92 命懸けで守った理由は
「その事件は公になっていないから直接関わった人しか知らないと思う。これは十三年前の話だけど、彼らは特殊な一族でエルフ族や魔族と同じくらいの時間を生きることができるらしい。最近になって動きを見せ始めたのは戦いの準備が整ったからかなと俺は予想しているよ」
「ま、待ってください。そのような話を僕達精霊が知らないはずがありません。少なくとも大精霊には共有されているはずの話だと思うのですが……?」
そうだね。これは俺も聞かれるだろうと思っていたから回答は用意してある。
「あれは世界が俺に無理矢理命じたことだった。そして情報共有する以前に君達精霊も俺に手を貸していたんだよ。だけど世界にその記憶を消されていた。数日前にランが消滅したと知った時、俺は倒れたでしょ? 呪いとなった精霊の時より急な話でショックが酷かったんだよね。激しいショックが原因なのか、その時にこの事件について思い出したんだよ。倒れたのは一気に情報が流れ込んできて脳の処理が追い付かなかったから。俺の記憶がなかったのは強制力を使った命令とはいえ、理由もなく誰かを殺してしまったショックで自ら記憶を封じたから。家族を大切に思う気持ちは、俺が一番良く分かっているからね……」
世界には命じた理由があるのだと思う。そうじゃなきゃ強制力まで使って命じたりはしない。こういう時、どう足掻いても俺は世界の子なんだなと思う。世界が直接何かを命じられるのは精霊王だけだからさ。
それでも、世界に理由があったとしても、俺は彼らを殺す理由なんてなかった。生き残った彼らはあの大乱闘の中で命懸けで逃がされた二人だったんだと思う。『当主だから』『一族を絶やさないために』。
その程度の理由で外へ逃がせるほど甘い状況ではなかったよ。黒幕の兄君と会った時に彼は言っていた。自分は兄弟の一番上で黒幕は一番下の当主だ、と。当主というのもあるけど一家で一番若い弟と、一番強くて護衛になるであろう兄を逃がしたんだろうね。仲のいい家族だったのだろうと予想するにはこれだけで十分だよ。
「そ、そう……だったんだ」
「俺が狙われている理由はこんな感じだと思うよ。黒幕について知っている情報も今話した通り。付け加えるなら黒幕の兄は鋼糸を、黒幕である弟は洗脳などの精神干渉系の能力がある。この約一年間で起きた出来事は小さい事件から大きい事件まで、ほとんどが黒幕の手引きによるもの。最終決戦でも同じように洗脳された人と戦うことになると思っておいた方が良い。そして洗脳された方はともかく、黒幕やその兄は相当強いはずだよ。なにせあのランを倒した人物なのだから」
兄君の方はどのように戦うかくらいは分かった。短い戦闘の間でもその人の癖なんかは見えてくる。わざと癖であるように見せていた可能性もあるけど、それ以上に警戒すべきは黒幕の方。
「『クロゼルマーレ』の一族は例外なく超人的な強さを誇ると言われている。そのことを忘れないように」
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