な殺気をナギサは放った。直に浴びた王弟は白目を向いて失神してしまっている。
「お前は本当にクズなんだねぇ。……さっさと起きろ。時間がないって言ってるだろ」
恐ろしく重くて低い声でナギサはそう言い、失神した王弟を魔法で無理矢理起こした。その信じられないほどに冷酷な表情を見た精霊たちは絶望しながら揃ってこう思った。『ナギサ様の怒りが振り切れたな』、と。
こうなったナギサは誰一人として止められない。出来るのはナギサの怒りが鎮まるのを待つことだけだ。シルフが全力で浄化魔法を掛けたところで怒りを抑えるには全く意味はないだろう。世界のトップを誇り続ける精霊王の中でもさらに過去最高峰の強さを誇るナギサだ。実際にはしないが大精霊全員で掛かっても、精霊全員で向かって行ったとしても、たった一つの動作で無力化するだけの実力をナギサは持っている。
「ひっ!」
「誰が眠って良いなんて言った? もう少し起きていろ、心配せずとも直に永遠の眠りに付かせてやる」
いつもの笑顔を保つ気にもなれず、無表情で睨むとまた失神しそうになった。また失神されては面倒だから魔法で圧死する手前の強さに調整し、そのまま拘束して宙に浮かせた。俺が精霊を殺した感想を聞くのはこの男だけじゃないから。怒るなら聞くなって話だけどさ、俺も複製して同じ痛みを味わった以上何を思ってあんなことをしたのかは気になる。
……というか、三人とももう泣いてるし。なんで? それに彼らはともかく、王たちの俯いて震えることしかできない姿の方が哀れに思えてくる。だって止めることが出来なかったとはいえ、何も悪いことはしてないんだから。
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