39 美しい笑顔とその理由
砂糖菓子のような甘い甘い声に優しい口調。なのに有無を言わさない上に立つ者の威厳を感じる。間違いなく、それこそ昨日まで数ヵ月毎日のように聞いていた声だ。聞き覚えがある声に息を呑んだ者は一体どれほどいるか。
恐る恐る顔を上げるとやはり先ほどまで探していた男───ナギサだった。
一歩うしろに並び立つのは大精霊。気のせいだと思うことも出来ない、間違いなく精霊王はナギサだった。
「───知っている人もいると思うけど俺はナギサ。精霊族第三代目の精霊王だよ。今日の立食パーティーは俺が開くよう、陛下にお願いした。急な話でごめんね。俺が用があるのはパーティー後の話だからパーティー中は好きに過ごしたら良いよー。挨拶とかも来なくて良いから」
いや、無理だろう。
恐らく会場にいるすべての人の心の声が一致した。はじめて公の場に出てきた精霊王に挨拶もしないなんて、それほど無礼なことはない。
「ナギサ様ぁ、挨拶不要って言われたら困るんじゃないのぉ?」
「そうですよ。あなたは誰ですか? 精霊王ですよ。忘れてますか?」
「忘れてないけどさ、挨拶なんているー? どっちにとっても面倒なだけじゃない? ……って言うかシルフ、質問したなら俺に答えさせてよ」
……そうだ、忘れていた。あいつはあんなだったな。精霊王として人前に出たからと言って態度が変わるような奴でなければ、一々無礼だの何だの気にするタイプでもない。
一気に気が抜けた空気になった。セインなんて笑うのを耐えてるんだが。
精霊王か、そうか。それならあの風格もおかしくなかったな。それにしても精霊たちが大切なんだな、ナギサは。軽口を叩き合っているがとても優しい目で精霊様たちを見ている。
陛下のお言葉により、各々自由に行動しだした。精霊王の初登場だというのに普段の夜会やパーティーなどとそう雰囲気が変わらないのはあのやり取りのおかげだろう。すべては計算の内なのか、それとも素なのか。どちらかと言うと……というか、どう考えて前者だとしか思えないのだが恐らく間違ってないんだろうな……
つくづく末恐ろしい奴だ。
「こんにちは、セインくん。あとランスロットくん」
「だからついでのように言うな」
完全にいつも通りのナギサに思わず素で返してしまった。流石にまずかったかと思ってナギサの方を見ると、一瞬固まり、かと思えば満面の笑みを浮かべた。
今度は俺が呆然とする側だった。
いつも同じうっすらと笑みを浮かべているだけだったのに、顔から笑みが消えて本気で驚いた顔になった。それだけではなく今度は満面の笑みだ。作ったものではなく見たことがなくても本心からだと分かる種類の。
どちらも初めて見た。ナギサはこんな風に笑うのか……
心からの笑みは普段の大人びた姿と違って見た目相応の青年らしいものだった。様子を窺っていた者達もその笑顔一つで色めき立ったのが伝わってくる。いつもこんな風に笑っていればと思うくらいには、男の俺でもドキッとしてしまった。
「良かったねぇ、ナギサ様ぁ」
「ふふっ、そうだね」
なにが良かったのかは知らないが喜んでいるのなら良いのだろう。セインもつられて嬉しそうな笑顔になっているしな。
「お久し振りにございます、ナギサ様。学園でもセインと仲良くしていただいているようで、ありがとうございます」
「久しぶりー。俺の方こそ仲良くしてもらって嬉しいよ。セナちゃんも久しぶりだねぇ。元気にしてた?」
「はい! お兄様からいつもナギサ様のお話を聞かせて頂いております! また遊びに来てくださいね?」
「もちろんだよー。今度はお菓子持っていくよ。ルーたち精霊がすごく美味しいのを作ってくれるんだよねぇ。どこで覚えたのか聞いても教えてくれないけどさぁ」
今日何度目かの驚きだな。シュリー公爵家はナギサと親しかったのか? ナギサが学園に入学してきた時もセインの反応からして初対面ではなさそうだと思ったが。
「ナギサ様」
「あ、クレアちゃん。ランも」
「お久し振りです。あの時は助けて頂きありがとうございました。ちゃんとお礼を言いたかったので」
「敬語じゃなくてこの前と同じ話し方にしてよ。あっちの方が接しやすくて俺は好きだから。それと、お礼はわざわざ宮まで言いに来てくれたんだし気にしないでよ。あれは俺の気まぐれだったんだから、感謝ばかりされると逆に申し訳なくなっちゃう」
こっちもか? 話についていけないんだが……彼女はシーラン男爵家の当主で王宮魔法師団副師団長だな。中位精霊の祝福を受けていて副師団長としても優秀、夫婦仲が良いことで有名な。
見ると何人か同じように集まってきてあっという間にナギサを囲ってしまった。そして大精霊たちは離れた所で自由にしている。外野から話を聞いていると全員少し前に起こった人身売買未遂の被害者やその身内のようだ。
あれにナギサも関わっていたんだな。シュリー家はセナ嬢が捕まっていたのか。
「みんなお願いだからもうお礼はやめてよ……気まずいからさ。それより元気そうで良かった」
「ナギサ様」
今度は国王王妃両陛下だ。こちらも面識があったのか? さっきから驚くことしか出来ないのだが……
ナギサの周りにいた貴族たちが離れていく。お二人はナギサに一礼したあとで世間話をはじめた。
「ランスロット。驚きましたか?」
「ああ。まさか精霊王だったなんてな。しかも以外に知っている人は少なくなかったようだし。いくら何でも無礼過ぎたな、俺は」
「ナギサ様、言っておられましたよ。『立場を知られると関わりが多かった人たちも離れていくと思っていたから、ランスロットくんが今まで通りで安心した』、と。気にしておられたようで、最初のあの笑顔はそういうことだそうです」
「………そうなのか?」
そんなこと気にするようなタイプには見えない。相手が精霊王なら無礼な態度ばかりだったであろう俺が離れたところで何とも思わないのでは?
「ナギサ様が無礼な態度を取られたことを気にするような方に見えます?」
「いや、むしろ歓迎しそ………あっ」
「そういうことですよ。ですから今まで通りに接した方がナギサ様は喜ばれるかと」
なんだよそれ。やっぱりいい奴じゃないか。その方が楽と言うだけなのかもしれないが。
チラリとあいつの方を見ると、開いた扇で口元を隠して陛下と何か内緒話をしているようだ。何を話しているのかは分からないが一つ言えること。それは───
何をしていても絵になりすぎてやっぱりムカつく。
「……吹っ切れたようで良かったです」
「何がだ?」
「今までのことをすごく気にしていたように見えましたので。ナギサ様がずっとランスロットと共にいた理由は反応を楽しんでいたからだと僕は思います。お話も終わったようですので行きましょう」
「おい、ちょっと聞き捨てならない言葉が……!」
「早く来てください」
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